第5章 第1次世界戦争編 E-0004 追撃の準備
日本艦隊 総旗艦金剛 1914年7月27日出港直後
「問題は航続距離です。わが艦隊は現在、甲板上にも大量の石炭を積載し、航行している。燃料タンク内の重油と石炭庫内の無煙炭は温存しているが、それでも速力を上げれば追いつく前に燃料切れで航行不能になりかねない。」
会議室で状況を語るは秋山真之少将
日本の艦隊に所属する船はほとんどが燃料に不安がある。駆逐艦や軽巡洋艦は艦が小さいため燃料搭載量が少ない。準主力艦と扱われる装甲巡洋艦や巡洋戦艦は性能の維持のために航続距離を犠牲にしている。そのために近海での運用が前提になってしまうのだ。
これが国内の守備に用いられるのであれば問題はない。しかし海外派兵では大きな問題になるだろう。
「それには民間に要請し、米国で傭船した石炭輸送船を回してもらっているが、会合地点の設定など問題が多い。」
「独東洋艦隊の予想進路はどうなる?」
「おそらくはわが海軍の参戦を聞いて太平洋からの脱出を企てていると推測できる。少なくとも後攻めの艦隊の存在もある。南洋諸島の占領の報に際し、彼らが西太平洋で活動する度胸があるかどうか。」
「ドレーク海峡(南米と南極大陸の間にある海峡) の封鎖…一番効率的な手ではある。この海域の協商国陣営艦艇の情報は?」
「主力は英国の装甲巡洋艦5隻。交戦すればドイツ艦隊もただでは済まないだろうな。」
「だが封鎖するドレーク海峡は広い。それに常に大荒れ。shrieking sixties 絶叫する60度と呼ばれる海域の一部だ。5隻の装甲巡洋艦とその補助艦艇では封鎖しきれないだろうな。」
「増援の動きは?」
「要請はしているだろうが、増援がなされたという報はない。」
「ならば我らは行かばならん。ドイツ艦隊よりも先にこのドレーク海峡とやらに。」
「東郷提督。進路の策定を。給炭・給油は最小。このことを考慮に入れ小型艦艇には重油の使用を許可すべきです洋上給炭はできずとも。重油ならば可能でしょう。」
「許可する。次の給炭地点までの速力を計算。急げ。」
しばらくして報告が入る。
「第1の寄港地は米領ウェーク島です。米国大使館に報告を。」
「わかった。」
オアフ島 日系商船会社支店
「本国からです。民間船の傭船。目的は軍用艦船への石炭及び重油の補給。航行中の日本側に向かう定期船を止めてでも答えろとのことです。」
若手の社員が本国からの電報をもって支店長室に駆け込んでくる。
「数は?」
「至急に2隻、ウェーク島4隻を各社合計で送り出せとのことです。」
「各社合計か。できなくはない数だ。」
「さらに北米からの定期航路はしばらく閉鎖とのことです。こちらの航路の船も日独戦争に投入されるとのことです。」
状況を報告する若手社員の顔には怒りがある。彼は報告が終わると沈黙する室内に叫ぶ。
「太平洋の通商は壊滅じゃないか!!我々が作ったものがどれだけ国益に」
「…太平洋にはすでにドイツ艦艇がおる。どの船も通商破壊に適す艦艇だ。この時点でそれらの艦艇がいる中で通商をするのは危険。その間、国が金を払う。国が雇う。損害も国が負担してくれるということだ。通商は崩壊するのではない。凍結するだけだ…後でまた解凍してやればいい。」
支店長は冷静に若手を諭すように言うしかない。彼自身の心にも怒りがある。だが上に立つ者にはそれを外に出すことはできなかった。
史実において太平洋における海運は未だ日本の勢力圏下にない。だが改史では違った。第2次米墨戦争にて米国が敢行した通商破壊は東太平洋の通商に大打撃を与えた。大西洋側の海運は未だ欧州の勢力が強く、復興が速かったこと、米国が欧州に気を使っていたこと米国海軍の戦力が東海岸に偏っており、余力があり、商船を撃沈しなくてもよく、抑留できたことなどが重なり、大西洋には大きな影響がない。しかし、太平洋は双方艦艇が少なく、互いが互いの補給を断つために商船を沈めた。
戦後そこに進出するは米国と日本。米国は東太平洋の南北方向の航路に影響を及ぼし、日本は横断航路に影響を残すことになる。これも米墨戦争の結果、米国の進出が南方向に向いたことも影響しているという。
1914年8月6日 米領ウェーク島
大日本帝国海軍第2艦隊 分艦隊 第11戦隊旗艦 戦艦御岳
「退け。邪魔だ。」
ようやく到着したオアフ島からの補給船から補給が行われている。補給の手配、補給船の移動それらを待つために艦隊は3日間無為にウェーク島に停泊した。追撃に遅れた将兵すべてが苛立ちに満ちた。
その苛立ちに拍車をかける人物が乗り込んだ。米国からの観戦武官だ。ウェーク島に入港する条件だ。士官の一部すら補給の手伝いをしている中、彼らは完全に睨まれている。石炭だらけの水兵にすらどつかれる。
「邪魔だな。」
「せめて見えないところいろよ。」
日本語で罵声が飛ぶが、アメリカ人言語は英語。嫌われていること以外は分からない。
