第百七話 豊穣祭5
「い、今なんと言ったの!? 『火の賢者』ですって? なんでハープナに『火の賢者』様が……」
ちょうど扉が開くと、あの時の親子が幼女を真ん中にして手を繋ぎながら部屋に入ってきた。
「さっきぶりですね。『火の賢者』のクロエです」
「ただのハルトです」
「ただのベリルだよっ」
ちょっと冗談を言う感じで自己紹介をしたのにその少女は僕の方を一切見ずにしばらくクロエを見つめるとベッドから出て床に頭をつけながら土下座をしてみせた。
「クロエ、何かしたの?」
「な、何もしてない! 初めて会ったといっただろう」
「あ、あの、本当に『火の賢者』様なのですか?」
「そうだけど、このままだと話しづらいから椅子に座ってもらえないだろうか。それとお名前を聞いてもいい?」
「は、はい。かしこまりました。私の名前はジュリア。サフィーニア家第一王女に仕える侍従です」
「サフィーニア家ということは獣人族の王族に仕える方ですか。つまりはあなたも貴族ということでしょうか」
ようやく落ち着きを取り戻したジュリアさんがゆっくりと何故クロエに会いに来たのかを話し始めた。
「は、はい。貴族といっても私は男爵家の娘でございます」
アストラルには人が暮らす場所と隣接するように獣人が暮らす公国があり、相互に交流を持って行き来も許されている。しかしながら、獣人の多くは自らの国を出ることはほとんどなく、どちらかというと商会同士の交流が多いと聞く。鼻の利く獣人達による採取品や農作物は品質も良く高単価での取引がされている。特にスパイス関係の輸出が半分以上を占めており、その製造方法や栽培方法は秘匿とされているとのことだ。
「私に会いに来たということだが、わざわざこんな辺境まで獣人の方が来るというのは余程のことかと思う。私に出来ることならば協力させていただきたいと思っている。もちろん、出来ることと出来ないことはあると思うが話してみてくれ」
「お言葉ありがとうございます。じ、実は、我が公国の双頭のドラゴン、アンフィスバエナの動きを抑えるために生贄を捧げなければならないのです。そして今回の生贄に私が仕える第一王女様であられるアリーヤ様が候補にされたのです」
「生贄だとっ! サフィーニア公国ではそんなことをしているのか! 賢者は……サフィーニア公国の賢者は何をしているのだ」
「賢者様はアンフィスバエナを抑えるために魔法陣を張ることしかできません。アンフィスバエナの動きを抑えるために供物や生贄を捧げることで魔法陣を強化し、公国に被害が出ないようにしてきました」
「つまり、サフィーニア公国では今まで何人もの生贄が捧げられてきたいうのだな……」
「『火の賢者』様は凶暴なニーズヘッグを討伐された英雄と伺いました。その名声はサフィーニア公国にも届いております。どうかアリーヤ様を助けてください。何卒、アンフィスバエナの討伐をご検討いただけませんでしょうか」
かなりの厄介ごとのようだ。まさかのドラゴンの討伐依頼とは……。
話を聞いていたローランドさんが眉間にしわを寄せるようにしながらジュリアさんに質問をした。
「ジュリア殿、それはサフィーニア公国としての言葉ですか? それとも貴方個人のお願いでしょうか?」
「わ、私、個人のお願いでございます」
「あの、三人の獣人兵は貴方を止めようとしておりましたが、その理由をお聞きしたいのですが?」
「そ、そうですね。そのことからお話しましょう」
どうやらサフィーニア公国では魔法陣を継続するために生贄を捧げてきたことを隠し続けてきたそうだ。家族愛の強い獣人族にとって対外的に定期的に生贄を捧げ続けている状況というのは屈辱以外の何物でもないとのこと。獣人族としては今まで隠してきたことを公開され、さらに隣国に助けを求めることは恥であるという考えが強い。それであれば、今まで通り生贄による魔法陣強化を行いながら他の策を考えるというのが回答だそうだ。
ジュリアさんが助けを求めるために国を出て行動するということは獣人達にとっては大きな恥を晒すことであり、公国としても決して許すことが出来ない。ジュリアさんは旅行に出掛ける振りをして豊穣祭の行われるハープナまではなんとか辿り着いたのだが、そこで三人組に後をつけられていることに気づいた。というのがあの場面だとのこと。
歴代の賢者も力でドラゴンを抑えることはできず、魔法陣によってその動きを抑えてきた。今回、第一王女が生贄として選ばれた理由の一つに王女の魔力量がかなり高く優秀であるからだという。魔法陣の継続期間が少しでも長く稼げるのではとの賢者様の意見からだという。
「アンフィスバエナは大古の洞窟から動けないように魔法陣によってその動きを制限されています。今の魔法陣の効果が切れる前に『火の賢者様』に何とか討伐していただけないかと。どうか、どうかアーリヤ様をお救いください」
重い。重すぎる……。そもそも、クロエには移動制限があるからな……。気軽に旅行に出るとか難しいんだよ。
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