第5章 第1次世界戦争編 E-0011 青島上陸
現地時間1914年8月4日AM05:00 青島ドイツ軍司令部
日本との開戦前にドイツ側の司令部では状況を把握するために会議が行われている。そのために偵察機などの情報や各地にいるドイツ人からの情報を報告しあっている。
「ダウぺなどからの情報を総合するに総員海軍兵力は日本国第1艦隊と傭船された民間船うち最新鋭戦艦で編成される第1戦隊が最も接近しています。」
「民間船の積荷は常備第4歩兵師団所属第4・第10常備歩兵連隊。旅順・大連にいる警戒部隊です。兵力およそ8000。さらに本国では傭船された民間船と第3艦隊所属艦が北九州に集結しています。」
「8000の兵隊か…要塞攻略には少ないな。」
「通常3倍の兵力が必要とされます。我らは湾内艦艇の水兵をも動員すれば5800名ほど出せます。」
「本土に集結中の艦隊と民間船は後攻めの師団を輸送するためのものです。おそらく急な開戦で初動兵力は即応可能な部隊を出さざるを得なかったのでしょう。しかしすでに中規模動員が進んでおり、日本国内や外地では兵役経験者が根こそぎ集められています。」
「日本が欧州に対して兵を出すことが既定路線だな。ならば我らの役目はいかに時間を稼ぐかにあると思う。時間を稼げばこの青島にかかりきりになっている兵力は欧州に回されることはない。」
「しかし1個師団から2個師団ほどしか拘束ができないでしょう。それだけの兵士を拘束するには!!」
「なら現状我々は本国に帰って兵力の足しになれるか?」
「それは…無理です。」
「だろうな。そして問題は艦隊だ。日本国最新鋭艦の4隻の主砲は14インチ。青島要塞のどの要塞砲よりも射程が長い。おそらくこちらの射程外から一方的に撃ってくるぞ」
「水雷艇を出しますか!?」
「いいや水雷艇は2隻しかいない。ターク―とS90だけだ。昼間に出撃するのは自殺行為だ。夜間の襲撃にかけるしかない。」
「ならば停泊中に敵弾が命中しないことを祈りますか。」
「あとまだ本国の師団が到達する前にやらねばならんことがあるな。上陸予想地点はどこだ。」
日本時間1914年8月4日AM11:00 日本本土 呉 海軍司令部
「水上機母艦若宮より入電『エムデン・コルモランを見ず』です。」
その報告は青島に残留する艦隊で最も厄介な艦の拘束に失敗したことを意味した。
「追撃艦隊を出さねばならん。第2艦隊の残存艦はどうだ?」
「すでに現役復帰完了していますが…」
「ならば上に出撃を要請してくれ。第2艦隊残存の第5・第6戦隊の8隻にも伝えろ。」
「了解」
第2艦隊残存艦である第5戦隊{鞍馬、伊吹、筑波、生駒}、第6戦隊{金閣、銀閣、相模、周防}が出撃したのは次の日の午後であった。これで日本は本国に残るほとんどの実働艦隊を出撃させたことになる。
この時の艦隊編成
第1南洋艦隊
(独東洋艦隊を追撃)
第2戦隊(超ド級巡洋戦艦群)
金剛、比叡、榛名、霧島
第10戦隊(韋駄天戦隊)
御岳、恵那
第3巡洋戦隊
防護巡洋艦 筑摩、矢矧、平戸
すべて1等駆逐艦
第1駆逐隊
磯風、浜風、天津風、時津風
第2駆逐隊
浦風、江風、山風、海風
第2南洋艦隊
(南洋諸島占領部隊)
第4戦隊(前ド級戦艦群)
香取、鹿島、敷島、朝日
第7戦隊(旧ロシア艦)
肥前、阿蘇、幌登、伊皿
第11戦隊
春日、日進
第12戦隊
六甲、三宝
第13戦隊
出雲、磐手
第14戦隊
吾妻、八雲
第15戦隊
浅間、常盤
第1艦隊
(青島攻略支援)
第1戦隊(超ド級戦艦群)
伊勢、日向、山城、扶桑
第3戦隊(ド級戦艦群)
河内、摂津、薩摩、安芸
第2巡洋戦隊
天竜、龍田
すべて2等駆逐艦
第11駆逐隊
桃、樫、檜、柳
第12駆逐隊
桐、杉、松、柏
第13駆逐隊
楠、梅、桂、楓
第14駆逐隊
榊、蒲、桜、橘
水上機母艦 若宮、高崎
工作艦 壱岐、見島、沖島
(今回・余剰スペースを陸兵輸送に使用)
第3艦隊及び訓練艦隊
(青島攻略支援 後詰)
第4巡洋戦隊
防護巡洋艦 音羽、新高、対馬
第5巡洋戦隊
防護巡洋艦 利根、笠置、千歳
第7巡洋戦隊
