第百六十四話 疑いの目
「絶対、謝る気ないよね? 今何時だと思ってるんですか!」
クロエとベリちゃんは別の部屋で寝ているので、起こさずに済んだことだけはよかった。
「反省した。……許して。シクシク」
しかも、この部屋に僕だけしかいないと知って来ているような気がする。
「で、本音は?」
「このままだと、ラシャド王子との婚約も中止になるかもしれない。それだけは何としても避けたい。その為なら、一度くらい頭を下げても構わない」
このやろー、嘘泣きかよっ。
「そもそも、何で『火の賢者』が私に圧勝できたのか不思議。あと、シルミーがあっさり沈黙させられたのも納得がいかない」
「で、何が言いたいの?」
「お前は何者だ? 『火の賢者』のレベルは三十半ば、アンフィスバエナを倒した時は上級職のパラディンと獣人王の息子だけだと聞いている」
「かなり豪華なメンバーじゃないかな。あと、光の賢者様もいたからね」
「光の賢者の戦闘力はゼロに近い」
「お、おぉぅ……」
「お前がいなければ、アンフィスバエナは倒せなかった。違うか? その三人ぐらいなら私一人でも勝てるだろう」
レベル四十ってそんなに強いのかよ。
それにしても、かなり疑われてしまっているようだ。バレてないと思ってたんだけど、頭が冷えてそれなりに分析をしてきたのかもしれない。
とはいえ、ここでベリちゃんに疑いの目が向けられるのだけは避けなければならない。僕が一番に守らなければならないのはベリちゃんだ。
「へぇー、深眠」
「ん、なっ!? ま、まさか、こんなところで魔法……」
このまま眠って全部忘れてくれないかな。それか、記憶消去とか改竄の魔法を覚えたいな。とりあえず、逃げられないようにしっかり縄で縛っておこう。再び逃げられても厄介だからね。
物音に気づいた侍従の方がこちらに来てくれたので、逃げないように朝までしっかり縛ったままにしておくようにとお願いをしておいた。
かなり困惑されていたけど、なんとなく事情を理解してくれたようで、一応は納得してくれたようだ。縛ったままベッドに運んでおいて、朝になったら責任者へ相談するのだろう。やはり、お城でもそこそこ不思議ちゃんとして認知されていたっぽいな。
「まったく、ひどい目にあったな。まだ外は真っ暗だし、もう一眠りしよう」
◇◇◇◆◆
翌朝は早朝からドタバタとあちこちから足音が聞こえて目が覚めた。うるさいなぁーと思いながらも、昨夜のことを思い出してそりゃバタバタもするかと思いながら起床した。
「ハルト、ニーナ様が戻ってきたらしいぞ!」
扉越しにクロエが慌てたような口調で声を掛けてきた。うん、知ってる。僕が捕獲したからね。扉を開けると、クロエとともに入ってきたベリちゃんが僕に抱きついてきた。今朝もとてもかわいい子である。
「パパ、おはよー。今日はちゃんと起きてたね」
「なんだか騒がしかったからね。おかげで早起きできたよ」
えらいえらいとベリちゃんが頭を撫でてくれるのだが、僕はそんなに寝坊のイメージがついてしまっているのだろうか。まぁ、確かに起きるのは遅いことが多いかもしれないけど。
「それより、部屋の中に入ってよ。とりあえず、昨晩の話をするね」
深夜にニーナ様が来たことや、僕のことを疑われていること。そして、僕が眠らせて縄で縛って侍従さんにバトンタッチしたことを伝えた。
「なるほど、そんなことがあったのだな。しかし、魔法を見られてしまってよかったのか?」
「うーん、確かにちょっと軽率だったかなとも思ったんだけど、何の魔法を使ったかまでは理解していないと思うんだよね。とりあえずは、知らないふりでもしてみようと思う」
「そうだな、魔法を使ったところを本人以外には見られていないのだから何とでも言えるか」
「さて、では朝食の席に向かおうか。ニーナ様はいるのかな」
朝食が提供される部屋へ入ると、既に何名かは食事をしているようでその中に縄で縛られたままのニーナ様も席に座って食事をしていた。
「王子、次はあの果物を食べたい」
縛られているため口元まで食事を運んでもらっているようだが、隣の席に座っているラシャド王子が手伝っていた。しっかりとこの状況を楽しんでいるようだ。
「おはようございます」
「おー、クロエ殿、ハルト殿、昨晩はよく眠れましたか?」
「そうですね、深夜にニーナ様に再び襲撃されたので、まだ少し眠いのですが大丈夫です」
「王子、この酸っぱい果物がとても美味しい。ひょっとしたら妊娠したのかもしれない」
「ニ、ニーナ殿、な、何を言いますか! 私たちはまだ……」
「冗談。でも私の準備はいつでも出来ている。楽しい朝食の時間を邪魔されたので、ちょっとからかっただけ」
「ハルト殿、ニーナ殿も昨夜のことは何も言ってくれぬのだが一体どのようなことがあって、このような状態になっているのでしょう?」
何も話していないか……。シルバータグの冒険者に、あっさり眠らされたとは口が裂けても言えないのだろうか。
「そうですね。昨夜、私の部屋をノックしてくる人がいたので扉を開けたらニーナ様がいらっしゃいました。ニーナ様は自分の行動を恥じており、謝りたいとおっしゃておりました。しかし、朝になって自分の気持ちが変わってしまわぬように、そして罰の意味も込めて自分を縛り上げてほしいと」
「なんと、そんなことが」
「はい、賢者様を縛り上げるのは少しためらいがありましたが、本人の希望でもありましたので、しっかり縛り上げて、たまたま通りかかった侍従の方へベッドまで運んでいただいたのです」
「なるほど。侍従からは話を聞いておりますが、ニーナ殿は縛られていた時には既に眠られていたとか」
「自戒の念から瞑想状態に入られていたのでしょう。さすがは『風の賢者』様です」
ラシャド王子がニーナ様を見て、そうなの? って確認しようとしているようだが、どうでもよいらしく、再び朝食を楽しみはじめていた。
「王子、私はもっと酸っぱい果物が食べたい。きっと王子の愛が、私の体を変えているのでしょう。あーん」
何故か、僕の魔法を暴露しようとする気配がない。意図はわからないが、ぼくにとってもありがたい話なので、そのまま進めさせてもらおう。
「ベリル、酸っぱいの嫌ーい。甘いのがいいな」
そうだね、ベリちゃんは果肉系の甘い果物が好みだからね。
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