第百三十一話 リントヴルムと風の賢者1
私がラシャド王子と初めて会ったのは今から三年前のことになる。ここノースポリアの領主様にご挨拶された時に当代の『風の賢者』として紹介された。
「ラシャド王子、こちらがノースポリアの『風の賢者』ニーナ様です」
「ニーナです」
「あなたがニーナ殿ですか。聞くところによると私と同い年とのこと。その小さな体でリントヴルムを相手にしているのは大したものです。ノースポリアは王都から一番近い街。リントヴルムを押さえるのは大変かとは思いますが、王家も最大限協力させて頂こうと思います」
それはなんというか、その、一目惚れだった。
その愛嬌のあるお顔。くるくると愛らしい髪型。聞こえてくる声からは裏表のない優しさが伝わってくる。私はピンときていた。私はこの人と結ばれる。いや、結ばれたい。
「あ、あの、ニーナ殿。そろそろ手を離してもらえるだろうか……」
貴族の挨拶とかでハグとかキスとかしてくれないのだろうか。外見とは裏腹に手には剣ダコもあって、見かけによらずしっかり訓練されていることもわかった。そんなことしなくても私が守ってあげるのに。
「ニーナ殿は何かお困りの事などあるだろうか?」
「うん、特にない」
しいて言うなら、現在進行形で私の心臓がドキドキしていて困っている。こんなことは初めてだ。取り急ぎお付き合いしてもらいたい。なんなら、今夜早速お手付きにされてもいい。いや、襲うか。
「ラシャド王子、ニーナ様はレベル38になりました。最近ではニーナ様を恐れ、リントヴルムも街に近寄ってくることがありません。もう少しレベルが上がれば討伐も夢ではないかもしれません」
「おー、それは素晴らしいことです! 凶悪なドラゴンの討伐は人類の夢。リントヴルム討伐の暁にはニーナ殿の願いを何でも叶えてしんぜよう」
願いを、何でも! 叶えてくれる!
「お願いします」
「ニーナ殿は何か叶えたい願いでもあるのですか?」
「うん」
結婚したい。あなたと! 末長く!
「モチベーションは大事でしょう。討伐したらその願い私が叶えてみせましょう」
「嬉しい」
リントヴルムはスピードが早い。最近では会うとすぐに逃げられてしまう。何か罠でも考えた方がいいのかもしれないが、流石にドラゴンを捕らえる罠とか無理があるか。気づかれる前に仕留めてみせる。
「ちなみにその願いは私で叶えられるものであろうか? せっかく討伐したのに私に叶えられぬものではニーナ殿を悲しませることになってしまう」
「大丈夫」
私をあなたのお姫様にしてね! 約束。
「そうであるか。多少の無理は叶えてみせるから、遠慮するでないぞ」
「うん」
それからラシャド王子はノースポリアには来ていない。会えない時間が恋を加速させる。私の初恋の王子様。優しくて私のことを心配してくれる素敵な人。聞くところによると王子はまだ婚約すらしていないという。これは王家では珍しいことだと聞く。つまりまだ私にもチャンスは残されている。
私は早くあの逃げ足の速いクソドラゴンを討伐しなければならない。第三王子とはいえ、そろそろ婚約しなければ周りからもうるさい声が聞こえてくるはず。早くラシャド様を迎えに行くためにも日々討伐を繰り返し、経験値を稼がなければならない。あと少しでレベル40になる。レベル40は一般的には上級職になれるレベルだ。賢者の場合においてもこのレベルを境に強さの基準が一段上がると言われている。もう少しで、あともう少しであのクソドラゴンを倒せる。
「しばらく街に帰ってないな。今日はこのあたりにして一度戻るか」
ガサガサ ガサガサ!
「!?」
かなり遠くまで来たと思ったら、どうやらリントヴルムの巣穴を発見してしまったらしい。大きな洞窟に周りを気にしながらコソコソしているドラゴンを発見してしまった。クソドラゴンこんなところにいやがったのか。これでいつでも遊びに来れる。今はまだ難しそうだが、とりあえず試しに殺してみようか。
「ちょ、ちょっとストップ」
「お前、喋れたのか?」
「当代の賢者は随分アグレッシブだな。若いからって無茶しすぎ」
暴風!
「ちょっ、お話し中だってば!」
「お前、ちょこまかと動きだけは速い。次は強めに撃つから逃げるな」
暴風! 暴風! 暴風! 暴風! 暴風!
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、普通この距離なら一つぐらい当たるはず」
「い、いや、当たったら大怪我間違いなしだから!」
「わかった。話せ」
「話してる途中に魔法撃ったら怒るよ」
「よ、よくわかったな……」
「可愛い顔して油断も隙もないな」
「それで、言いたいことは何だ」
「実は、この洞窟の中に狼の親子が休んでいる。母親が足を怪我していて動けないので、俺が代わりに食事を持って行っている。この場所が見つかってしまったということは、またここに俺を殺しに来るのだろう」
「当たり前」
「親子が元気になるまで休戦することはできないか? 母親の怪我が治ったら、また遊んで……じゃなかった、戦ってあげるから」
「お前の話を信じるとでも思ったか?」
「嘘だと思うのなら洞窟の奥にいる親子を見て来ればいい。親子を攻撃したらマジで怒るからな」
「手負いの者に攻撃などしない。死にそうな状態だったら引導を渡してあげる」
「いや、だから殺したらマジ怒るからな」
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