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改史 大戦  作者: BT/H
61/83

第5章 第1次世界戦争編 E-0012 大嵐と陥落

 PCが不調でした。 

 12月に破損、

 代替えPC初期不良→修理→修理不良(初期不良と違うところが壊れて戻ってくる)→修理中

 修理やの腕悪すぎ返品したいけ不可。ごろ寝用に購入した中華製PCで執筆中。

 ふざけんなフ〇ン〇ィア


青島守備隊現地時間1914年8月7日AM05:00

「龍口の襲撃隊後退。」

「労山湾へ日本軍の第2陣上陸を確認。第1陣のおよそ倍。」

「各砲台被害状況確認。海側にある砲台は軒並み破壊されています。」

「龍口部隊の収容を急げ。医療班まだ戦場ではない。重傷者から処置。」

 戦場では往々にして軽傷者から処置をする。軽傷者ならば処置をすれば戦線復帰が可能。

「労山湾は」

「射程外だ。砲撃用意をして準備。それよりも砲台の応急処置を急げ。」

 

 旅順軍港

 日本艦隊は砲弾の補給と整備のために旅順港に帰還した。主砲弾をほとんど打ち尽くしたことで砲身が寿命を迎えてしまったのだ。

「時間がかかる。砲身ごと交換してくれ。内筒は後で頼む。予備砲身は持ってきているのだろ」

 主砲は発射のたびに砲身の内側が削れて行く。そして命中精度が落ちてゆく。これは砲が大きいほど影響が大きい。そのために砲弾を1発発射するごとに砲暦簿という記録を残した。そして命中精度がある程度悪くなったら砲身の内側内筒だけを交換する。搭載砲弾の数はこの命中精度の低下が許容範囲内で収まる弾数の1.1倍程度。余分な分は基本的に撃たず、追撃などを受けた際に使用する。

 しかし、今回のような対地砲撃に際しては装薬を半減することでこれを抑えることができる。この場合、1発放っても0.5発と換算し、砲暦簿に記述する。

 今回、第1回全力砲撃ののち砲弾を補給。第2回目の全力砲撃を実施。これで砲身は内筒交換が必要になるほど摩耗した。

「工作艦横付け。砲身交換開始します。」

「港湾クレーンも全力使用。戦線復帰を急げ」

 だがその程度のことは分かっている、軍も日露戦争後、設立された旅順海軍工廠にて砲身ごと交換する。内筒は工廠内で交換すればいい。その場合の方が速い場合もある。これは基本整備設備のある母港で行われる。整備設備がない場合、工作艦を使用する。

「砲弾の積み込みも急げ。いつ砲撃要請があるかわからんのだ。いつでも砲撃支援ができるようにしろ」

「了解。」


 労山湾 第2陣上陸部隊主力 第23旅団 第46歩兵連隊及び第55歩兵連隊

「敵要塞砲の射程外に布陣しろ。重砲の進出に注意しろ。」

「龍口湾の第48連隊。即墨に向けて前進を開始との連絡が入りました。」

「予定通りだ。第46連隊は野戦軽便鉄道を敷設しながら前進。即墨にて合流。第3陣の第55連隊と第29旅団(史実第15師団所属改史では再編成が遅れている。同師団所属部隊のうち編成が完了している第34・67歩兵連隊を動員)の上陸空間を確保する。」


 1914年8月22日 即墨 第18師団司令部

 史実よりも早いペースでの進軍に成功した第18師団所属の第56連隊と先遣隊の常備第4師団所属の第4・第10常備歩兵連隊はすでに即墨への展開に成功している。ただし、野戦軽便鉄道の敷設よりも早いペースの進軍であるがために補給限界に達しつつある。

「常備第4師団所属の常備歩兵連隊を至急返せですと!!まだ第18師団は半数しか上陸が完了していない。この時点で2個連隊も抜けられたら正面戦力と補給線を維持できません。」

 本国からの電報に接し、参謀の一人が叫んでいる。

「それに第18師団のほとんどは招集兵と兵役期間中の兵士。経験不足だ。この動員に合わせて外地兵役未経験兵も教育機関完了兵繰り上げ動員しているのだぞ!!」

 改史ではこの時代、予算削減のために兵役期間の削減と方法の変更が行われた。

 兵士となる若者の招集は半年に1回。夏、冬、秋もしくは春すべてを経験させるために招集は1月、および7月に行われる。

 朝鮮半島(南部) を含む10か所の兵士育成拠点及び師団(別名内地師団) 東京(第1師団)・仙台(第2師団)・名古屋(第3師団)・大阪(第4師団)・広島(第5師団)・熊本(第6師団)・札幌及び旭川(第7師団)・金沢(第9師団)・善通寺(第11師団)・朝鮮南部(第19師団)

