第百十話 豊穣祭8
いろいろあったもののあっという間に豊穣祭も最終日を迎え、今日はアリエスの祈りの舞いが捧げられる日だ。僕達は舞台近くに席を用意していただき彼女の出番を待っている。
「ヴィーさんはいつもここから見てるの?」
僕達の横にはベリちゃんを膝の上に乗せているヴィーヴルがいる。この席は周りを布で囲っている為、周りからは誰が座っているのか見えないようになっているのだが、一応誰に聞かれてもいいようにヴィーさん呼びをしている。
「そうですね、この後の反省会でしっかり注意しなければなりませんし、来年に向けて更に舞いをバージョンアップさせなければなりません。あとはそうですね、私達が目の前にいることでアリエスのやる気も上がることでしょう」
ここしばらく街を見学させてもらったけど、かなり多くの人がハープナを訪れている。今年は特に隣街の厄災であるニーズヘッグという危険が無くなったことも要因の一つだろうとのこと。この機会にと豊穣祭、宝石の巫女の舞いを楽しみに多くの人が集まったのだろう。ニーズヘッグ討伐の経済効果がこんなところにも表れている。
「アリエスの舞いは、噂でしか聞いたことがなかったからな。伝統的な舞いのなかに新しさを取り入れているとか街で噂話を耳にしたぞ。ハープナの人達も1年ぶりにアリエスの姿を見るのだ。楽しみにしているのだろうな」
そろそろ始まるのを知っているのか、辺りはシーンと静まりかえっている。みんな息をのむようにしてアリエス出番を待ち構えている。
この一週間は舞い覚えるのにかなり追い込みをかけていたようで、神殿の中でも食事の時にたまに顔を合わせる程度だった。例年に比べて人が多いのもそれなりにプレッシャーになっていたのかもしれない。
「舞いの途中で転んだりしないよね?」
「なんだかんだ本番に強いタイプですから大丈夫でしょう。護符の売れ行きもかなり良いので、来年の舞台はもっと予算を費やして豪華にしてもいいかもしれませんねー」
うん、ヴィーヴルの頭のなかは違うことを考えているっぽいから、出るなら今のうちだと思うよアリエス。
そんなことを思っていると、大きな歓声が上がった。
「ねぇ、あれ、アリエスなのぉ?」
「おっ、出てきたね。アリエス……だね」
大きな歓声は舞台の上に巫女の衣装を纏ったアリエスが現れたことで巻き起こった。濃く荒々しい化粧を施しており、普段の調子いいアリエスの姿からは想像も出来ない姿をしている。伝統的というかケバケバしい化粧姿というか、まぁそういうものなのだろう。おそらく遠くから見ても、映えるようにしているのかもしれない。
アリエスは一瞬だけこちらを見てニヤリと微笑むと一転して真剣な表情に戻り、また神秘的な姿をした宝石の巫女になる。手には鈴のような物を持ちシャンシャンと音を鳴らしていた。
後ろから続くようにして巫女の衣装の神官さん達が太鼓や横笛を持ちながら登場し、アリエスの後ろに控えるとどうやら準備は整ったようだ。
太鼓のリズムに合わせてアリエスが鈴を鳴らしながら舞い始めると笛の音が追いかけてるように続いていく。華麗な舞いを披露してみせたアリエスは、一呼吸おいてからその場で優雅に回転を始めると舞いながら袖から護符を取り出し、そのまま観客のいる四方へと投げつける。どうやらアトラクション的なものらしい。最初の一枚はクロエのもとへ届けられた。
「ハルト、護符がもらえたぞ! これでリンカスタービールは安泰に違いない! 工場に飾らなければならないな」
「アリエスが直接渡す護符は祝福がより多く込められているということにしています。護符の色が薄紅色をしているでしょう。これは特殊なものなので非売品なのです。この護符が届けられると来年度の運気が良いという噂もこっそり流しているのです」
優雅に舞いながら護符を次々に届けていくアリエス。おそらく数百枚は投げ続けているかもしれないが、全体からするととてもプレミアムな護符に間違いなさそうだ。
「みんな護符を求めて集まっていたんだね」
「元々は祈りを捧げる宝石の巫女の舞いを鑑賞するというのがメインであったのだが、年々来てくれる人々にも何かお渡しできるものがあればなと思ってな。ハルトは何かもっと盛り上げるような妙案は思いつかないか?」
「そうですね。これだけ多くの人が見に来ているとなるとやっぱり遠くの人はあまり楽しめてないよね。音も聞こえづらいと思うし、せっかくアリエスを見に来ているのにこれではちょっと残念だと思うんです。大きな画面で音と一緒に舞台を映像で見せるような装置があったら多くの人が楽しめると思うんですけど……それはさすがに無理ですよね」
「ほう、やはり面白いことを言うのう。遠くから見ている人も楽しめるようにする……か。何かできることもあるかもしれませんね。来年に向けて良い課題がみつかりました。ありがとうハルト」
「いえいえ。それよりもそろそろ終盤に差し掛かっているのかな?」
「はい、宝石の巫女の大地の恵みで会場全体を包み込むのです。私の魔力も注ぎ込んだ水晶を媒介に使って発動させるので、この魔法に限っては遠くで見ている人にも届くはずですよ」
アリエスが祈りを捧げるように空を見上げて両手に組んだ手を握りしめながら魔法を発動させる。どうやら複数の水晶が光のように反射しながら魔力を増幅させているらしいのだが、七色に輝く魔力の塊が一つのエンターテインメントのように見えなくもない。
「ハルト、あたたかいな」
土属性の全体回復魔法が増幅されて街全体に届くかのように七色の輝きが包み込んでいた。
「そうだね、宝石の巫女からの心温まるプレゼントだね」
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