第百十四話 調査団1
調査団ご一行が馬車に揺られながらリンカスターに到着したのは予定より少し早い二日前のことだった。
「とりあえず、私は領主様の館へ行ってくる。ハルトはリンカスタービール樽の搬入を手配頼む」
「うん、タルコットさんにも話をしておくよ」
「ありがとう、では行ってくる」
クロエは出掛けにベリちゃんをギュッと抱き締めると足早に出ていった。
「王子、早く帰らないかなぁー。ベリルはジュリアとお留守番になるんだよね?」
やはりお留守番というのは寂しいのだろう。
「夕食後にはクロエも帰ってくるよ。マウオラ大森林への調査に同行する時は僕も一緒に行くことになるからお留守番になっちゃうけど……。さみしかったらその間は孤児院へ遊びに行く?」
「ううん。そうしたらジュリアが一人になっちゃうから可哀想でしょ。だからジュリアの面倒を見てあげるの。今日はねパパと一緒にご飯作る! ジュリアは何が食べたい?」
「ベリルちゃんはいい子ね。でもね、私は別に面倒を見てくれなくても大丈夫な年齢なの。でもそうね、ネコのお姉さんは干物の焼魚が大好物なんだけど、今日はベリルちゃんの大好きなボア肉串とハーフ&ハーフでどうかな?」
ネコのお姉さん、幼女に気を使わせておきながら焼魚をちゃっかり確保しようとしているところに遠慮がない。なんだハーフ&ハーフって! ピザかよ。
「ベリちゃん、干物の塩分はネコのお姉さんには毒でもあるんだ。カイラルでもロカ達が食べさせてもらえなかったでしょ。獣人とはいえ、何度も続けて食べるのは体によくないかもしれない」
「そ、そうなの? 大変! ジュリアは焼魚抜きなの!」
「ノー!! な、なんですって! あんな美味しいものが毒な訳ないわ! 再検査を要求する!」
別に検査とかしてないんだけどね。獣人の内臓ってどっちがベースになってるのかな。見たら感じ、骨格とかで判断すると人間よりなのかなーとは思っているんだけどね。
「検査をするためにはジュリアの体を先に調べた方がいいかもしれないね。ベリちゃん、ちょっと開腹してみようか」
「お腹開いちゃったらネコのお姉さん死なない?」
「すぐに回復魔法を使えば大丈夫じゃないかな?」
「ちょ、ちょ、頭おかしいぞ。なんで検査するのに腹を割く必要があるっ!」
「内臓が人間寄りだったら適度な塩分摂取は必要なんだけど。ジュリアがネコ寄りの内臓だったら干物は食べない方がいいんだ」
「そ、そうだったのか!? わ、わかった。す、すぐに調べてくれ。背に腹は代えられない」
いや、腹割いたらダメでしょ。そもそも内臓を見ても僕よくわからないよ。他の獣人はあの熊さん達しか見ていないのでわからないけど、人をすぐ信用するのは如何なものだろうか。農産物で商いをしている国なのだから、きっとジュリアだけが特殊なのだと思いたいところだけど。
どちらにしろこの世界には魔法という大変便利なものが存在するので生活習慣病の類いはアストラルで聞いたことがない。回復魔法を掛けられないほど貧しい暮らしをしている場合は別で、病で亡くなっている人もいるかもしれないけど。死因の殆どが魔物や盗賊などによる襲撃が多いのは確かだ。
「ど、どうした。か、覚悟は出来ている。一思いにやってくれ!」
「いや、まぁ、冗談だよジュリア。それとも過去に塩分の取りすぎで亡くなったネコの獣人さんとかいた?」
覚悟を決めたと言いながら涙目になっていたジュリアは心底ホッとしたように嬉しそうな表情になっていた。
「そういえば聞いたことがないな。じょ、冗談だったのか……」
「体のことを考えたら食事はバランスが大事だよ。食材の買い出しに行くけどジュリアも来る?」
「うーん、私は掃除の途中だったからな、引き続きそれを行おうと思う。いいか、干物を必ず買ってきてよね。お願いします」
強めの口調の割りにビシッと頭を下げてお願いしているあたり、かなり情緒不安定なネコだな。調査の日程がスケジュール通りだとすると二日後からの出発になるはずだ。あまりジュリアに外出させるわけにもいかないから少し多めに日持ちするものを買っておこうか。
「じゃあ、ベリちゃん一緒に行こうか」
「うん!」
「ひ、干物だぞ! 忘れるなよ」
干物も日持ちする食品だけに多めに買っておこうとは思うけど、ネコのお姉さんに一気に食べられないように保管場所を考えておく必要があるかもしれない。まったく手の掛かるペットだ。
「パパぁ、早く!」
手を引っ張られるようにして、屋台の並ぶ広場の方へと連れていかれるようだ。完全にボア肉串を狙っての行動だろう。ベリちゃんだって食欲には忠実なのだ。ボア肉串は最後に買った方が温めなおさなくていいのだけどね。
「おじちゃん、ボア肉串二本食べ歩き用で! あとね、あとで取りに来るから百本焼いといてもらいたいの」
どうやら、クロエと買物する時の定番ルートのようで、食べ歩き用を頼みつつ後で取りに来るスタイルがいつの間に確立されているようだ。
「おっ、今日はパパと一緒なのか。はい、三本な。一本はおまけだ」
「わぁー、おじちゃんありがとう!」
「残りは二時間後には出来上がってるよ!」
「いつも美味しい串肉をありがとうございます」
「こちらこそ、いつも大量注文ありがとよ! また孤児院へ持って行くのかい?」
「そ、そうですね。子供はいっぱい食べますからね」
店主のおじちゃんからしたらベリちゃんが八割方食しているイメージは到底出来ないだろう。見た目幼女だからね。こういう時、孤児院と繋がりがあってよかったと思う、いや本当に。
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