「この船の速力は?」
とある観戦武官はそんなことを気にしない。案内の士官に艦の性能を聞く。
「軍機です。」
(言うもんかこの船の最大の利点だ。)
御岳級の最大速力はこの時代で最速。最大速力29ノット。超ド級戦艦の時代に小型のド級戦艦並みに武装を抑え速力を優先した。これは建造途中に超ド級戦艦の就役が判明したため火力優位が取れず、武装を減らしてまで速力優位を構築したのがこの御岳級である。武装はアームストロング 1912年型 30.5cm(50口径)砲この主砲は問題のある主砲である。史実では日本初のド級戦艦河内級の首尾線(艦首と艦尾を結んだ中心線上のこと) に配置された主砲に採用されている。
英国の技術は長砲身を製造することが難しい。その結果起きた事態だ。長砲身化は大砲の威力を上げる手段の一つだ。英国は新型の次世代戦艦ドレッドノートを完成させ、建艦競争の激化を予想。個艦性能の向上を求めた。それがその長砲身化である。それに日本も追従した。
だが、それはうまくいかなかった。英国の技術力の不足から砲身の重さから先端が垂れ下がり、砲弾の発射時に砲身がブレ、威力の向上の代わりに命中率が悪化したのだ。
結果的に英国は大砲の威力を上げるもう一つの手段をとった。砲身を太く砲弾重量を増した。結果的に超ド級戦艦への発展を生んだ。
この長砲身化に成功したのはドイツ。そのためにドイツ戦艦は他国に比して砲身が長く、砲弾重量は軽い。
そして英国と同じ道を歩もうとしたのが日本だった。日本も長砲身化をするために英国のアームストロング社に長砲身砲を発注した。日本は次世代の戦艦の主砲にしようとした。しかし、その新型砲は当時建造中だった新型戦艦である河内型の首尾線に配置された主砲に採用された。
これには複数の説がある。1つ目が次世代戦艦にいきなり新型砲を搭載したくなかったためにテストとして搭載したというもの。2つ目は東郷平八郎が首尾線に配置された主砲を主張したという説である。
作者は後者を有力視したい。一つ目ならば河内級2隻のうち1隻のみに搭載すればいい。違う長さの主砲を混載するのではなく、新型砲を積む戦艦、旧式砲を積む戦艦分けてやればより主砲の差異がわかりデーターも取れただろう。
そして河内型はこの旧式砲と新型砲の混載で大きな問題を生じた。射撃統制に難が生じたのだ。
ド級戦艦は主砲の統制射撃を旨とする。すなわち前ド級戦艦時代は多くて4門しかなかった主砲を増備、すべて同じ数値データーを使用し弾着修正などを行い、高威力の砲弾を敵艦に命中させる。しかし、砲身の長さが変わればそれができなくなる。
東郷は新型のド級戦艦を実質的には旧式戦艦と同等の運用しかできない戦艦にしてしまったといっても過言ではないのだ。当然一部軍人は否定していたが、軍神東郷に押し切られた形になったのだろう。
結果的に河内型は新型砲の装薬(砲弾を発射させる火薬) を減らすことでド級戦艦として運用した。これは砲身のブレを抑える効果があり、改史において英国製長砲身砲の弱点に気が付くのに遅れるという副次効果を生んだ。(史実では超ド級戦艦の建造のために新型砲の採用がなかったために影響がなかったと推測できる。)
その結果、問題のある英国製の新型長砲身砲が御岳級に採用されてしまった。さらに最悪なことに河内級のような装薬の減少を取りやめたために命中率が悪化している。
このような性質は長距離砲戦でこそ大問題になる。だが接近してしまえばいい。速力の向上はここでも優位に働く。突撃戦を得意とする戦艦なのだ。
だからこそ…高速艦艇に遠距離からちまちま戦われることが一番苦手である。
「ジェーン海軍年鑑には速力26.5ノット、主砲は30.5cm(50口径)砲5基10門と記されているが本当かね。」
「お答えできません」
ジェーン海軍年鑑は世界の海軍艦艇の図鑑のようなものだ。この時代の海軍士官の必読書のようなものである。
(嘘だな…)
反応を見る米将官は判断する。実際、嘘だ。ジェーン海軍年鑑は各国の公表資料やこれまでの艦艇設計のデーターを参考に独自に推定スペックを出すことがある。当然うその情報を流し、だますことも常套手段になる。
だがこの時別の手段を使った艤装主砲塔を1基追加。外見上5基の主砲塔を持つ戦艦に見せることで、嘘の情報をもとに速力を計算させたのだ。そのために世界はこの戦艦の速力を他国の標準的なド級巡洋戦艦並みとみなしていたのだ。
特にほぼ船体サイズの同じ(改史では実際、設計期間短縮のために設計を流用している) 金剛型と同程度の速力とみなしている。
「長砲身砲の命中率はどうかね」
「軍機です。」
まさに押し問答だ。暖簾に腕押しとはこのことだろう。
「どうしてこの船のことについて知りたがるのですか?我が国は味方ですよ。」
「どうかな?」
(やはりアメリカ南米の次のフロンティアは我々と中国か!!)
