第十五話 リンカスターの街
「ご無事でしたか賢者様。そちらの方は?」
再び仮面を装着したクロエが若干低い声で応じる。
「あぁ、心配を掛けたな。深淵のドラゴンなら大丈夫だ。安心するがよい。この者は異世界からの転移者でなハルトという。ハルトとは偶然森で会ったのだが、これから領主様にお会いするので一緒にハルトのことも話そうと思っている」
「転移者でございますか? それはまた珍しいことですね。そ、その、大丈夫なのですか?」
「人柄は私が保証しよう。何か問題が起こったなら私が全て責任をとる」
「か、かしこまりました。それではどうぞ。あ、ハルト殿にはこちらを。ようこそリンカスターの街へ」
「あ、ありがとうございます」
門番より手渡されたのは木の札がついた首飾り。札には訪問者の文字と今日の日付が記されているらしい。会話は出来るけど読み書きはダメなようだ。覚えるの大変そうだな……。
すると、クロエがお金を取り出して門番に支払いをしようとしていた。
お、お金かかるのか。いや、スラム街があって街に入れない人達がいるのだから当たり前か。
「10日分を先払いしておこう」
「かしこまりました。領主様から滞在を許されましたら払い戻しますのでこちらまでいらしてください」
「うむ。了解した。ではハルト行くぞ」
「あっ、うん。クロエありがとう」
街に入ると門の近くは道が広く整備されているようで活気もある。道具屋、宿屋、馬屋などが建ち並び、奥の方には飲食店なども見受けられる。広い道は中央の領主の館まで続いていてるらしい。
門から少し離れるとゴミ捨て場や焼却場があるのだろう。何かを燃やしている煙があがっているのがみえる。路地から小さな子供達がこちらを見ては睨んでいる。あの子達はいったい? クロエは気づいていないようでスタスタ進んでいく。とりあえずついていかなきゃだね。
少し進むと大きな広場もあって露店がひしめき合うように並んでおり美味しい香りを漂わせていた。
「ハルト、お腹が空いているかもしれぬが領主様への説明が先だ。申し訳ないが付き合ってほしい」
「も、もちろんだよ。早く説明して戻ってこよう」
「そうだな。私もこの広場の露店はよく利用している。何が美味しいか教えてあげられるぞ。やはり何と言っても一番人気はボア肉のパン包みだな。リンカスター名物で柔らかくトロトロに煮込んだボア肉にピッタリの濃厚なソースがパンに染み込んでいて止まらんのだ」
クロエの目線の先には行列している露店があった。美味しい匂いはここから漂っていたのだな! それにしてもボア肉、やはり味に間違いはないようだ。すぐに戻ってくるから待ってるんだよ。
広場を通り過ぎると武器屋、防具屋、服飾店などが多くなってきた。業種毎にある程度まとまっているのは買う方からしたらありがたい。今着ている服もボロボロになってしまったのであとで買ってもらうことになった。ヒモ生活の第一歩がスタートしそうだ。
「お父ちゃんを返せー!!」
こちらに向かって子供の大きな声が聞こえたと思ったら、クロエの仮面に何かがあたった。道沿いに面した二階の住居から何やら物が投げられたようだ。わざとあたったというか、クロエが避けなかったというのが正しい。
「あっ……」
あたるとは思っていなかったのだろう。その子は首を引っ込めてすぐに隠れてしまう。
「クロエ、今のは!?」
「おそらく、私のレベルアップにつき合わせて父親を亡くした子であろう。よくあることだ……ってハルト、どこへ行こうとしているのだ」
「いや、躾? いや説教?」
「い、行かんでいい!」
「いや、こういうのはそのままにしておくのが一番ダメなんだ」
「ハ、ハルト! た、頼む……」
仮面をしているからわからないけど声が震えている。涙を我慢しているような声に思わず立ち止まってしまった。
「わ、わかったよ。今は我慢する。先を急ごう」
とても納得は出来なかった。クロエはこの街のために自らの命をかけてドラゴンと向かいあっていた。賢者だからと全てを押しつけられたクロエに対して子供とはいえあんまりの仕打ちに思えた。大人はどう思っているのだろう。
しばらく進むと街で一番大きな建物が見えてきた。あれが領主様の館なのだろう。可能な限り沢山の褒賞金をお願いいたします。僕は心の中で柏手を打った。
「賢者様、領主様に謁見でございますか?」
領主様の館前にも大きな門と、また門番が控えており何用かと訪ねられる。
「そうだ。至急お伝えしたい話があるのたが、よろしいだろうか」
「はい。賢者様が戻り次第に通すよう言いつかっております」
「そうか。では頼む」
「そちらの方は?」
「こちらはハルトといってマウオラ大森林で出会った転移者なのだ。領主様のご判断を伺おうと思ってな」
「なんと! そのような危険な場所で賢者様に会えたのは正に幸運でございますな」
「そうですね」
「幸運は私の方であったがな……」
「ん? 何かおっしゃいましたか?」
「いや、独り言だ。気にしないでくれ」
「はっ、では案内をお願いします」
門番から引き継がれた執事風のおじ様に案内されて歩いていくと少し大きめの部屋に通された。
「賢者様、領主様は本日多忙なため執務室で失礼させていただきます」
「いえ、構いませぬ」
コンコンッ
「ベルナール様、賢者様がお戻りでございます」
「あぁ、どうぞ入ってくれ」
扉を入ると書類だらけの机の上から顔を出している領主様が立ち上がったところだった。
「おぉ、賢者殿ご無事でしたか」
30代前半ぐらいだろうか。ダークブロンドの長髪をなびかせている領主様は思いのほか若かった。
しかしながら目には隈が刻まれており、仕事に追われて睡眠が取れてなさそうなくたびれ具合が何ともいえない哀愁を感じさせた。
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