第百二十一話 告白1
ふらっと後ろ向きに倒れそうになるラシャド王子をすかさずレイエノールさんが支えていた。僕の後ろではベリちゃんがクロエのドレスに目が釘付けで、ぐるぐる回りながらと生地を触ったりキラキラの衣装に目を丸くしていた。
「せっかくのドレス姿だったから、そ、その、最初にハルトとベリちゃんに見てもらおうと思ってだな。家に一時帰宅したのに誰もいないし、置手紙を見たらジュリアが行方不明というではないか。まったく、汚れないように走るは大変だったのだぞ」
「最初に見てもらおうと?」
「そ、それはもういい! そ、それより、ジュリアは無事に見つかったのだな。まったく、ジュリアはしばらく焼魚抜きだぞ」
「うえー、や、焼魚!? な、何故ですかー」
「あ。あれ、そこにいらっしゃるのはラシャド王子でございますか? なぜ、ケオーラ商会にラシャド王子が?」
一気に現場が大混乱に陥ってしまった。
ラシャド王子は倒れているし、熊さん達はぐっすり眠っている。ベリちゃんは謎のテンションでドレスに釘付けだし、ジュリアも焼魚ショックでガックリとうな垂れている。そしてベネットはあわあわしていて、ロドヴィックさんは帰ろうとしていた。
カオスだ……。
「ロドヴィックさん、どこ行くの? その無意味に危険を察知する能力には驚嘆するけども、最後まで付き合ってくださいよ」
「お、おおう。流石にバレていたか。ちょっと嫌な予感がしてよ」
その予感は間違いなく的中しているけどね。
「殿下、殿下、気をしっかり! だ、大丈夫でございますか?」
「お、おぉ、レイエノールか。先ほど気のせいかそこの幼女がクロエ殿のことをママと呼んでいた気がしてな……」
「そのことでございますが、殿下にお伝えしなければならないことがございます」
「な、なんだ」
「『火の賢者』クロエ殿には一緒に生活を共にしている冒険者と親代わりに育てている幼女がおります」
「なっ、つ、つまり、そういうことなのか? そ、そのうらやましい奴はどこのどいつだ! い、一応聞くが、恥も外聞もなく金で解決できそうか?」
「その方はかなりお金を持っておりますのでちょっと難しいかと……ただですね、まだ結婚はしておりません」
僕をチラチラと見ながら汗を垂らして説明しているレイエノールさん。なんか少し申し訳ない気持ちになってきた。
「ラシャド王子、クロエと暮らしているのは私です。そこにいるベリルと、あとは現在は居候の獣人もいますが」
「ハルト殿が!? そうであったか……」
少し考えるように時間をおいて、何かを決心したようにラシャド王子は言葉を発した。
「ハ、ハルト殿は、その、クロエ殿を好いておるのか?」
ここで質問しないでもらいたい。この場に何人の人がいると思っているんだ。というか、クロエとベリちゃんまで真剣な表情でこちらを見ているのは気のせいか?
再びラシャド王子の方を向くと、こちらもこちらで真剣な面持ちで僕の回答を待っている。この世界がどうかわからないけど、王族にしては珍しく、自分が好きになった人と結婚を許されるかもしれないのだから、本人もそれは本気だよね。恥ずかしいけども、本気の人に対しては僕もしっかり向き合って本音で話さないとならない。
「僕はクロエのことが好きです。仲間としてももちろん頼りになりますし、これまで冒険者パーティとしてお互いの命を預け合い魔物と戦ってきました。レイエノールさんから今回の話を伺った時に、ひょっとしたら王子様と結婚したらクロエが幸せになるのではないかと考えました。クロエは『火の賢者』となってから、ずっと辛い想いをしながら、街を守るためにそれこそ命を懸けて生きてきました。これまでの辛いことから解放されて危険なこともなく王都で王子様と生きていくことが出来るのなら、これ以上の幸せがクロエにあるのだろうかと。……でも、でも、僕がそれじゃ嫌なんです。僕にはクロエがいない世界を楽しめる自信が無い。自分勝手なわがままですけど、僕はこれからもクロエと一緒にこの世界を生きていきたい。お姫様にはさせてあげられないし、僕の方が全然弱いし頼りないのもわかっているんですけど、それでも僕はクロエと共に生きていきたい。僕はクロエを愛しているから」
シーンとした空気の中、みんな静かに僕の声を聞き漏らすまいと聞いているようだった。商会の人達まで僕とクロエの顔を何度も見返している。非常に恥ずかしいし、僕自身はクロエの方を見ることができない。
「クロエ殿、実は此度の調査団は、私がお主への求愛を伝えるためにリンカスターに赴いたのだ。ニーズヘッグの調査は、まぁ、何というかそのついでだったのだ。私もしっかり身辺調査をしてから動くべきであったのだろうが、まさかクロエ殿をそこまで想っている者が側にいるとは思わなんだ。私もはっきりと伝えよう。クロエよ、王都で出会ってから其方のことを一日も忘れることがないほど好きになってしまった。私と一緒になってほしい。其方を幸せにすることを心より誓おう。クロエ、其方の気持ちを教えてほしい」
クロエは少し考えるように、言葉を選びながらゆっくりと自分の気持ちを話しはじめた。
「私は、ハルトと出会ったことは運命だと思っています。ハルトと出会っていなかったら、私はこんなにも楽しい日々をきっと知らずに生きていたでしょう。朝起きることが楽しく思えることがなかったでしょう。ごはんを食べる時間を楽しみにすることを知らなかったでしょう。私はハルトが好きです。愛しています。これからもずっとハルトと共に生きていきたい。ですからラシャド王子の気持ちにお応えすることができません」
相変わらず男らしいクロエの言葉を聞きながら、振り向くとベリちゃんが僕に向かって親指をグッと立てていた。
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