千代田、浪花、高千穂
すべて三等駆逐艦
第21駆逐隊
綾波、磯波、浦浪、菊月
第22駆逐隊
長月、水無月、卯月、初雪
第23駆逐隊
若葉、初春、白妙、響
第24駆逐隊
子日、潮、野分、三日月
第25駆逐隊
夕立、夕暮、夕凪、追風
第26駆逐隊
疾風、時雨、春風、霰
第27駆逐隊
朝風、松風、白雪、白露
第28駆逐隊
如月、弥生、初霜、神風
第29駆逐隊
村雨、朝霧、有明、吹雪
第30駆逐隊
白雲、朝潮、霞、叢雲
第31駆逐隊
夕霧、不知火、陽炎、薄雲
第32駆逐隊
山彦、文月、敷浪、巻雲
第33駆逐隊
皐月、曙、漣、朧
輸送艦 日昇丸(旧御岳級4番艦)
輸送艦 満州 (旧通報艦)
艦上機・水上機母艦 大翔
(旧御岳級3番艦)
工作艦 厳島、橋立(旧防護巡洋艦)
→のちのこの2隻が第1南洋艦隊所属艦救援のために抽出
第2艦隊(残存)
(エムデン追撃に参加)
第5戦隊(巡洋戦艦群)
鞍馬、伊吹、筑波、生駒
第6戦隊(二等戦艦群)
金閣、銀閣、相模、周防
訓練航海中にて未動員
訓練艦隊所属
第6巡洋戦隊
秋津洲、須磨、明石
現地時間1914年8月4日PM05:00 青島ドイツ軍司令部
日本の第1戦隊の新鋭戦艦4隻からの砲撃はおよそ9時間かけゆっくりと行われた。艦隊は全力射撃ではなく、時間をかけた照準を行い、砲撃を行った。その割に命中率は低い。射程ぎりぎりで打たれたことを考慮に入れても低い水準だった。
ドイツ側は民間人にも塹壕を掘らせ、その中で砲撃に耐えた。
「第1戦隊後退します。」
砲撃がやんでしばらくして塹壕から這い出てきた索敵班が報告に来た。どうやら砲撃で電線が切れて電話が使えなかったらしい。
「おそらく砲身命数が尽きたのでしょう。内筒交換のために母港に向かったと思われます。日本側もそのことを考慮に入れていないと思いません。最寄りの港湾でそれができるのは旅順3日後には戻ってきます。」
どんな大砲や銃も無限に発射することはできない。弾が尽きれば撃てないのはもちろん砲弾や銃弾があっても撃てなくなることもあるそれ砲身の寿命だ。熱や摩擦によって起きる砲身の異常加熱や摩耗だ。異常加熱の場合冷やせばいいが摩耗の場合は下手したら砲身破裂の危険や命中率の悪化などの影響が出る。特に大口径になればなるほどこの摩耗は大きな問題になる。大口径砲では数百発程度で砲身内部が摩耗し、命中率が落ちる。そのため母港に帰還し砲身を交換する必要がある。ただし、砲身の内側である内筒という部品を交換するだけだ。そして戦艦が搭載する砲弾数は内筒交換までに発射できる量が相場。だからこそ砲弾をある程度(予備砲弾として1割程度残すのが通例) 撃てば内筒交換のために帰港もしくは整備が必要なのだ。
改史日本はこの内筒交換を前線でできるように各種工作艦を整備している。損傷艦の応急処置を得意とする船と遠隔地での整備を得意とする船に差がある。
「今の砲撃は囮のはずだ。敵の上陸を確認しろ。」
「労山湾に敵影見ず」
「奴らどこに上陸しているんだ!!」
「偵察機が破壊されました発見できません。」
「糞!!」
「中国人の情報網は何かつかんでいるか!!」
それを担当する士官は首を横に振る。
ほぼ同刻 龍口湾沿岸 青島派遣軍司令部
史実ではおよそ1か月後、日本軍は龍口に上陸した。中国領だ。これは中国の中立侵犯に当たる行為である。ただ中国側は一切の抵抗をしなかった。さらに現地は100年に1度の豪雨。大荒れの天候の中上陸を敢行した。この嵐は彼らにとって災厄になったが、同時に好機だった。この嵐を隠れ蓑に上陸したのだ。
しかし、物流や現地調達しようとした物資は軒並み壊滅した。現地民ですら食糧不足が生じる中国内からの少量の米と雑穀。日に2合。現地調達癖は健在だった。
「先遣隊全体上陸成功しました。総員食事の用意を始めています。」
しかし、改史では天候不順はなく問題なく上陸ができた。
「問題は独軍の出方です。出てきてくれるといいのですが…」
「ああ。現状、増援部隊が来ない限り兵力が少ないからな。」
現地時間1914年8月4日PM08:00 独軍偵察隊 龍口
