第百四話 豊穣祭2
ハープナの街を歩いていてもクロエとリンカスタービールの話題はよく聞こえてきた。さすがに、今まで仮面で隠していたクロエの顔を知る人はおらず騒ぎになるようなことはなかったけど、今後は別の意味で外を歩くのも大変になっていくのかもしれないね。ただ、悪い意味の話題ではないのでクロエも恥ずかしそうにしながらも聞き耳を立てていた。
「ハルト商会長、リンカスタービールの売れ行きは好調なようですね。冷えたエールビールがこんなに美味しいとは思いませんでした。あと、スッキリととした味わいがあとを引きますね。今日のように天気の良い暑い日には相当売れるでしょうね」
何故か、ビールの話をする時にはみんなは僕を会長として呼ぶ。ローランドさんもからかうようになのか、それとも本当にすごいと思っているのかしらないが商会長と呼んでくる。
「豊穣祭は各地から人が集まってくるので宣伝としてはバッチリですね。賞味期限テストも問題なさそうなので、工場の出荷体制が整えばいつでもゴーが出せそうです」
「ハルト、あそこのエールビールの屋台は何か揉めているようだが……」
どうやら普通のエールビールを冷やして販売している屋台のようだが、残念ながら臭みが強調されて大失敗をしているようだった。冷やせばいいということでもないのだ。
「何事もチャレンジは大事だとは思うけど、せめて味見はちゃんとしてほしかったかな。形だけ真似てもしょうがないよね、一番大事なのは味なんだから」
「それもそうだな。逆にリンカスタービールが際立つことになりそうだから名誉顧問としても嬉しく思うぞ」
「さすが名誉顧問。火の賢者クロエの人気とともにリンカスタービールにも火がつきそうだよ」
「は、恥ずかしいからあまり私の名前を出さないでくれ」
「ママぁー、ベリルあのお菓子食べてみたいの」
ボア肉をたっぷり召し上がって満足気だったベリちゃんが新たな標的を発見したようだ。手を引っ張るようにベリちゃんが一つの屋台へと連れていくと、そこには小麦粉で作られた焼き菓子が販売されていた。ベリちゃんが鼻をスンスンさせているのだが、なるほど、焼き立ての甘い香りが漂っている。
「なんかとても甘い香りがするの」
「すみません、このお菓子は何ですか?」
「あらっ、アムリア焼きははじめてかい? これは小麦粉にアムリアの木の蜜を練り込んで焼き上げたおやつよ」
アストラルで砂糖らしきものをまだ見ていない。ハチミツや木の蜜がそれに代わるもののようだが、木の蜜は僕もまだ食べたことがないので興味がある。
「木の蜜ですか。一袋いただけますか」
「お買い上げありがとうございます。はい、お嬢ちゃん。落とさないように気をつけるんだよ」
「うん! ありがとう!」
「あっ、すみません、このアムリアの木の蜜だけを買うことは出来ますか?」
「ああ、大丈夫だよ。まだ開封していない瓶があるからそれをあげるよ」
「ハルト、木の蜜なんかどうするのだ?」
「孤児院の子供達に同じようなお菓子を作ってあげようかと思ってね」
「おー、ハルトはお菓子も作れるのか!」
「ちゃんと作れるかはわからないけど、甘いお菓子は子供たちが好きそうだからね。ベリちゃんの面倒も見てくれているドニー達のためにも頑張って美味しく作ってみせるよ」
ベリちゃんから少しアムリア焼きをいただいたが、ほのかに甘みが口の中に広がる素朴な味だ。ベリちゃんは満足そうに食後の甘味を楽しんでいる。この世界の人が地球のチョコレートやクッキーを知ったら驚くだろうな。それだけふんだんに砂糖が使われているということなのだろうけど、甘味というのも人気になる商品になるんだろうね。リンカスターに戻ったらいろいろ試してみようかな。
「パパぁー、あれは何? なんか楽しそー」
「あれは、子供向けの魔法マト当てゲームですね。真ん中に当てられたら景品がもらえるのですよ」
小さな子供達が5メートルぐらい離れた場所からマトを目掛けて覚えたての魔法を飛ばしてチャレンジしている。成功するとお菓子の詰め合わせと子供用のローブと杖のセットがもらえるらしい。
「ベリルもやるぅー」
どうやら、ローブと杖のセットに興味があるようだ。目がキラキラしちゃっている。ちょっと待て、ベリちゃんがやってしまっては大事にならないだろうか。そもそも、間違いなくマトに当たってしまうし、屋台の人にも何か申し訳ない。
「ベリちゃん、あれはほんの少しコツンと当てるぐらいでいいのだぞ。思い切りやったら逆に怒られて景品がもらえなくなってしまうのだ」
どうやら、クロエは我が子の願いを叶える為に作戦を伝えているようだ。目が語っている、バレなきゃいいのだと。
「わ、わかった。そっとやればいいのね。ベリル頑張ってみる!」
いや、頑張らなくていいんだよ。ソッとでいいんだよ。
「頼もう! 子供一枚もらえるだろうかっ!」
「おっ、威勢のいいお母さんだねぇ! ちょっとその子の年齢では魔法が撃ててもマトまで届かなそうだな。しょうがない、一歩前に出てやってみるかい?」
「そうだな、ベリちゃんは魔法が苦手(弱く撃つのが)だからお言葉に甘えさせて頂こうか。もちろん、当たれば景品はもらえるのだよな?」
「おうよ! 疲れるまで何回でもチャレンジして構わないぜ」
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