第十六話 領主様
「こんな狭いところで申し訳ない。えーっと、賢者殿と彼はどちら様かな?」
執務室は全然狭くない。むしろ広すぎだと思うんだ。冷暖房効率が悪そうというか、領主様だからそんなこと気にしなくていいのかなとか考えていたらクロエが僕を紹介してくれた。
「領主様、こちらはマウオラ大森林で遭遇した異世界からの転移者でハルトと申します」
「転移者……ですか。確かに見たことのない服装をしているね。賢者殿、他に何か転移者だという証拠はあるのかな?」
「ハルト、どうであろうか? 異世界から持ってきた物などあるのだろうか」
ほぼ手ぶらで来たからね。カギとハンカチと名刺入れぐらいか。
「こちらの世界の印刷技術がどの程度かわからりかねますがこちらはどうでしょうか」
胸ポケットから名刺入れを出すと中から一枚名刺を取り出して流れるようなサラリーマンスタイルで領主様に手渡した。
遠目から机を見る限り羽根ペンとインク入が見えたので、そもそも印刷という考え方はないのかもしれない。
「こ、これは……なんとキレイな紙なのだ! つるっつるしてるではないか!」
そ、そっちか! 印刷の前に製紙技術の方があったか。
「よかったら差し上げますね。それは私自身を紹介するもので初めて会う方にお渡しするものなのです」
「おい、ハルト! 私は貰っていないぞ」
なんで怒っているクロエ。まぁ、あげるけどさ。
「はい、どうぞ」
「おぉー、つるっつるではないか!」
クロエ、お前もか!
「ハルト殿、この紙の作り方を教えてほしい! どうすればこのような艶々な紙が作れるのだ」
「す、すみません。私は職人でも技術者でもないので詳しいことはわからないのです」
「そ、そうなのか。それはとても残念だな」
「領主様、それでハルトの扱いなのですが慣れないことも多いと思うので私がしばらく面倒をみようと思っています」
「賢者殿がか? しかし、賢者殿はいろいろとその大変であろう。よかったら私の相談役として異世界の知識をだな……」
「あのー、領主様。僕も賢者様が話されたように、その面倒をみて頂きたいと思っております。ですので、大変申し訳ないのですが……」
「そ、そうであるか……」
とても残念そうな領主様を見ていると何か力になってあげたくなってしまう。うーん。
「でも私の知識で何か役に立ちそうなことがありましたらいつでもご紹介させて頂きますよ」
「そうであるか!」
「こちらで生活をしながら何か思い出したら賢者様を通じてお話しさせて頂きます」
「うむ。了解しました。ハルト殿にはリンカスターの一級市民権を与えよう。帰りにタグを渡すように手配しておこう」
「ありがとうございます」
「領主様、それと深淵のドラゴン、ニーズヘッグについてご報告があります」
クロエの真剣な表情を見て顔を引き締める領主様。
「ハルト殿がいても大丈夫な話なのか?」
「はい。ハルトも当事者ですので、これから話す内容は知っております」
「そうであるか。それでどのような?」
「ニーズヘッグですがやはり森の外縁まで来ており暴れておりました。何とか説得をと試みましたが、話し合いに応じることも難しく戦闘となってしまいました」
「何と! 賢者殿が無事なところを見るに何とか追い払えたということですか?」
「いえ、消え去りました」
「はぁぁぁぁ? ちょ、ちょっと待ちなさい。賢者殿のレベルはまだ30台であったな。そんなレベルで深淵のドラゴンを倒せる訳がないではないか!」
「いえ、そ、そのニーズヘッグも動きが悪く、本調子でないというか、何か怪我か病気をしているような動きでした。それで時間は掛かりましたが何とか苦しくもニーズヘッグを倒すことが出来たのです」
「深淵のドラゴンを倒した……。賢者殿を疑っている訳ではないのだが証拠は? 討伐の証は何かないのでしょうか」
「そ、それが討伐というよりも正確にはニーズヘッグ自らの体力が無くなって倒れ、そして消え去ったという方が正しいのでこざいます。ですので、私のレベルも32のままでこざいます」
「と、とても信じられない話ですね。ハルト殿も当事者とのことですが賢者殿の発言は間違いないのですか?」
「はい。私も賢者様も死を覚悟していたのですが、ドラゴンは急に力が無くなり倒れるとそのまま消え去りました」
「その話が本当であるならば、リンカスターの街は人で溢れかえることになる。正式に発表をする前に調べなければなるまい。賢者殿、深淵のドラゴンと戦った場所を詳しく教えてもらいたい。遠征部隊を向かわせよう。それから、賢者殿には一つお願いがある」
「何でこざいましょうか」
「深淵にあるドラゴンの巣を調べてもらいたいのだ」
「巣でございますか」
「何らかの魔法で逃げた可能性。次世代のドラゴンが生まれている可能性。この2つを確認してもらいたい」
「かしこまりました」
「さすがに賢者殿一人でマウオラ大森林の深淵に向かわせる訳にはいくまい。ハープナに遠征に行っているダリウスとジャメルが戻ってきたら共に行くがよい」
「領主様、深淵は長居無用。メンバーはスピード重視で行きたいと思います。ですのでダリウス殿と私で行かせて頂きたい」
「そうか。ではダリウスが戻り次第その旨伝えるようギルドに話をしておこう」
「はっ、よろしくお願いします」
「深淵のドラゴンの褒賞金に関しては全てが明らかになってからということでよいですか? もちろん深淵への準備金は用意しておきましょう」
「もちろんでございます」
「ダリウスが戻るのは10日後くらいでしょう。それまで体を休め準備を整えておいてください」
「かしこまりました。ではこれにて失礼させて頂きます」
「失礼いたしました」
ちょっと苦しすぎる言い訳になってしまった感は否めないがしょうがない。本当のことは言うつもりはないのだ。
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