第百三十六話 サフィーニア公国
翌朝から深い森を縫うように馬車は進み、サフィーニア公国へと向かっている。昨日の話し合いで、調査に2日間、3日目にアタックする予定となっている。調査自体は1日でも十分なんだけど、それなりに調べているふりをしておかないと説得力がないかなと思ってのことだ。
実際あっさり魂浄化出来るのならそれに越したことはないのだけどね。
「森が深いからか、気温が高いはずなのに木陰は涼しいのだな」
「そうですね。さすがに日の当たるところは厳しい暑さですけどね。あとは、この辺りはスコールという雨が瞬間的に降るので暑さをやわらげているのかもしれません。雨が降った後は一段と涼しくなりますから」
アーリヤ姫の言う涼しさというのは、気化熱によって温度が下げられていることを言っているのだろう。森や土を固めた道が多いから地面の保水量も多い。見た目ほど暑く感じさせないのはこのあたりも要因の一つなのだろう。
「サフィーニア公国までは全て馬車で進めるのですね。てっきりジャングルを歩いて進まなければならないと思っていました」
「昔はそうっだったのだろうけどな。今は貿易も盛んに行われているから、そういう訳にもいかないだろう」
「おっしゃる通りですね。物を大量に運ぶには馬車が必要でしょうからね」
「それにしても、本当にその幼女を……ベリルちゃんを連れていくのだな。こういっては何だが、失敗したらみな死ぬことになると思うのだが……」
ベリちゃんはジュリアの膝の上に座ってラシャド王子の髪の毛をいじって遊んでいる。ちょっ、不敬罪とかにならないよね?
「調査中はジュリアに面倒を見てもらいますので、僕たちに何かあった場合はリンカスターの孤児院にいるマリエールという者にお願いするよう伝えております」
「討伐に失敗した場合を想定していないように思えるのだが、ジュリア共々生き残った場合はその約束を守るよう伝えよう。難しいとは思うが……。いや、それよりもラシャド王子と一緒にベルシャザールへ戻らせれば良いのではないか?」
ラシャド王子はサフィーニア公国へ挨拶をした後はベルシャザールに戻ることになっている。当たり前の話だが、王家の者が危険だとわかっている場所に滞在する訳にはいかない。
「いやなの! パパとママと一緒にいるの」
「気持ちはわかるのですが……。二人はそれで良いのですか?」
「ええ、家族ですから。それに私たちは失敗するとは思ってないのです。そうであろうハルト」
「まあそうだね。アーリヤ様は心配でしょうけど、僕たちからしたら二択なんです。撤退か、討伐かのね。もちろん、可能な限り討伐する方向で頑張るのですけど。だからアンフィスバエナが暴れまわってサフィーニア公国が滅亡するとは思ってもいないんですよ」
「その自信がどこから来るのか不思議なのだが、ニーズヘッグを倒している『火の賢者』のパーティだけに妙な説得力がある。話しぶりから無理はしないということは理解した。私のことは気にせず、難しい場合は無理せず撤退してください」
サフィーニア公国までは今夜には到着できるだろうとのこと。意外と遠い道のりのようだ。途中の昼休憩は昨日のカリーを温めなおしていただけるらしいので楽しみだ。
「それにしても、街道沿いに魔物は全然現れないのですね」
「こういっては何だが、サフィーニア公国はスパイス貿易でかなりの利益を出している。潤沢な利益は貿易に関わる商人達の安全のために活用されるべきであろう。つまり、街道の安全は多くの冒険者の討伐によって担保されているのです。しかも王族が通る前日は特に念入りに行われます」
なるほど、理にかなったお金の使い方というか、とても普通のことのように思える。
「サフィーニア公国にもギルドがあるのですね」
「もちろんだ。ギルドは国から見ても便利なだけでなく、得られる情報は命に関わる大切なものです。国同士の垣根を超える団体というのも時には必要なものなのでしょう」
サフィーニア公国、意外と社会的なことや考えがしっかりしているんだよね。その割に閉鎖的なところもある。獣人という種族的なものがそうさせているのかもしれないけど、ドラゴンを討伐することで少しでも良い方向へ進んでくれたら嬉しい。
「そういえば、アーリヤ様はアンフィスバエナを見たことがあるのですか?」
「あります。双頭のドラゴンの名の通り頭が2つあり、どうやらそれぞれ別の個性をもっているようなのです。荒々しいのと冷静なタイプに別れていて、お互いが動きを阻害することなく冷静な方がフォローに回りながら動くと言われています」
「頭が2つってイメージできないんですけど、一体どんな姿をしているんですか?」
「そうですね、首が2つあるといった方がいいでしょう。翼も大きく爪も鋭い。体は漆黒の鱗に覆われていてその防御力はとても高いと言われています。もしも討伐することになるのであれば、可能なら翼から先に攻撃してもらいたい。空を飛ばれては、我々はただ蹂躙されるだけでしょう。また、魔法陣で再度捉えるにしても空を移動されては手の打ちようがありませんから」
アンフィスバエナの事前情報を聞きながら、僕たちがサフィーニア公国に到着したのはスコールの上がった少し涼しい夜になる前の頃合いだった。
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