ドイツ軍は急遽馬を使える兵士や将校を出動させた。夜になれば明かりの多さで敵の位置がわかると踏んだからだ。
「龍口にいつもより多めの明かりが見える…怪しいな。」
野営の明かりそれはそこに何かいることを示す。だが、その総数は分からない。
「上陸先について報告して対策を考えようか。多分兵力は1万以下だ。」
ほぼ同刻 青島独軍司令部。
次々入ってくる索敵班の報告から司令部では激論が交わされている。
「敵の第2派が上陸してくる前に逆撃するべきです!!今なら兵力差は2倍!!いずれ上陸してくる第2陣がこれば圧倒的な兵力差で押しつぶされます」
「その兵力差は正しくない。5800出せるといってもそれには後方の非戦闘員を含めてだ。遠征に参加できるのは2000ほどだ。兵力差は最小でも2000」
「行軍中や夜間の奇襲ならやれる!!」
「敵だって警戒しているし進撃してくるとは限らない。2000で迎撃に出るのは無謀だ!!」
「今橋頭堡をつぶさなければ敵の増援が上陸してくるぞ!!」
「つぶすのに必要な兵力を出せないのか!!砲兵による嫌がらせの攻撃でもいいんだ。」
「ならばできないことはない。嫌がらせをしてやる。」
威海衛 英国租借地 戦艦バーフラワー
戦艦バーフラワーはこの時点で英国海軍に所属する戦艦のうち最も旧式で最も低戦力な戦艦である。史実では同型艦ともども1910年に解体されてしまっている。
中国沿岸や河川・太平洋方面での運用が考えられているために小型軽量・喫水は浅く、航続距離は長い。その代償に火力を抑えるために当時の主力戦艦での主砲である305mm砲を採用せずに254mm砲を採用。設計は当時の主力戦艦であるロイヤル・サブリン級を小型化したものだ。砲弾の共通性がないことから補給に際して問題を抱えていたとする資料がある。確かに当時の英国主力戦艦の砲は305mm、標準的な巡洋艦の最大が234mm。254mm砲はいずれにも採用されていない。輸出用の軍艦に一部採用があるだけ。しかも軍による統制が行き届いていないために製造企業が違う時もあり結果、砲弾の共通性のない場合も多い。
しかし、この船の活動範囲は極東・もしくはインド洋。英国はこの領域に主力戦艦を配備していない。日英同盟が原因でこの地域に英国の主力戦艦が存在する必要性がなくなったのだ。この結果、極東艦隊向けの建造した主力戦艦カノーパス級6隻すべて本国に引き上げている。
英国にとって極東において増大するロシアと日本の海軍力を争わせることで漁夫の利を得ることを考えたともとれる。ただし極東海軍の引き上げは本国艦隊の戦力強化という意味もあったと推測する。英国は当時世界最大の海軍力を所有している。そしてそのイギリスの海軍兵力整備方針は世界第2位と第3位の海軍力を持つ国が同盟を結び戦争となったとしても勝てる数と性能を備えることだ。この場合、ドイツとロシアだろう。そのためには極東の戦力を引き抜く必要があった。
しかしそれが結果として功を奏することになったのは砲弾の供給だ。アジアには主力戦艦はいない。よってそのために製造している305mm砲弾を配備する必要がない。結果、製造する英本国の負担以外、現場での254mm砲弾運用による負担は存在しなかったのではないかと推測する。
ではなぜ1910年には解体されたかそれは史実では性能が似ているがより高性能のために同様の目的で運用が可能なチリ向け輸出戦艦スイフトシュア級戦艦を日露戦争の影響で臨時購入したためにバーフラワー級は不要な船になってしまったために早期解体されてしまったと推測する。
改史では日本がこのスイフトシュア級を導入し、英国が南米に多くの旧式戦艦を売却したために戦艦が不足。極東方面の戦艦の代替もできなかった。そのため退役されずに運用が継続されている。
「日本軍の動きが速いですな。」
ナサニエル・ウォルター・バーナーディストン准将が英中国艦隊マーティン・ジェラム中将と話している。
