第百十七話 調査団4
その後、ケオーラ商会まで案内した僕たちはベネットにレイエノールさんを紹介すると再び別れて買物に戻ることにした。思っていた以上に干物の在庫を用意していたようでお互いに大量に購入しても問題ないぐらいの量を用意していた。
「実は、港についた調査団のみなさんの前で干物を焼いていたのですよ。ラシャド様は食通との噂もございましたので、干物のアピールになればと思っていたのですが、どうやら作戦成功のようですね」
イベントに合わせて発注数量を読むのも商会の腕の見せ所だろう。今回の場合は、イベントをケオーラ商会が自ら作り出し注文に繋げているのだから大したものだ。やるなケオーラ商会。もちろん、ベネットに干物の宅配をお願い済みである。
「なんだか、パパ元気ないの」
「そ、そんなことないよ。さあ早く残りの買い物をして夕食の準備をしようね!」
普通に考えて、賢者としてこれまで苦労してきたクロエにとって王子様との結婚というのは大逆転な展開なのかもしれない。もうニーズヘッグはいないのだし、今まで苦しんできた分、幸せになる権利があってもいいと思うんだ。
「ママはね、パパのこと好きだから大丈夫だよ」
「えっ?」
「ベリルはね、パパとママから優しい気持ちを向けられているのを体でいっぱいに感じているの。同じようにママからパパにも優しい気持ちがいーっぱい向けられてるんだよ」
初耳だ。いや、そんな気持ちが向けられているイメージが僕にはない。戦闘の時などフォローしてもらうことが多いからどちらかというと面倒見てもらっているような、些か情けない気持ちを持っていることはある。普段の生活の中でもアストラルの生活に慣れていない僕を面倒見てもらっているような……。面倒掛けてばかりじゃないか!? これでは手の掛かる弟的なポジションがいいところじゃないか。
「ベリちゃん、それってホワイトドラゴンならではの感覚なのかな?」
「うーん、わからなーい。でもね、すぐにわかると思うの。だから大丈夫だよ」
ベリちゃんの根拠のなさそうな自信に励まされながらも、戦闘以外ではもう少し僕もしっかりしなければならないかなと思わされた気がする。実際の年齢的には僕の方がかなり上なのだしね。もっと大人の余裕とかダンディーさを備えなければならない。
「ベリちゃん、僕の頼りになりそうなところって何かある?」
「パパはね、いい匂いがするの。一緒に寝てるととても安心するの!」
ボア肉的なことだろうか。食事的なニュアンスに聞こえるのが若干残念ではあるが、ベリちゃんが安心してくれるのならそれでも構わない。そういえば昔は僕のお腹が定位置だったからね。胃袋や内臓系、ハラミやモツも好物なのかもしれない。今まで内臓系は全部捨ててしまっていたけど、たまには丁寧に処理をして火をしっかり通して食べてみてもいいかもしれないね。
「ただいまー。ジュリアー、ちゃんとお利口さんに留守番してたぁ?」
家に帰ってきたのだが、まるで人の気配がない。どうやらネコのお姉さんは留守番も出来ないらしい。
「あれっ? まさか脱走か? ジュリアー、早く出てこないと夕飯抜きだよー!」
「パパぁ、どうしよう。ジュリアが家出しちゃった!」
獣人の少女とはいえ、一応は貴族家のご令嬢なので変なことはしないと思いたい。街の中ではフードが取れない限り安心だとは思うのだけど、お金を稼ぐために討伐とかに行っていると少し心配になる。
「玄関の中にはベネットが届けたと思われる干物がある。つまり、ジュリアがベネットからこの干物を受け取ったということだ」
「本当だ! 干物が1枚抜かれているの。これは間違いなく誘惑に負けたジュリアの犯行なの!」
干物に涎を垂らしているネコのお姉さんの姿が目に浮かぶ。まったく我慢できない子だ。躾が必要だな。こんなことならコソッとジュリアをパーティ登録しておけばよかったかな。マップ機能でパーティメンバーの位置は把握できるんだけど、でもいきなり『冒険の書』を説明するのもちょっと面倒なんだよね。とはいえ、ただの本好きの少年ということで通せばジュリアならバレずに済むかもしれない。意外とアホっぽいからね。次見つけたら適当なこと言って上手くパーティ登録させてしまおう。
「ベリちゃん、ジュリアが何処へ行ったかわかるかな? 干物の匂いとか追えたりしない?」
「うーん、ちょっと難しいの」
流石に無理があったようだ。警察犬みたいなお願いをしてしまって申し訳ない。まったくネコのお姉さんのせいでベリちゃんに変なことを言ってしまったじゃないか。
「ちょっと心配だからギルドに行ってみようか。何か痕跡があればいいんだけどね」
「うん。ちょっと心配なの」
それにしても、干物を受け取ってからわざわざ外出するだろうか。討伐のクエストをするのなら僕とベリちゃんが出かけてすぐに行動するはずだ。そもそもネコのお姉さんはお金を払う素振りすらみせていなかったので今さら宿代を払おうなんて気持ちもなかったはずだ。そう考えると事件性もありえるのかもしれない。ネコのお姉さん、逃げ足は速いけど頭の弱いところがあるからすぐ捕まりそうだしね。
消えたネコのお姉さん、一枚だけ抜かれた干物。いなくなったのはこの10分以内といったところか。面倒だがベリちゃんが責任を感じてしまうかもしれないから早急に捕獲して内容によっては首輪とリードを付けて強制ハウスの刑に処そう。
続きが気になった方は、ブクマやポイント評価を頂けると作者のモチベーションアップに繋がります。