第百三十九話 双頭のドラゴン
「はじめまして、イヨール様。『火の賢者』クロエと申します。確認なのですが、アンフィスバエナからこちらの話し声は聞こえるのでしょうか?」
「聞こえてはおらん。しかし、唇の動きは見えている。話す時は、口元を隠すようにしなさい」
ニーズヘッグもヴイーヴルも人の言葉を理解していた。ドラゴンというのは長命な分、知識もかなり高いのかもしれない。
「かしこまりました。それで、質問なのですが、魔法陣を解除しなければこちらから攻撃は出来ないのですか?」
「勿論じゃ。それよりも本当に討伐を考えておるようじゃな……」
解除しなければ、攻撃出来ないのであればこの人には説明をしないとならないのか……。
「そのつもりです。ちょっとした秘策があるので問題ありません」
「ふんっ、随分と強気な賢者じゃな。ニーズヘッグを倒して調子に乗っておるのか?」
さて、こちらの話し声は聞こえないが、アンフィスバエナからは絶賛ガン見されている。話が通じる雰囲気は今のところゼロ。完全にぶちギレている目線を飛ばしていらっしゃる。
「あっ、すみませんハルトと申します。イヨール様にお伺いしたいのですが、アンフィスバエナっていつもあんな感じなんですか?」
「ふむ。いつもこんな感じじゃよ。特に最近は魔法陣の力が弱まってきているから余計じゃな。あわよくば抜け出す隙を狙っているのだろう」
話し合いは厳しそうだね。二つの頭が注意深くこちらの様子を窺っている。
「さて、ではイヨール様。魔法陣を解除してもらってもいいですか?」
いきなりの発言に驚いたのはもちろんリュカス王子だ。
「ハ、ハルトさん!? どういうことですか? 今日は調査であって討伐の日ではないはずです!」
深眠
リュカス王子は僕の魔法であっさりと眠りに落ちてしまう。最早、この魔法の確率が気になってしまうレベルの確度である。
「こ、この魔法はいったい……。ハルトと言ったか。お主一体何者じゃ!」
びっくりしたのはイヨール様だけでなく、アンフィスバエナも目を大きくしてジーッとこちらの様子を凝視している。不思議な魔法と何が起こっているのか様子を見ているといったところだろう。
「僕はちょっと不思議な魔法を使えるんですよ。このことは内緒でお願いします。ところで、イヨール様にお願いがあるのです」
イヨール様も絶賛混乱中のようだ。当たり前だが、自分の判断で魔法陣を解除しなければならないということは、間違えばこの国を滅ぼすことに繋がってしまうのだから。
「安全の保証がない。出来るわけないじゃろ! お前たちは味方なのか? それとも敵なのか!?」
そんな簡単に納得するとはこちらも思っていない。話して理解を得られないなら残念ながら脅す方向になってしまう。ローランドさんが動いた。
「イヨール様、リュカス王子の命とどちらが大事ですか?」
「僕たちもこんなことはしたくないのですけど、これでイヨール様も解除する理由が出来たでしょう。それからちょっと難しいとは思いますが、安心してください。解除しても大丈夫ですから」
イヨール様はひとしきり悩みながらも、リュカス王子の首に徐々に入っていくナイフの深さに諦めざるをえなかった。
「と、止めてくれ! それ以上リュカス王子を傷つけるな! わ、わかった。信じようではないか」
「解除してくれるんですね?」
「あぁ、やればいいんじゃろ……」
まるで悪の組織にでも入ってしまったような気分だ。これ、何回も繰り返すの嫌だな。
セーブ
今のところ、セーブ1で洞窟前。セーブ2をこの場でさせてもらった。
イヨール様は、魔法陣に手をつき魔力を流し込む。綺麗な光輝く魔法陣の色が赤に変わり点滅しながらぐるぐると回転していく。中央にいるアンフィスバエナはすぐにでも攻撃できるような前傾姿勢をとり、こちらに睨みを利かせている。絶対話し合いにならないにリンカスタービールの権利をかけてもいい。解除され次第、無差別に暴れまわる気満々。
「ちっ、知らんからな! 解除!」
「ハルト君!」
「了解です」
魂浄化魂浄化魂浄化魂浄化魂浄化魂浄化魂浄化魂浄化魂浄化魂浄化魂浄化魂浄化魂浄化
魔法陣が完全に解除される前に魂浄化の白い靄で洞窟内を埋め尽くす。これが第一の作戦。魔法陣が解除される前から攻撃して逃がさない。初見の魔法なら逃げられないはずだ。
しかしながらそう甘くない訳で、魔法陣が解除されると同時にアンフィスバエナの片割れが魔法を放ったのが見えた。体が一気に冷える感覚が通り過ぎる。それは突然の猛吹雪。僕の渾身の魂浄化は吹雪によって吹き飛ばされており、魔法陣の一番近くにいた『光の賢者』イヨール様は、もう一方の獰猛な表情をしているアンフィスバエナの口の中で半分に噛み切られていた。
セーブとロードがなかったらと思うとゾッとする。ドラゴンと対峙すると、こうもあっさり死が近くなる。
イヨール様が殺された時点でこの実験は失敗で再度やり直しすることは決定しているが、もう一つ魔法を試してみる。やはり、魂浄化を大量に目に見えて真っ白にしてたら単純に警戒させるだけだったようだ。なら、こっちの魔法ならどうするのかな? クロエがこちらを見て頷いている。アンフィスバエナの意識をずらしてくれるのだろう。
火炎竜巻!
深眠深眠深眠深眠深眠
火炎竜巻に隠れて地面を這うように放った僕の魔法はしっかりアンフィスバエナをとらえて眠らせることが出来た。
しかしながらそれは吹雪の魔法を放った方の個体だけ……。一度に二体は寝てくれないらしい。
相方の様子に何をしたのかと怒り狂った凶暴な方の個体は、僕に向かってその大きな口、牙を見せながら頭ごと食らい尽くさんとしていた。
残念ながらここまでか、ロード。
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