第百四十九話 アンフィスバエナ戦4
「それでは、近くまで行きます。ローランドさんはこの瓶を」
「わかりました。ハルト君、気をつけて」
「ええ、ローランドさんも」
「俺たちは信用されてねーんだな氷」
「人間からしたらドラゴンと取引をするなど考えられぬこと。ビビりもするであろう」
「まともに戦っても相手にならねーからな」
「そ、それでは、この瓶に『身隠しの粉』を入れてください」
その距離僅か二メートル。ここで魔法を放ってもいける気はする。でも、まだだ。二つの頭が僕から完全に離れるタイミングを狙い撃ちする。
「うむ。これでよいな」
二つの首を使って自身の『身隠しの粉』を少量、小瓶へと入れていくと器用に蓋を閉めて投げ返してきた。
「早く、俺たちの粉もよこせ!」
「ローランドさんっ!」
「かしこまりました」
その言葉とともに下手投げで大きく円を描くように滞空時間長くアンフィスバエナに向かって瓶は飛んでいく。間違いなく、氷も炎も目は『身隠しの粉』の入った瓶を追っている。
僕はその瞬間を逃さずに魔法を発動させた。
魂浄化魂浄化魂浄化魂浄化魂浄化魂浄化魂浄化魂浄化魂浄化魂浄化!
魔法の白い光は間違いなく手前側にいた氷に当たった。
「こ、小僧、我らを騙したな……か、体が動かぬ……炎! 我を魔法で吹き飛ばせ」
「いや、しかしよう」
「じ、時間がない! いいから急げ! お、お前だけでも生き残るのだ……」
「くっ、くそったれが!」
炎による熱風で近くにいた僕は盛大に吹き飛ばされてしまう。あっという間に自分に掛けた防御魔法が溶けるように消えていく。
「ハ、ハルト君、早く手を伸ばすんだ!」
ダメージを負い始めてすぐに、ローランドさんの大盾の中に避難することができた。間一髪セーフだ。しかし、問題はこの後か。
炎の咆哮が炎の中からはっきりと聞こえてくる。まだはっきりとは見えないが、煙から見えるシルエットからは氷の体が炎で焼き落とされているということだろう。
「殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺すっ! お前らは絶対に殺すっ!!!」
左半身が焼け焦げているにも関わらず、とんでもないスピードで尻尾を叩きつけられる。盾で防げる訳もなく、吹き飛ばされながらも自分に再度魔法を掛ける。
防御上昇
ローランドさんも一気に纏った光が消えていくのを見てすぐさま追加する。
防御上昇
「クロエ!」
炎とは相性は最悪だけど、少しでも目眩ましになればありがたい。
火炎竜巻!
アンフィスバエナの頭部分を中心に魔法が炸裂していく。今のうちに眠らせてやる!
僕が足下を狙い深眠を唱えようとした時だった。火炎竜巻を何とも思わないかのように炎が突っ込んでくると大きく開けた口が一気に近づいてきていた。
「ちっ、その光る魔法のせいか! 何度も何度も何度も面倒くせーなっ!」
僕は壁に叩きつけられるように飛ばされてしまうものの、体はまだ辛うじてピカっていた。衝撃はあったが、たいしてダメージを受けてはいない。
慌ててアンフィスバエナの方を見ると、そこには大剣を持ったローランドさんが僕とクロエの間に入って対峙していた。
「てめーから死にたいのか?」
アンフィスバエナの立っている位置は、魔方陣があった場所から少し前方。頭に血が昇っている今の状況。冷静な氷がいない状況もプラスだ。今なら当てられる!
「ローランドさん、防御魔法はいくらでも撃ちますので、今は耐えてください!」
「勿論だよ! その代わり、アンフィスバエナの鱗とか落ちてるのは僕が優先的にもらうよ!」
緊張感の漂うなか、ローランドさんの気持ち悪い言葉が洞窟内で響き渡っているが、炎は更に怒り心頭といった雰囲気になっている。
「この期に及んでまだ、この俺を倒せると思っているのか? 何だその生意気な目は? 泣き叫べよ! 命を懇願しろよ! どちらが捕食者なのか教えてやろうじゃねーか」
炎が一歩踏み出した瞬間、クロエと同時に目眩ましの魔法を放つ。ダメージは期待していない。
大剣で大きな牙を受け止めようとしていたローランドさんも、あっさりと吹き飛ばされてしまう。
火炎竜巻!
火炎竜巻!
魂浄化!!!!
そして、僕たちの魔法から少し遅れて本命のベリちゃんからの魔法がアンフィスバエナを正確に捉えていた。
「なっ! ま、まだ、いやがったのか……。匂いはまったく……感じなかったぞ……」
魂浄化の光がアンフィスバエナを包み込むように覆っていく。
「くそっ! くそっ! くそがっ! せ、せめて、お前は……氷の仇に、つ、連れていく、連れていくぞー!!」
炎は、何故か僕をロックオンして、そう言い放った。
最後の力を振り絞って、まだ微かに動いていた尻尾で自らの頭を切断。
「へっ? どういうこと?」
落とされた頭は、自らの体が消滅に向かうのを見ることもなく眼を閉じていた。
しかし、次の瞬間ギョロリと大きな目を見開いたかと思ったら、僕めがけてその大きな口を開きながら飛んできた。
「ハ、ハルト!!」
「ハルト君!!」
何で頭だけで動けるの? とか、魂浄化って切断した箇所は消滅しないの? とか考えることは頭の中でぐるんぐるんしてるんだけど、そうは簡単に体は動かないわけで。
きっと、僕のピカりの薄くなった防御魔法では到底無理だろうなと思われる炎の捨て身の攻撃は目の前に迫っていた。
ガッキーン!!!!!!
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