第百四十三話 戦略の練り直し4
目の前では正座しているジュリアの前に簡易七輪のようなものに網を乗せた器具で焼魚をしっかりと焼いている。こういっては何だが、とても良い香りがしていて周辺ではなんの匂いだ! とちょっとした騒ぎになっている。勝手に部屋の中で干物を焼いてしまったことに関しては申し訳ないとは思うが、アーリヤ姫の希望なので問題はないだろう。
「それにしても何で、アーリヤ姫も来ちゃったのかな?」
「呼びにいったところ、お部屋に三人でおられまして……その、私もついてくるとおっしゃられましたものですから止めるわけにもいかず」
「私に秘密の会議とは失礼じゃないか? ジュリアがよくて私がダメな理由を教えてもらいたい。ところで、この干物の焼魚はそろそろ食べてもいいのだろうか?」
「そうですね。そろそろ大丈夫です。熱いので私が少しほぐしましょう」
「うむ。出来るだけ早く頼む。それにしてもジュリア。何故、このような美味を黙っておった」
「塩みは摂取し過ぎると体には毒であると聞きましたので、私がその身をもって数か月の実験をしてから、これは安全とわかってからアーリヤ様にご献上しようと思っておりました」
「ハルトさん、その毒という話は本当ですか?」
「獣人と人でそこまでの食文化の隔たりは無いとわかりましたので問題ないかと思います。確かに食べ過ぎたら体に毒でしょうけど、そもそも体調が悪くなったら魔法で治しましょう」
じろりとジュリアを見たアーリヤ姫は、ホクホクにほぐされたふっくらした魚の身を口に放りこんだ。目じりの下がった顔の表情が美味しさを物語っている。
「ジュリアはこのように美味な物を私に内緒で独り占めするところであったのか」
「い、いえ、その、数がそこまで多くない……ではなくてですね、そ、その申し訳ございませんでした。私にもその一口頂けますでしょうか?」
三人で部屋にいた時にリンカスターでの話が話題に上がったそうで、ベリちゃんがジュリアの好物が干物の焼魚だったとアーリヤ姫に伝えたところからこの展開は始まったらしい。すぐに隠そうとしたが、あっさりバッグいっぱいに持ってきた干物を見つけられてしまい、食べ方を教えろと揉めていたところにローランドさんが部屋に来たらしい。
「おいジュリア、この干物は家に大量に保管しておいたやつだろう。勝手に持ってきたのか?」
「い、いえ、こんなに大量にあったらバレない……じゃなくて日持ちの問題もあるかと思い、少しお手伝いをしようと思ったりして……」
「へぇー、お手伝いね。そういえば家賃や食料代なんかもまだもらってなかったな。とりあえずこの干物は没収することにしよう」
「お、お金ならすぐに実家から送らせるから! ひ、干物は、干物はとらないで!!!」
必死だな。これは、説得とかじゃなくて干物で簡単に動かせそうだ。ジュリア何て簡単な子なのか……。とりあえず、バッグは没収させてもらうとして、その内の半分をアーリヤ姫にお裾分けすることにした。
「のおぉぉ……私の干物ぉぉぉぉぉ!!!!!」
お前の干物ではない。
「アンフィスバエナをどうにかできたら、スパイスとこの干物やリンカスタービールで貿易をしたいと思っております」
「それは賛成です。父上も兄上も説得してみせましょう。いや、説得するまでもないですね。魚となりますと、どのくらい日持ちがするかが問題になりそうですね」
「ベルシャザールで日持ち検査を行うので、それである程度目途が立つと思います」
「そうですか、では楽しみに待っていよう。それまでは、この頂いた干物を少しずつ頂くとしようか」
それにしても、アーリヤ姫がいると話が進められない。困ったものだが、しょうがない。焼き魚を食べ終わったら部屋に戻るだろう。
「それで……ジュリアに話が合ってこの部屋に呼んだのであろう。私に構わずここで話をするがいい。別に聞き耳を立てるつもりはないし、この焼魚に集中しているので好きに話をするといいぞ」
ここで話せないから困ってるんだけどね。さて、どうしたものか。
するとクロエが任せろといわんばかりに説明をはじめた。ダメな時と調子のいい時があるので若干不安だが任せてみよう。今日はどっちの日だろうか。
「ベリちゃんのことでジュリアにお願いがあったのだ。ちょっとした持病があって塗り薬をお願いしたかったのだが、まあ急ぐ話でもないしまた明日にでもお願いすることにしよう」
持病じゃなくて身隠しの粉のことだと思うけどね。本当のことを混ぜた方が嘘っぽくないとはよく言ったものだ。
「嘘……はついてないように感じるのだが、何か隠しているな。今日はアンフィスバエナを直に見たはずだが感想はどうだ? 討伐できそうか?」
嘘? 勘のようなものなのか、アーリヤ姫の目が鋭さを増している。ここは僕が試してみよう。
「アンフィスバエナの感想ですか? ちょっと討伐は難しそうですね。明日もう一度調査してみようとは思いますが、残念ながら魔法陣を強化する方向になると思います」
「残念そうな顔をしているようだが、本当に討伐できると思っているようだな。これは驚いた……。私もまだ生きられるらしい」
「アーリヤ様。ハルトは討伐は難しいと言ったのだぞ。何故そうなる?」
「あー、それはおそらく嘘だろう。お主らはアンフィスバエナを討伐できると確信しているようだ」
ふむ。これはどうやら嘘発見器のようなものがアーリヤ姫にはあるようだ。他の人より魔力の高い獣人らしいけど何か特別なものを持っているのかもしれない。
続きが気になった方は、ブクマやポイント評価を頂けると作者のモチベーションアップに繋がります。