第十二話 クロエ・アイギス
シャツを着てスーツを着直すとジャケットとズボンがかなり擦り切れてボロボロになっていることにショックを受けてしまったがどうしようもあるまい。信じられないけどさっきまでドラゴン相手に戦っていたのだから。
「お待たせしました。もうこちらを向いても大丈夫です」
ゆっくり仮面の女の子の方に歩きながら声を掛けると、一瞬ビクッと肩を揺らしてから振り返った。
「少し考えていたのだが、そなたはひょっとして私と同じ賢者なのではないか? 私はあのような魔法を見たことも聞いたこともない。何故に賢者殿がマウオラ大森林にいるのかはわかりかねるが、ひょっとしてその魔法で他のドラゴンも消し去っているのではないか?」
「はい、ちょっとストップ! 何言ってるのかよくわからないです。僕は賢者じゃないし、さっき使った魔法は初級魔法って言ったでしょ!」
この女の子は何を言っているのだろう。話が全くわからない。何をどう見たら僕が賢者になるのか。僕の戦いをちゃんと見ていたのだろうか。自慢じゃないが僕はまだレベル5の魔法使いだ。ジョブチェンジするにしても転職の神殿とかで「まだ早い。もっと経験を積んでから来るのだ」と神官さんに怒られてしまうだろう。
「し、しかし、そなたは深淵のドラゴンを消し去ったではないか! 私がまだ未熟者だから助けに来てくれたのではと……」
「僕がここに来たのはたまたまだよ。君とドラゴンの争う声が聞こえたからで」
「そもそも、それがおかしいのだ。深淵のドラゴンが近くにいるのを知っていて近寄る馬鹿がどこにおるというのだ」
「い、いや、ドラゴンだとわかったのは川の近くに来てからだよ。こっそり隠れて見ていたんだけど君が殺されそうになったから何とかしなきゃと思っただけで……」
「ニーズヘッグ相手に? 私が『火の賢者』と知っていてか?」
「ドラゴンとの会話で君が賢者らしいというのはわかったけど、それが何か関係あるの?」
「ふぅ、どうやらそなたはこの辺りに住む者ではないらしいな。持ち物も無く旅をしているような感じでもない。そして、そのおかしな服装に不思議な魔法を扱う……そなた、一体何者だ!」
一転して、すっげー疑われている。仮面の奥でキュピーンと目が光っているような気がする。
全部話した方がいいのか? この女の子を信頼して大丈夫なのか?
いや、この女の子は身を挺してドラゴンから僕を逃がそうとしてくれていた。まず、悪い人ではないだろう。
むしろ自己犠牲が強すぎるドM仮面賢者ともいえる。それに自ら『火の賢者』というぐらいだからこの世界でもそれなりの地位にあるのではないだろうか。
ここは深淵のドラゴンとやらを消した恩を着せて、いろいろと助けを乞う方が良策なのではないだろうか。
「えーっと、信じられないかもしれないけど僕はちょっと前に異世界から飛ばされてきたんだ。つまり、この世界の常識とか事情に疎い。元の世界に戻る方法もわからず困っていたところゴブリンに襲われて逃げたりしていたら君とドラゴンの声が聞こえたという訳なんだ」
一応、嘘はついていない。森でワイルドボア焼いてたのが僕だとバレても面倒なのでそこは隠しておこう。
あとは『冒険の書』についても話すのはやめておいた。今現在、僕の手元には『冒険の書』があって女の子の目の前でセーブをしたのだがどうやら全く見えていないようだ。何故『冒険の書』が僕以外に見えないのかはわからないけど今の時点で敢えて言う必要もないだろう。
「まぁ、そうとしか考えられないので頷く他ないのだが。その魔法は異世界の魔法ということか?」
「ちょっと待って! その反応は僕以外にも異世界からやってきた人がいるってこと?」
「私の質問にもちゃんと答えろ。んー、異世界からの旅人は多くはないが話に聞いたことはある。無論、私は初めて会うのだが」
「そ、そうなんですね。あっ、遅れましたが自分の名前はハルトと言います」
「だから! 魔法のことを聞いているだろ。ちゃんと答えろ。私は火の賢者クロエ。クロエ・アイギスだ」
「魔法って魂浄化のことだよね。こっちの世界でゴブリン倒した時のレベルアップで普通に習得したっぽい。僕がいた世界では魔法使えなかったしね」
「そ、そうなのか!? ほ、他にはどんな魔法を使えるのだ!」
「火球と毒消治癒の2つだけだよ」
「だけか?」
「だけ」
「レ、レベルは?」
「5だよ。クロエさんは?」
「レベル5で深淵のドラゴンを……。私のレベルは32だ」
「すっごー! 流石『火の賢者』様だね!」
「皮肉か。い、いやハルトは知らないのだったな。すまぬ。気にしないでくれ」
「い、いや構わないけど……。僕、何か嫌味なことを言ってしまったの?」
悲哀を感じさせる表情をしているような気がしないでもない。まぁ仮面だからわからないけど。
「賢者を知る者から言われたとしたら嫌味に聞こえるかもしれないな」
「そ、そうなのか。よかったら少し話を聞かせてくれないかな? 僕もクロエに相談したいことがある」
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