 ここで1年間の兵役教育を受ける。そして兵士育成拠点と対になっている師団での半年間の実務兵士経験を積む。

これを前期実務期間と呼称する。

 さらに外地にある5つの常備師団(別名外地師団) での兵役を行う。これを後期実務期間と呼称し、外地及び内地への輸送は海軍もしくは海軍から移管された旧式艦改造輸送艦を動員する。

 合計2年の兵役。史実ではこの時期3年間の兵役を行い、第1次世界大戦後に兵役期間を縮小して2年にされたことを考慮に入れればできないことではないだろう。

 近衛師団3個師団所属兵は1年間の教育機関とその後の半年の実務で優秀なものを引き抜いて任じた。

 近年は兵数の不足を鑑み常備師団(朝鮮南部 第6常備師団)1個、歩兵師団(姫路・小倉 第10・第12師団)2個を増設する予定だ。これで近衛3個師団、常備6個師団、歩兵12個師団の21個師団体制に移行するはずだった。

 第18師団はこの中に存在しない。いいや他にも第8(弘前)・第10(姫路)・第12(小倉)・第13(高田/仙台)・第14師団(宇都宮)・第15師団(豊橋/愛知)・第16(京都)・第17(岡山/姫路) が日露戦争前もしくは日露戦争中(史実よりも早く編成された師団・戦線投入された師団も多い) に編成され、日露戦争後の軍縮で師団本部以外解体されている。すなわちこれらの師団には兵役中の兵士はいない

 今回の第18師団の再編成は早期編成のために熊本の第6師団の兵役中の兵士を配置換えしたものと招集した兵士で編成されている。この兵役期間中というのが肝だ

 第18師団の再編成が開始されたのは7月初めのことだ。これは空軍が集めた情報(空軍にかつての貴族階級である徳川家出身者がいたことも大きい) から少なくともオーストリアの開戦は必定と判断したためである。

 しかし、他国はそれを認識していない可能性もある。少なくとも民間レベルでは把握していないだろう。この時点で民間に大きな負担を強いる兵役経験者の招集は自国民の不満を高めるだけでなく、各国に疑念を抱かせる結果になる。

 そこで兵役の延長という手段を使った。ちょうど7月はこれが最も効果的な期間になる。通常の兵役延長は外地師団配属の後期実務期間の兵士をそのまま常備師団配属にして、前期実務期間兵士を内地師団に配属するものだ。しかし、7月と1月は1年の教育期間明けの兵士たちも内地師団への配属となる。

 これで問題になるのは内地師団の練度だ。半年の経験がない兵士(前期実務期間兵)と教育だけ受けた兵士(教育期間終了兵) 当然の帰結だ。特に後者は極論すれば座学をやっただけの兵士を送り込む事態になりかねない。そして第18師団は早期編成のためにこれを集中配属している。

 その中常備兵と後期実務期間兵だけで編成される常備師団所属連隊は重要な精鋭部隊なのだ。

「ロシアがタンネンベルクで敗戦、フランス軍は押し込まれた戦線を押し戻しつつあるが、塹壕に兵士を飛び込ませるような肉弾戦等で被害が続出している。欧州は遠い。練度の低い兵士を大量に送り込むことは兵站に無駄な負担をかけます。フランス・ロシア双方にすべての常備師団と近衛2個師団を送り込むいこれは決定事項です。」

「しかし!!」

「すでに姫路の第10師団の動員準備は完了している。それでも足りないのであれば宇都宮の第14・弘前の第8師団だ。」

「いずれも我々と同じ兵役期間中の兵士が集中配属されている部隊ではないか!!…まさか!!」

「そうだ…青島は安全な戦場だ。旅順戦の戦訓を生かした圧倒的火力での砲撃戦。敵が砲撃で崩れたのちにただ制圧するだけの仕事だ。新兵でも犠牲が少ないだろう。」

「新兵教育をこの前線でやれと」

「だからこそ新兵器を多数投入している。海軍もだ。」

「海軍の砲員も練度の低い兵士が集められた砲撃演習といううわさがあります。いくら敵兵が少なくとも…」

「決定事項だ。犠牲少なく落とせ。できるだけ急いでな。」


 1914年9月2日 山東省

 雨が降っている。大雨だ。

「沖縄の気象台から連絡があった台風です。兵士たちはすでに避難を完了させています。」

「攻撃開始直前なのにこれかいな…野戦軽便鉄道を死守しろ。出ないと第10師団の上陸はできても戦域への展開ができない。」

 だが自然には逆らえなかった。大雨は100年に1度の規模。すべてが押し流された。野戦軽便鉄道はもちろん高台に避難させておいた各種物資も一部が流出してしまっていたのだった。