「日本は旅順・大連の部隊を第1陣として送りこんだ。第2陣は青島に一番近い北九州の第18師団を呼集。民間船を傭船した第1陣(連隊規模)と旅順大連に部隊を輸送した軍用艦船が入港して第2陣(2個連隊規模)を。3陣(1個連隊及びその他兵科。) も民間からの傭船での輸送になる模様だ。」
2人は日本に好印象を抱いてはいない。日英同盟の隠れ意図の一つに日露の共倒れと漁夫の利を狙っていたとするのならば日本海海戦での圧勝・完勝など彼らの想定外。共倒れはおろか日本が中国に対して圧倒的な立場を手に入れたことになり、漁夫の利など夢のまた夢になる。
「我等も陸軍を動員したいがまだ兵士が来ていない。」
「日本軍に青島での戦果を奪われてしまう。バーフラワー級2隻で青島を砲撃することは可能か?」
「射程が短い。青島からの反撃を受けることになる。それに極東の海軍力を失うわけにはいかない。」
さらに日本は英国の同盟国。極東の戦力を増大させるわけにはいかない。下手したら同盟関係が崩れかねない。
「手詰まりか…」
日本 本土 東京 陸軍参謀本部 参謀総長室
「青島攻撃は日本独力でやる。英仏ロ各国は欧州に集中されたし。」
日本は史実とは違い、フランスからの要請で第1次世界大戦に参加した。時は史実よりも早く動いている。史実よりもおよそ4週間早く日本は青島攻略に乗り出し、陸軍部隊を上陸させている。
その中、他の協商連合各国がその青島攻略に参加すべく参謀本部に将校を送り込んできた。
第1次世界大戦以前世界各国は中国を最後の植民地対象国としてみなし、植民地化を推し進めていた。
青島や威海衛もそのために中国から奪い取った拠点である。
日本は中国を狙う列強の中で最も国力は低いが最も中国に近く、これまでに行われた戦争で最も多くの拠点を手に入れている。他の列強はこれ以上日本が中国に拠点を持つことを防ぎたい模様だ。
「すでに部隊が向かっております。よろしく。」
一方的に兵士を送りそれを参加させるというのだ。
「馬鹿め…船頭多くして船山に登るという言葉を知らんのか」
参謀総長の長谷川 好道は彼らが部屋を出て足音が遠ざかった後につぶやく。
「知らんのでしょう彼らは外人ですから」
副官が冗談を言う
「馬鹿者似たような言葉があるはずだ」
実際にはToo many cooks spoil the broth.→料理人が多すぎるとスープの味がだめになる。ということわざが英語にはあるらしい。
「その前に介入を防ぐ方法を探れ。」
その介入を防ぐ方法を見つける前に3か国中2か国が青島にかまう余裕がなくなることになる。西部戦線は塹壕戦に至らずとも多数の機関銃陣地に多数のフランス兵が食われ、ロシアはタンネンベルクの敗北で双方ともにとても兵力を青島に回す余裕がなくなり、さらに日本に本格出兵を要請することになる。
だがこの話は本論から外れるので後回し。
現地時間1914年8月7日AM01:00 龍口
「撃て。」
結局ドイツ軍はおよそ2000を出兵。牽引式の小型砲を持ち出し、夜襲を企てた。
「夜襲部隊は前進しろ!!」
砲兵は山頂から歩兵隊が龍口に向けて進軍する。
青島派遣軍司令部
「ドイツからと思われる砲撃を確認。山頂からです!!」
「市街地に向けて砲撃か。応戦せよ。民間人を塹壕に押し込めろ。歩兵隊は応戦。艦隊に支援要請。作戦通りだ急げ!!」
「照明弾発射。陸軍の支援をする。」
この時、龍口沿岸に布陣していたのは 第3戦隊に所属する4隻の戦艦だ。4隻ともに史実とは違う艦影をしている。特に薩摩、安芸の2隻はこれはドレッドノートの就役とともに発生した従来型戦艦の旧式化に伴い、従来型戦艦の有効活用のために建造途上に改造が行われたた。これは改史では設計を行った技官の独断でドレッドノートと同様の設計思想を持つ戦艦に改造が可能な設計にされていたためである。武装は30.5cm(12インチ) 連装砲4基8門である。その代償に史実よりもはるかに副砲火力が低い。この副砲は損傷のため退役した戦艦三笠と旧式化に伴い退役した戦艦富士から取り外された15.2㎝砲や7.62㎝砲を搭載している
もう2隻の河内、摂津ともに同様である。この2隻は設計中にドレッドノートが就役したために他の戦艦と違い無理やり改造していない。しかし、日本は冒険を犯した。さらに強力な戦艦を求めた。
