第5章 第1次世界戦争編 D-0003 反撃
ベオグラード
「敵予備軍の展開を確認。」
「ベオグラード市民をどんどん送り込め。送り込んでいる間は敵からの攻撃はない。今のうちに陣地を構築しろ。第5,6軍の来援まで持たせるぞ。」
兵士たちは市民に銃剣を突き付けるようにベオグラードから追い出す。彼らはほぼ着の身着のまま追い出される。早期に避難を決定した市民は馬車や荷車を持ち出せたが、この時期に追い出される住民は持ち出す暇すら与えられない。
「イナゴの群れ…ですね。彼らは兵站を犯す。食料などの物資補充網を遮断するための騎兵隊の派遣もその手の一つ…それに追撃の際に難民は足手まといになり戦術的な選択肢を狭める…」
「見捨てれば大義を守れば兵を失う…」
「むろん彼らが銃をとり、兵士になる可能性もあるが、武器なしで兵士になってもまったく脅威にはならん。セルビア軍はこの戦いにほぼすべての武器を動員している。今戦いで武器を消耗、鹵獲されれば烏合の衆になる。それに唯一の長所である兵の練度も落ちることになるからな。今後を考えれば利益があるのだよ。我々にな。」
アランジェロヴァッツ セルビア軍総司令部
「伝令が左翼第2軍から来ました。通信が完全に遮断されました。そして二個軍の侵攻が開始されたので戦略予備を!!」
「戦略予備は…もう使い切った。しばらく持たせろ。モンテネグロ軍を直接左翼に送り込む。それまで耐えろ。と伝えろ。電話は復旧しているか?」
「使えても一時的なものだと思われます。すぐにまた切断されるでしょう。傍受もされているかもしれません。」
「伝令兵を送れ。あと騎兵を呼び戻せ。もぐりこんだ部隊をつぶせ。」
第5軍司令部
「敵1個師団を潰走させるためだけに1個軍団が壊滅した!?先鋒の軍団は3倍の兵力差があるのだぞ」
「不利な河川渡河、敵兵は2度のバルカン戦争を生き抜いた猛者たち。練度が」
「言い訳はいらん。」
「第6軍も同等の被害の模様。」
「しかし損害の大きさ以外、作戦計画と差異ありません。」
「失ったものをとやかく言っている余裕はありません。直ちに次の行動をとりましょう。」
「司令部を対岸に移せ。先鋒を入れ替え、軍団の再編成を行え。所属の3個師団のうち1師団解体して補充兵に回せ。指揮官級は直ちに帰国、本国で新規編成させろ。後退した前衛は後衛軍団の再編を待たずに前進。第6軍に負けるな!!」
「了解。」
セルビア軍 左翼第2軍 司令部。
「敵第5・6軍と交戦していた前衛の2個師団後退。戦力の3割を失っています。再編成が必要です。」
セルビア軍も大損害を受けているが、セルビア軍はオーストリアハンガリー帝国軍より絶対数は少ない。だがオーストリアハンガリー帝国が本国に十分な予備兵が控えているのに対し、セルビアは熟練の予備兵もほとんどいない。すでにほぼ全力を投入しているからだ。新兵を投入してもオーストリアハンガリー帝国に唯一優位な練度を捨てるだけだ。
「数を落としても構わない。直ちに戦闘可能な状態にまで編成しなおせ。敵はすぐに攻勢に転じてくるぞ。」
「両軍ともに前衛と後衛の軍団を入れ替える模様。」
「だろうな。兵力に余裕があれば俺も同じようにする。まあ俺も同じことを考えて前衛の2個師団を見捨てたんだがな。」
「…理由と状況がわかれば前衛の2個師団の連中もわかってくれるでしょう。」
「待ち伏せ部隊の準備は良好です。あとは仕掛けるだけ。」
「司令!!敵軍に動きがありました。第5軍前後衛の後退ののち、突出してきました。」
「馬鹿なそれでは時間差をつけての各個撃破されるリスクが上がるだけだぞ。」
「敵軍の動きが速い。早く動くにはそれなりのリスクがある。敵軍はおそらく部隊の集結を待たずに進軍している…各個撃破の好機だな。」
司令官が顎に手を当て考える。