「第10師団よりも食料が欲しい。」

 そう語る参謀は現地部隊の意思そのものだった。




  陸軍参謀本部

「青島の状況は極めて悪いです。砲弾などは輸送に成功していますが、現地はわが軍の現地調達と天候のせいで現地にはこれ以上の部隊を受け入れる能力はありません。」

 台風は日本が食料の現地調達したことでただでさえ不足している食料がこの台風で多くが喪失した。

「民間には食料がなく、下手したら現地の民間人と交戦状態に陥る可能性があります。」

「それではこの戦争に大義名分が立たないだけでなく、中国との外交問題になる。」

 民間人と交戦状態になれば現地は圧倒的に不利になる。中国人は似た顔を持つ日本人に好意を抱いているとはいえ友好ではない。

「食料物資の輸送を直ちにしなければ青島攻略どころの騒ぎではなくなります。」

「現地部隊からも第10師団よりも食料を送れとのことです。」

「第10師団はすでに済州島沖にいる。台風を避けていたがすでに山東半島に向かっている。」

「第10師団は旅順に向かわせましょう。物資輸送に従事している船のみ山東半島に向かわせましょう。」

「そうだな。旅順で食料に積み替えて山東半島に向かわせましょう。」


 龍口湾

「君たちにはわが軍の物資揚陸を手伝ってもらう。その代わり、給金として食料を渡す。」

 侵攻部隊はいかに現地民との友好な関係を築かなければ大変なことになる。しかしタダで与えるのは避けるべきだ。そうなれば中国との関係悪化につながりかねない。民間人が中国よりも日本の支配を希望することになってしまうのだ。

「第1陣の食料物資は給金として渡す分しかない!!だが第2陣以降は食料もそれなりに送り込む。買うこともできるぞ!!」

 中国人たちは驚きの声を上げる。

「前渡しの分は家族に預けてくれ!!さあ仕事にかかるぞ!!」

 中国人は動き出す。

 彼らは仕事ののち受け取った食料をほくほく顔で持ち帰った。そして第2陣で販売された食料の値段にも驚くそれは徴発した食料の買取価格とほとんど変わらなかったからだった。


 10月1日 即墨 第18軍司令部

「各連隊配置につきました。」

 日本軍はたびたびドイツ軍の攻撃を受けた。その中日本は前進。10日までに攻略の拠点である孤山・浮山を占領した。砲兵隊は移動。布陣を終えた。

 そして十分な物資の事前集積を行う。

特に大砲の砲弾だ。

この作戦に持ち込んだのは

試作30センチ榴弾砲

45年式24センチ榴弾砲

45年式20センチ榴弾砲

38式10センチカノン砲

38式15センチ榴弾砲

38式12センチ榴弾砲

4式15センチ榴弾砲

28㎝榴弾砲

 などの重砲だ。

28㎝榴弾砲は日露戦争でも投入した攻城・海岸砲。海岸砲としては旧式化したために陸軍の重砲として用いられている。そのほかの砲については日露戦争での戦訓から有用性が証明された28㎝榴弾砲の後継砲である。

45年式砲はサイズ違いのほぼ同型旧式の28㎝榴弾砲よりも速射性が高い。

試作30㎝榴弾砲は史実7年式30センチ榴弾砲と呼ばれていた砲である。ドイツ製の資材を利用して製造しているために史実では第1次世界大戦開戦とともに素材変更。製造が遅れる。

改史では試作砲分の資材の輸入には成功していたために砲弾の実地テストを兼ねての戦場投入になる。

 そのほかは4式以外日露戦争開戦に伴いドイツから購入された火砲である。4式の開発は38式15センチ榴弾砲の性能が不十分だったことにより始まっている。しかし射程が短く戦力価値が低い。

「海軍部隊砲撃準備完了との入電あり。観測班も準備完了です。」

 史実では事前の物資集積に1か月以上かけていた。改史では史実よりも劣る兵力で1か月以内に終わらせている。これは中国人人夫の協力があったためである。

「砲兵隊すでに海軍部隊の射程外の砲台に向けて照準完了。」

「撃ち方始め。」


 1914年10月7日

 史実よりも1か月早く青島は陥落した。



 前書きに書いた通りの原因でしばらく執筆ができていません。今回の回までがストック。次回から新規執筆品です。話がずれている可能性があります。ずれがありましたらお知らせください。

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