第百三話 豊穣祭1
「まったく、この時期は本当に人も馬車も多いわね。ハルト商会長に神殿専用の裏ルートでも造ってもらいたいわ」
豊穣祭が近づいて練習不足からピリピリ感を隠さないアリエスが先を急がせようとするが、一大イベント豊穣祭の真っ只中であるので神殿印の馬車であってもそれなりに渋滞に巻き込まれてしまう。道幅は限られているのだからこればかりはどうしようもない。
「僕たちのことは気にしないでヴイーヴルと一緒に先にハープナに飛んでいけばよかったのに」
「ハルトは馬鹿なのかしら。豊穣祭の前に怪我したら誰が代わりに舞いを踊るのよっ!」
この世界には治癒魔法という、ある程度の怪我ならば完治してしまう大変便利なものがあるにも関わらず、やはりヴイーヴルの飛行は嫌なようだ。まぁ気持ちはよくわかる。治癒魔法で治したとしても気分はだだ下がりであろう。そんな会話をしながら、ようやく僕たちは豊穣祭の行われるハープナに間もなく到着した。
この豊穣祭は、一年に一度の大イベントなので、近隣からも多くの人が観光に訪れる。カイラルからも多くの定期便が組まれており王都からも多くの人が訪れるのだが、これが大渋滞の要因ともなっている。
祭りの期間としては前後半に分かれており、前半は、昨年度の収穫の感謝を神様にお伝えするお祈り。年に一度だけ解放される神殿の一部分に設けられた祭壇にて多くの方が参拝をするとのこと。
アリエスの出番は後半の10日間の最終日となる。後半は来年度の収穫のお祈りを伝えるもので、神殿ではありがたい護符が配られる。この護符は自然災害や豊作を祈願しているもので農家の方々はもちろんのこと商会の方々にも商売繁盛の護符として人気が高い。護符自体にはヴイーヴルの祈りが捧げられているので効果の信ぴょう性としては一番は頷けるものがあり、人気が高いのも納得だ。ちなみにこの護符の売上が神殿の収入の30パーセントを占めているというからなんだかすごい。
豊穣祭の期間は街の雰囲気も様変わりし、神殿へと続く参道の両脇には多くの出店が立ち並ぶ。こうも美味しい匂いがあちこちからしては堪らないし、ベリちゃんの涎も止まらない。
「ボア肉! ボア肉! ボア肉ぅ!」
「もうちょっとで神殿に到着するからちょっとだけ待とうねベリちゃん」
馬車からは参道で販売しているドラゴンとクロエのロゴマークが入ったリンカスタービールを買う行列も見えていた。かなり人気なようで商会長としても嬉しい限りだ。隣で販売している小さいドラゴンと幼女クロエ印の賢茶も子供達から人気のようだ。クロエ人気が上昇気流を描いている。
「お、おいっ、ハルトっ! あ、あの、賢茶のロゴマークは何なのだ!」
「あれっ、言ってなかったっけ? あれは、幼女クロエがベリちゃんを抱っこしているのをイメージして作られたロゴマークだよ。リンカスタービールの子供バージョン的な意味合いがあるんだ」
「き、聞いてない! 聞いてないぞっ! そもそも、なんで私の幼少期の姿がわかるのだ!」
「いや、そこはマリエールさんとベネットがとても協力的でね」
「あ、あやつらめ……」
ロゴマークの出来栄えがなかなか秀逸なので、今度ロゴマークを使ったビジネス展開も領主様に提案してみよう。賢者シリーズの商品がリンカスターでは溢れているので、ロゴマークビジネスで差別化をしてもいいかもしれない。良質な製品にはロゴマーク認定してあげて売り上げの数パーセントを上がりとして頂こうではないか。
「ハルトがまたよからぬことを妄想しているわね。この顔の時はお金が絡んでいるわ。ローランド、後で詳しく相談に乗ってあげなさい」
「はっ、かしこまりました」
「じゃあ申し訳ないけど、私はしばらく忘れていた舞いの猛練習に入るからみんなは適当に祭りを楽しんでちょうだい。最終日は特等席を準備しておくからしっかり目に焼き付けるといいわ」
相変わらずな自信満々な台詞とともに立ち去っていくアリエスだが、そう言葉を発することで自らを追い込んでいるのだろう。クロエと顔を見合わせては、つい苦笑いをしてしまう。それなりに付き合いを重ねていくとわかってくることもある。
「ハルト君、クロエさん、私は街を案内するように言われておりますが、いかがなさいますか?」
「じゃあ早速だけどベリちゃんがそろそろ限界を迎えそうだから、ここから一番近い美味しい串焼きの屋台まで案内をお願いできますか?」
「はい、かしこまりました。ここから一番近くて人気があるのは猪石亭の甘ボア肉串が屋台を出しておりますね。ハチミツを塗り込みながら焼き上げたボア肉の旨味を閉じ込めた逸品です」
「食べりゅー! それ食べりゅ!」
「ローランドさん、そこの屋台から案内お願いいたします」
ハチミツとボア肉の組み合わせなんて何だかとても美味しそうだ。ローランドさんが目配せをするとすぐに神官さんが走っていった。
屋台に到着して気づいたのだが、先回りして行列に並んで購入してくれていたようだ。なんだか申し訳ないようなありがたいような。こういうVIP待遇には慣れていないのでこそばゆい。
さすがはローランドさんと思ったものだが、屋台へ早く行きたいベリちゃんを先導するように手を繋ぎながら歩いていたローランドさんの笑顔が若干変態気味に見えたので、クロエと顔を見合わせた上でベリちゃんから少し距離をとらせてもらうことにした。台無しだよっローランドさん!
その距離感にローランドさんが絶望的な表情を浮かべていたことは言うまでもない。
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