第百十一話 身隠しの粉
「では、豊穣祭の成功に乾杯!」
ヴィーヴルの掛け声と共に神殿の中に用意された部屋で慰労兼、反省会が始まった。護符の売れ行きが過去最高を記録し、主だった事故や犯罪もなかったとのこと。アリエスの舞いも評判が良いようで、今回から始めた大地の恵みがその印象をさらに良くした可能性もありそうだ。
「やっと解放されたっていうのに、反省会ってネーミングにセンスの欠片も感じられないわよね」
舞台メイクを落としたアリエスが緊張から解き放たれたかのように羽を伸ばしている。骨付きボア肉を片手に冷えたリンカスタービールをぐびぐびっと飲み干す姿はとても街の人達には見せられない。
「あんな真面目なアリエスを見たのは初めてだったから驚いたよ。ちゃんと巫女っぽいこともしてるんだね」
「普段の私がダメみたいに聞こえるのは気のせいかしら」
「ハルト、アリエスもやるときはやるのだ。今回の豊穣祭でハープナでのアリエス人気がとても高いというのがわかった。普段のアリエスも魅力的ではあるが、宝石の巫女としてのアリエスも素晴らしかったぞ」
「クロエに言われると棘を感じないわね。ハルトももっと言葉を選んだ方が人生得することもあるはずよ」
「私はアリエスの魅力を十分に理解しているからな」
「クロエ好きっ!」
そういってビールとボア肉を持ったまま抱き着くアリエスは早くも酔っぱらっているのかもしれない。どうやら反省会をする気がゼロのようだ。それを見てヴィーヴルも諦めたようでグラスを用意して自分も飲み始めることにしたようだ。
「ハルト、獣人の少女の件なのですが、バレないような服装を用意することは可能です。しかし、それ以外はこれといっていい策がありません。いずれバレてしまうこともあるかもしれませんので彼女にもよくいい聞かせてくださいね」
「うん、まぁ、バレて熊さん達が来たのなら、そのまま連れ帰ってもらうからいいよ」
「あら、身内以外には厳しいのですね。同じドラゴン同士であれば『身隠しの粉』といって匂いを消すことが出来るアイテムがあるのですけど、匂いだけ消してもしょうがないですからね」
「ちょっと待って! ドラゴン同士なら匂いを消せる!? いや、何それ! そっちの方が気になるよ」
「『身隠しの粉』とは私の身体から採取されるもので、別種の匂いを付けることでドラゴン特有の匂いを中和させることが出来るのです。ドラゴンにしか影響がないのであまり意味はないのですけどね」
「た、例えばだけど、その粉をベリちゃんが使ったら他の地域にいるドラゴンからベリちゃんがバレない?」
「えぇ、そうですね。わからないと思います。ハルトはベリルと旅をするつもりですか?」
「今はまだ何も考えていないけど……そうだね、旅には出たいと思っている」
何だかんだアストラルに来てから、最初は元の世界にもどれないだろうかとか考えていたけど、今はそこまで強く帰りたいとは思わなくなってきている。多少不便を感じることもあるけれど、それを補うぐらいにこの世界にも魅力を感じ始めている。魔法や冒険の書、仲間や守りたいと思う場所、人が増えたのもその理由の一つだろう。
「ドラゴンと一緒に旅に出るなんて、バレてしまったら多くの人を敵に回しそうな案件ですね」
「うん、そう思う。ヴィーヴルに聞きたいんだけどドラコンの縄張り意識ってそんなに激しいものなの?」
「そうですね。少なくともニーズヘッグが森を出て少しでもハープナに向かって来ようものなら、どちらかが死ぬまでの激しい戦いになっていたでしょうね。種族にもよるとは思いますが、大抵の場合は相容れないものですよ」
「人と共生しているドラゴン同士でも? ベリちゃんとはとても仲良くしているじゃない」
「ベリルとは幼生体の頃からの付き合いですから別物ですよ。親交のあるドラゴンもいないことはありませんが少ないですね。そもそも人と交流しようなどと考えるドラゴンの方が少数派なのですよ。共生しているドラゴンは大抵の場合変わり者だったり、ちょっと癖の強いタイプが多いかもしれません。どちらにしろ面倒くさいと思いますよ」
「それでもさ、この世界のことをもっと知りたいと思うんだ。たとえ今は難しくても、いつかはクロエやベリちゃんとこの世界を見て回りたいなって思っているんだ。ヴイーヴル、その時はその『身隠しの粉』をもらえないかな」
「はい、わかりました。そんなに多くとれるものではないので少しずつ貯めておきましょう」
他のドラゴンと対峙するのとかは嫌だけど、話を聞く限りでは王都や獣人の国にだって行ってみたい。他にも異種族の国とかあったりするのだろうか。ドラゴンや魔物がいる世界だ。せっかくこの世界で生きているのならもっといろいろなことを経験してみたい。もちろん、安全にね。その為にも、マウオラ大森林でしっかりレベルアップをしておこう。まだまだ先が見えないけど僕だっていつかローランドさんみたいな上級職を目指したいん気持ちがあったりするんだからね!
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