アメリカの膨張は第2次米墨戦争の結果、南に向いた。ラテンアメリカ諸国への影響力は強大なものだ。
しかし、南米大陸はそうはいかなかった。米国に恐怖を覚えた各国は連携。武器の輸入、軍事力の強化に邁進。日本はそこに多くの武器を輸出した。代表的製品は30式・38式両歩兵銃、保式・38式重機関銃などだ。他国も大々的にこの地域に武器を輸出した。主に、海軍は英国、陸軍砲はフランスとドイツ、歩兵携行装備である小銃や機関銃は日本だった。
特に小銃は日本製のものが小型軽量・安価・反動が小さく練度の低い兵でも扱えるなど他の小銃と比して中小国に向いた小銃だった。そもそも第2次米墨戦争にて大量に消耗・供与し、大規模に小銃を導入する必要があったことなどが大規模導入に至った要因だ。小銃弾薬と共通で機関銃も日本製が導入された。
このことを米国から見れば南方への進出を妨害したといえる。さらには日露戦争後の中国進出でも日本とロシアに追い出されてしまったことも日本への反発の原因であろう。
そしてアメリカはまたアジアに目を向ける。その際に邪魔になるのが日本なのだ。
アメリカの情報収集は未だ終わらない。彼らはそのまま日本艦隊に観戦武官として赴任、艦隊は補給に3日要し、出港は現地時間9日朝となった。
12日ホノルル 独海軍防護巡洋艦ニュルンベルク
「日本艦隊が来ています。」
ドイツ海軍の防護巡洋艦ニュルンベルクは12日朝に情報収集のためにホノルル港に入港した。給炭作業を雇った人員に任せほとんどの水兵を含むすべての士官が情報収集に出た。
「すでに日本の海運業者系の貨物船が西に向かいました。まだ出港していない船も複数。次の出航地に向かうようです。」
「やはり第1補給点は南洋諸島のいずれかの島か米領ウェーク島」
「いいえウェークです。米海軍軍人が観戦武官として派遣される模様です。」
「第2補給地点はそこから推測するにわが艦の合流予定地点のクリスマス島!!」
「まずいな少しでも遅れれば…」
「燃料の補給は終わっているか?」
「クリスマス島には問題はないです。しかしそれ以上は…」
「下手したらクリスマス島での補給に時間がかかり、日本艦隊に追いつかれる。」
「補給しなければ次の補給地までに燃料切れ、艦は放棄しなければならない。」
「ここで悩んでいても無駄だ。緊急出港の用意急げ。準備でき次第出港。補給作業は限界までやれ。急げ!!」
「了解。」
12日英領クリスマス島
「ニュルンベルク確認」
停泊するはドイツ東洋艦隊の本隊である。
「ニュルンベルクから発火信号!!『日本艦隊8月6日頃から米領ウェーク島にて…補給開始の模様です!!』」
「ウェーク島!?もうそんなところに日本艦隊がいるのか!!」
「馬鹿者!!ニュルンベルクの艦長を呼び出せ。まったくあの発光信号で艦隊が混乱状況に落ちったことがわからんか!!」
ニュルンベルクは給炭船に横付けし、艦長はタッカー(手漕ぎ船) で移乗してきた
「提督!!」
「馬鹿者」
「わかっております。それ以上に日本艦隊が問題です。ニュルンベルクの両舷に給炭船を接舷、全力補給をお願いします。」
ニュルンベルクの艦長は怒られている余裕がないといわんばかりに話す。
「ホノルルから日本の補給船が出港した時期から補給完了時間を計算するとウェーク島を、3・4日前に出港。次の補給地であるこの島への補給船がホノルル港を出港しています。」
「ならばあと2日ほどでこの島に着くということか。」
「急ぎ補給し、出港しましょう。」
「わかった。全力補給をさせよう。敵艦隊がクリスマス島を出てからどこに行くかわかるか?敵の追撃方向に逃げても速力差がある。追いつかれるぞ。」
「いいえ。わかりません。しかし、敵進路の延長線上にはドレーク海峡が存在します。彼らの狙いはドレーク海峡の封鎖、そして第2次追撃艦隊とともにわが艦隊を包囲殲滅することでしょう。しかし補給が必要。仏領ミクロネシアにて補給が行われると小管は推察します。」
「わか艦隊の速力を考えると日本艦隊のドレーク海峡到達までに海峡を突破するのは無理だ…。だが日本艦隊ごときの増援だけではドレーク海峡の封鎖は不可能だ。日本艦隊を先に行かせても問題はなかろう。だが、日本艦隊に追いつかれ、戦闘になれば勝ち目はない…ならば回避すればよい。陽動を兼ねて協商側の拠点を砲撃する。」
「了解。」
次は大晦日