史実では30.5cm(12インチ) 連装砲6基12門のうち4基を両舷に2基を首尾線方向に配置した。この配置には必ず2基以上の主砲塔が艦上部構造物などの陰になり死角が生じる。つまりデットウエイトになるのだ。
さらに首尾線方向の2基だけ砲身を長砲身化してしまったために砲撃統制に問題が生じている。
改史では史実よりも若干長く、砲塔は8基に増やし、首尾線方向の砲塔を背負式に4基搭載している。さらに建造中止になった巡洋戦艦の部品を転用してすべての砲塔を長砲身化したために砲撃統制への問題はなくなっている。ただし、英国製長砲身砲自体にも問題があったために砲身の寿命や命中率が結果的に悪化している。
「副砲に照明弾装填よし。主砲通常弾装填よし」
「副砲発射。それだけでも奴らは度肝を抜くぞ。」
艦長が砲術長に命じる。砲術長が伝声管に副砲の発射を命じる。
「主砲。誤射をしないように撃ち方用意。存在を知らせるだけで奴らは退却する。」
主砲が生き物のように獲物を探して上下する。
「照明弾炸裂。目標捕捉。」
双眼鏡を片手に航海長が叫ぶ。
「目標視認、測敵よし。」
測距儀を覗く兵士。
「主砲発射。」
ほぼ同刻 青島湾口沖合 第1戦艦隊 旗艦
「龍口沿岸に布陣している第3戦隊から入電。独軍の夜襲です。」
通信兵の報告はそれだけだった。
「ならば第3戦隊は支援の艦砲射撃をしているはずだな。今回の場合、ドイツが先に仕掛けてきたという大義名分が立つ。中国領内への砲撃でも問題なかろう。」
指揮官は報告を聞くとつぶやく。
「英軍と援軍の状況は?」
「労山湾への上陸準備完了までおよそ60分。」
「待てないな。英軍に伝えろ。上陸作戦を行うと。」
労山湾 30分後 第18師団輸送艦 富士丸
陸軍所属の大型輸送艦富士丸の上に乗る兵士が整列している。
この富士丸は海軍所属の元戦艦富士。これの装甲の一部と砲塔をすべて撤去。ここに物資運搬用のクレーンを設置。陸軍の輸送艦として転用されたものである。この装甲は性能が低いために徹底的に分厚い。それはあの大和級戦艦(舷側410mm) 以上に分厚い舷側457mm(当時の戦闘は近距離であるがために舷側装甲が重要) を有する。主砲は揚弾機に欠陥があり、速射性が低い。このような欠陥は新技術を導入しなかったとこ・初期に導入したことによる弊害である。結果、この船は日露戦争後の軍縮で引退した。それを転用したのだ。
「予定が早まった。龍口湾が攻撃されている。」
兵士たちが騒然とする。
「だが戦艦部隊の活躍で敵は撃退されたようだ。」
途端に安堵の空気が広まる
「敵が動くとき隙ができる。労山湾は手薄だ。戦艦部隊が支援砲撃してくれている隙に上陸を敢行する。準備にかかれ!!」
兵士たちが歓声を上げて走り出した。
同刻戦艦部隊
「英国戦隊配置完了。」
英国のバーフラワー級2隻の主砲は254mm連装砲2基。日本の365mm砲よりもはるかに短い。そのうえ威力不足だ。そのため比較的至近距離から発射する必要がある。
「目標敵要塞砲。奴らを確実に破壊しなければ陸上部隊が遠い将来砲撃にさらされることになる。」
直後、敵陣地上に明かりが落とされる。
「水上機が照明弾を投下。位置座標入電開始。測距開始。」
水上機が投下した照明弾は駆逐艦クラスの主砲弾を転用したものだ。日露戦争時には日本は照明弾を活用している。
「目標視認位置座標問題なし。」
「撃ち方始め。」
史実における青島上陸
史実は9月2日に龍口に対し上陸を開始。しかし当時台風の直撃を受け、作戦は遅れる。それでも9月24日に即墨という地に第1陣が陣営を構える。しかし、台風の影響で補給線はズタズタ。第2陣の上陸にも支障が出たため第2陣は9月24日に労山湾に上陸を敢行。同日同所に英軍部隊も上陸を開始。28日までに青島攻略の拠点である孤山・浮山を占領。11月7日十分な事前集積物資を駆使して陥落させる。圧倒的火力をもって青島の砲台を完全破壊。その後、歩兵隊の突撃を行うという手本通りの攻略戦を見せることになる。