「参謀!!再編中の部隊連隊(師団の下の戦術単位) 規模でいい。敵第5軍正面に増援を送ってやれ。部分的にでもいい。数的優位を作って敵をたたく。敵後方を一時的にも遮断させて動揺させればいい。そうすれば後方の部隊も混乱に巻き込まれる。そうなれば叩き時になる。第6軍の警戒を忘れるな。叩ける時間は第6軍とモンテネグロ軍の動きにかかってくる。我々の余命もな。」
「…了解いたしました。」
モンテネグロ軍
「急げ!!すでに左翼は危機的状況にある。」
「しかし司令!!このままではついてこられない兵士が多く出ます。隊列が延びています戦場に到達できたとしても各個撃破の可能性が!!」
「戦場に着かなければ軍規模で各個撃破される。そうなったら左翼は完全に崩壊する。師団規模の犠牲でそれが救えるのならば!!」
「前衛は壊滅しますよ。後衛も」
「戦力が少ないならそれなりの戦い方がある。時間稼ぎに注力すれば可能性はある。友軍が撃破される前に到達しなければこっちが各個撃破されるぞ!!友軍がいなければわが軍は死ぬんだ。友軍を見捨てる選択肢はあり得ない。ついてこられない兵はあとで来い!!戦場に到達しなければ意味がない」
指揮官は自ら馬を先頭に走らせながら叫ぶ
「急げ!!」
第5軍前衛軍団
「待ち伏せです!!おそらく師団規模」
「何をやっていたか!!偵察の騎兵と航空隊は!!」
「航空隊は航続距離範囲外です。補給拠点の敷設が追い付いていません。斥候はひそかに始末された模様。」
先行していた第5軍の先鋒軍団はセルビア軍の待ち伏せを受けている。兵力差はおよそ2から3倍。
「敵の数は少ない。冷静に応戦しろ!!後衛に編成が完了した師団から前進させろ!!数で圧倒しろ。」
しかし、野戦砲をも動員した重厚な待ち伏せの前には意味を持たない。殺戮の現場と化した戦場から逃走する兵士たちに阻まれて後衛の1師団は陣形を乱す。
「追撃は不要。第6軍正面に対処しなくてはならない。移動と部隊の再編を急げ。」
彼らが大損害を受けなかったのはセルビア軍が第6軍の接近に対応するために追撃をしなかったためであった。
セルビア軍左翼 第2軍 司令部
「敵第5軍の撃退に成功。武器弾薬の鹵獲作業を完了。同時に部隊の再編中です。被害兵数の増大に伴い、1個師団の解体、兵員の再配置。残存は計3個師団と若干の予備兵。1個師団は第5軍に残し、第6軍に2個師団を差し向けます。これで戦力比は2~3倍になります。」
「第5軍への待ち伏せで第6軍は警戒しているはずだ。警戒している以上時間を稼げる。第2線の準備を急げ。第2線は単純な力攻めになるから準備不足は最悪なことだ。時間を稼げ。」
「司令。どうやらその警戒とやらはしていないようですぜ。」
天幕の出入り口からくる一人のパイロットが声を上げる。
「なんだって」
「1時間前の航空偵察を考慮に入れ、敵軍との接敵はあと2時間後と推定します。」
「どちらにしても最もばかばかしい結果になりそうだな。」
結果的に第6軍先鋒も師団規模の奇襲を受け、足を止められた。その間に第5軍から転進してきた1個師団とモンテネグロの増援部隊 (行軍を優先したために1個師団規模) に左右両翼から包囲され、潰走することになる。
残存のオーストリアハンガリー帝国軍は再編された軍団を投入。戦線を膠着させる。この地域では兵力差はなく、膠着状態にあった。しかし全体を見れば総兵力自体は勝っていたが、時間切れだった。第2軍はロシア参戦に伴い、ガリシア(対ロシア戦線) に転戦することが決まっていた。この分の戦力の空白の関係で攻勢をする余力などなかった。第2軍撤退前に行われた最後の攻勢でセルビア軍が首都から退避した民間人を動員して構築した塹壕陣地に阻まれ失敗。戦線は完全に膠着した。
ただし、史実においてこの地域で起きた戦いで第5,6軍を完全に潰走させ、川向こうにまで敗走させ、果てにはベオグラードまで奪還し、結果的に1年以上の戦線膠着を生んだことを考慮に入れれば渡河用の橋頭堡を死守できているだけでマシだったともいえる。
そのことが何を生むかそれが想像できるものはいなかった。
次からしばらく日本編です




