第百六十三話 三者間契約
ベルシャザールの大きな門が見えてきた時に、入口付近に大勢の兵が集まっているのが確認できた。どうやら先頭には、ラシャド王子と思われるチリチリ頭も見える。
「お出迎えって雰囲気ではないよね?」
「そうだな。でも敵対されているわけでもなさそうだ」
僕たちの姿を見つけたラシャド王子がこちらに向かって手を振っているので、そこは安心でもある。
「クロエ殿、ハルト殿、アンフィスバエナの討伐ご苦労でありました! そ、それで、シルミーがいるのに、ニーナ殿がいないというのは、やはり、何かあったのでしょうか……」
どうやら、昨日からニーナ様はシルミーと一緒にベルシャザールに来ており、クロエとの話を聞いて朝方飛び出していったとのこと。
何かあっては大変だと、ニーナ様を捜索するために兵を集めていたらしい。まぁ、遅かった訳だけど。
「昨夜の食事のさいに、誤解があってはならぬと、私がクロエ殿に婚約を申し入れたことや、フラれてしまったことも包み隠さず説明をしたのですが、それが裏目にでてしまいました」
「なるほど、そういうことでしたか」
「変わらぬ表情で話を淡々と聞いていると思っていたのですが、朝方に行方不明となりまして、まさかクロエ殿を攻撃してしまうとは……」
「そうですか。ちょっと驚きましたけど、こちらもトラウマになりそうな勢いで、返り討ちにしてしまいましたので、少しだけ反省をしています」
「それはそれで驚きなのですが……もちろん、お二人に非がないことはわかっております。それにしても、ニーナ殿ってレベル四十なんですけどね……」
「いや、属性による相性というのもあるのでしょう。基本的に火は風に強いと聞く」
「私は賢者レベル四十の壁の方が絶対的だと聞いておりましたが……。いや、まぁ、お二人はドラゴンを討伐してしまうのですから、普通の強さである訳がないですよね」
「私も少しやり過ぎました。ニーナ様が戻りましたら、仲直りすることを約束いたしましょう」
「戻られるとよいのですが……。ニーナ殿はどこか幼子のような一面もあります故」
「うーん。でもシルミーを残してノースポリアに戻るというのも考えづらいですよね。そういえばリントヴルムは大丈夫なのですか?」
「あー、そうでしたね。先ずはリントヴルムのことをお話しましょう」
どうやら、リントヴルムとニーナ様の間で停戦契約が結ばれたらしい。その要因となったのはシルミーとその母狼だそうだ。洞窟で怪我をした母狼とシルミーをリントヴルムが匿っていたらしい。
「生まれたばかりのシルミーに会いに行っているうちに、仲良くなっていったということですか?」
「リントヴルムとは、そこまで仲が良いわけでもないらしいのだが、悪いやつではないとニーナ殿は話しておりました。ちなみに、シルミーは神狼フェンリルの子とのことです」
「名前は凄そうですけどね。クロエ、フェンリルって知ってる?」
「もちろん、名前だけなら知っている。ドラゴンに並ぶ強さを持った狼であると。あくまでも伝説上の生物としてだがな」
シルミー、伝説の生物だったのか。そりゃ、半年で象並みにデカくもなるのか。
「それで、怪我をした母狼は大丈夫なんですか?」
「ニーナ殿が回復魔法を掛け続けたお陰で、すっかり回復したそうです。先に話した契約には母狼も加わっており、どちらかが約束を違えた場合は、違えた方の敵にまわることになっているそうです」
「ドラゴンと賢者の契約にフェンリルまで入っているというのか!?」
クロエがとても驚いている。それだけ凄いことなのだろう。
「フェンリルからしたら、親子を匿ってくれたリントヴルムにも恩があり、自分の怪我を無償で治してくれたニーナ殿にも相等の恩があるということらしいですね」
「シルミーに会いにいくという、ついでの可能性が高そうだけどね」
「ただ、結果的にはアストラルで初めてドラゴンと話し合いで停戦に持ち込んだ賢者ということになる」
「このことは、王家でも正直意見が分かれております。信じられる契約なのか、停戦の期間が曖昧であるということも含めて、お二方にリントヴルム、フェンリルと会って内容をしっかり確かめてもらいたいのです」
「僕たちは構いませんが、ニーナ様がどう思われるかが心配ですね」
「とりあえず二日待ちましょう。ニーナ殿が戻らなかった場合は、シルミーをノースポリアに戻すことも含めて、その洞窟までいってもらいたい」
「了解致しました。それでは、しばらく待たせて頂きます」
「よろしくお願いします。それから、少なくとも当面はリントヴルム討伐の必要が無くなりました。つまり、クロエ殿の移動制限についても、今回の確認が無事終了したら、解除するようリンカスター領主への書状を準備しておくことになるかと思います」
「あ、ありがとうございます」
リントヴルムにフェンリルとか、伝説の生物が揃ってるノースポリア。とはいえ、戦闘の可能性は低そうだ。
ハープナへ急ぎの手紙を送らないとならないな。ローランドさんベルシャザールに来ちゃったら申し訳ない。
次の仕事は楽そうだなとか思いながら、その日はぐっすりと眠ってたわけだけど、まさか深夜にニーナ様が僕の部屋をガンガンにノックしてくるのは想像できなかった。
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