第百五十六話 サファリ湖のイネ2
「ハルトさん、あの辺りに自生しているのがヨシです。近くにイネはありそうですか?」
森の中と聞いていたので、小さな池のようなサイズを思い浮かべていたのだけど、思っていた以上に大きく、反対側までの距離がいったいどのくらいあるのかまるで検討もつかなかった。
湖には水生の植物が多く繁っており、その中でも背の高いヨシと呼ばれた植物は目立っている。この辺りは、沼地のように水の浅いエリアがかなり広がっているようで、様々な植物、生物がいそうだ。
「森の中なのに海があるの?」
「ベリちゃん、大きいけど、これは海じゃないんだ。湖っていうんだよ。潮の匂いとかしないでしょ?」
「うん、匂いしなーい。でもお魚さんは、いっぱいいるね」
「淡水魚だね。海の水では生きられない種類の魚だよ」
小さな魚の群れが泳いで目の前を通りすぎていく。たまにはこういうところで、釣りでもしながらのんびり過ごすのもいいかもしれない。
よくよく考えてみるとアストラルに来てからというもの、のんびりと過ごした日が少なすぎる。これでは人間としてダメな気がする。心にゆとりや気楽さがないと精神的にもよくないだろう。
次のドラゴンが片付いたら長期休暇を取得しよう。クロエとベリちゃんとプチ旅行にでも行こう。釣りしたりキャンプしたりバーベキューするんだ。あれっ? でもキャンプとかバーベキューとかって普段からしているような気もするな。
まぁいい、三人でのんびりお出掛けすることに意味がある気がする。
「ここの魚は干物にはならないですか?」
「魚を干物にはできるけど、サフィーニアには干物にするための海水がないからね」
「ふー、ままならないものなのですね」
ジュリアが金と食欲の匂いを感じとっていたようだが、人生そう甘くはない。キャリバー家にはしっかりスパイスの栽培とイネの栽培をして潤ってほしい。
「パパ、あれはヨシの子供?」
ベリちゃんが見つけたのはヨシよりも一回り小さいサイズだが穂にしっかり実を蓄えた紛れもないイネだった。
「あったのか、イネ……」
意外と簡単に発見されてしまったにも関わらず、予想外に感動してしまった。
「おー、ハルトさんが泣いている」
「パパ、痛いとこあるの? 大丈夫?」
「いや、あったらいいなぐらいの気持ちだったんだけど、いざ現物を目の前にすると感動してしまったんだ」
「ハルトさんが泣いて喜ぶ作物……。これはとても匂います。プンプンに匂いますよ! この作物を大量に作ればいいのですね」
「そうだね。イネは土でも作れるけど連作障害が出てしまうはずだから、このまま栄養豊富な湿地を利用して数を増やしていくといいよ」
目の前には黄金色の稲穂が風で揺れている。異世界でこんな光景が見れるとは思わなかった。コメが食べられると思っただけで元気が出てくる。
「この数ですと、今年は全て種に使用した方がいいですね。勝負は来年以降ですか。それまでに沼地エリアを開拓して増やしていこうと思います」
「うん、それがいいと思うよ。ジュリアしっかり頼むよ!」
「ええ、もちろんですとも!」
利害がかみ合えば、キャリバー家ほど信頼できる家はないだろう。今思えば、サフィーニア王もこの信頼一点において重用していたのかもしれない。
「来年の種植えから成長する段階で一度、確認にサフィーニアに来ていただいてもよろしいですか?」
「うん、了解。注意点とか育て方等、僕のわかる範囲で提供するよ」
「はい、ありがとうございます!」
立地は悪いけど、獣人達にしてみればそこまで苦労する道のりでもなさそうなので一安心だろう。来年の秋にはコメが食べられる。これだけで一年間頑張れそうだと思えるから不思議だ。
「じゃあ、戻ろうか。今日は他のスパイスも見ておきたいからね」
「パパ、またおんぶする?」
「う、うん。お願いしよっかな」
「ハルトさん、スパイス栽培を見るなら道が変わります。湖沿いに平たんな道を進んでいけば様々なスパイスを見ながらお屋敷まで戻れますよ」
「ちょっと待て、平たんな道があったのか?」
「ええ、それはもちろん。でもこの崖を降りた方が近道なんですよ。30分は違いますね」
どうしよう。ネコのお姉さん、たまに本気で殴りたくなる時がある。
「ふぅ。まぁジュリアだからしょうがないか」
別に急ぎじゃないんだから、平たんな道を教えてほしかった。まぁ、そこまで頭が回らなかったのだろうけどさ。
「あれっ? ハルトさん、マンイーターを発見しました! で、でもなんだか様子がおかしいです」
ジュリアが指を差す方向には確かにマンイーターと思われる植物の魔物がいる。しかしながら何かと争っているような、まるでこちらを気にしてない感じはやはり様子がおかしい。
「なんだろうね。近寄ってみよう。ジュリア、念のためマンイーターの注意点は?」
「ツルを伸ばして体の自由を奪おうとしてきますが、あのサイズなら3メートル以内に近づかなければ問題ないでしょう。あと火属性の魔法にとても弱いです」
なるほど、知らずに近づかない限りは、とても簡単に倒せそうな魔物のようだ。
「了解、それじゃあ行ってみようか」
かなり距離が近づいたことで、マンイーターが何と戦っているのかがわかった。
それはとても小さな人で背中から羽が生えている。これは、妖精? 遠くからは見えなかったが、どうやら多くの妖精が捕まってしまった仲間を助けようとマンイーターと争っているようだ。
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