第5章 第1次世界戦争編 C-0004ダンツィヒ沖海戦突破
現地時間1914年8月5日AM7:00 ロシアバルト海第3艦隊旗艦 駆逐艦ポビテティ(意味は勝利者)
(すなわち会敵前)
「作戦は分かっているだろうが改めて言っておく。この作戦はわが艦隊の半数の船を囮としてもう半数を敵艦隊主力に肉薄。敵艦隊を我らが壊滅させること。それが作戦だ。生き残った場合、支援の補給船と合流。補給作業ののち再出撃する。」
現地時間1914年8月5日AM9:10 第3水雷戦隊旗艦 サンダー
「敵艦隊からの迎撃射撃を確認。」
「かまうな突撃。煙幕最大展開。無電は生きているな。ビビるんじゃないぞ!‼ちまちま遠くから砲弾放り投げるだけの戦艦部隊に我らが精神見せつけてやれ!!」
総旗艦戦艦ガングート
「1番艦旗艦ガングート回頭完了。」
「よし。撃ち方初め。」
改史におけるガングート級は史実と艦影が異なっている。史実でもロシア海軍は日本海海戦の戦訓からトップヘビーを警戒し極端な慎重さをもって戦艦を建造していた。そのために戦艦で最も重量のある砲塔が比較的高いところに来ざるを得ない主砲塔の背負い式を採用していなかった。しかし、改史では日本と米国のからの輸入、ライセンス生産艦が別に問題となるほどトップヘビーというわけではなく、日露戦争以前の船に採用していたフランス式の設計が主因と判断され、ガングート級では背負い式が採用され、諸外国の戦艦と比較して特徴がなくなっている。それでも12インチ3連装砲4基12門は強力で射程も長く、ドイツ戦艦を射程外からアウトレンジ砲撃が可能だった。
そのためガングート級は史実と同一構造の船体を設計段階で強引に設計を変更したために一つの問題が史実よりも際立ってしまったというのは皮肉でしかないだろう。
史実のガングート級でさえ船体の大きさに比して武装が多く、舷側方向に一斉に砲弾を発射した場合、揺れと硝煙で戦闘に支障が出る。史実よりもトップヘビーなら余計に悪化していることになる。
ただしこの時代の戦艦の多くは主砲の一斉発射に対応していない。遅延装置が不搭載もしくは不十分だったためだ。多装砲から一斉発射した場合、砲弾同士が干渉しあい、弾着点がずれる。そのために十分の1秒や百分の1秒単位で発射を遅らせ、その干渉を減らすのだ。
これを映像で分かりやすくイメージするならば現代の多連装ロケット砲28門や40門のロケットを一斉発射するが、40門を一気に発射するのではなく、40発を10秒ほどで打ち出すのだ。
その装置がないと砲弾はばらつく。ばらつくと命中率が下がる。それを考慮して砲弾を数秒から数十秒ごと時間をあけて砲撃するのだ。これには命中精度をさらに向上させる要素がある。砲弾の装填だ。主砲弾の装填は早くて30秒遅ければ60秒がこの時代の相場。20ノットで走っている場合、300mから600mの差が生じることになる。そのような状況下では命中精度が悪化するのは目に見えているのだ。
「右1基準砲撃開始。」
一番艦首側の砲塔が動き、砲弾を打つ。
「水上機から入電。修正指示です。」
「着弾指示に従い、合計4発基準法撃ののち、交互砲撃を開始せよ。」
ロシア第2バルト海艦隊 旗艦コウダ
第2バルト海艦隊の編成はド級戦艦4、前ド級戦艦5、防護巡洋艦6。このうち盾となる二列縦列陣形右列は前ド級戦艦ポルタワを先頭に第1巡洋戦隊アヴローラ、ダイアナ、パラス、第2巡洋戦隊ボガトィーリ、オレーク、ヴァリャーグ主力の左列 先頭艦が準ド級戦艦のインペラートル・パーヴェル1世級2番艦アンドレイ・ペルヴォズヴァーンヌィイ2番から5番艦までがヤポーニア(日本のこと)級コウダ、ヤポーニア、ポベーダ、ペレスヴェート6番艦がツザーレヴィチ7,8番艦がボロディノ級オリョールとスラヴァ
「砲撃は弾幕射撃だ。下手に狙っても当たらない。各艦担当の領域を砲撃せよ。」
「魚雷を発射させるなこの状態では回頭回避は困難だ!!弾幕で寄せ付けるな」
「陣形を乱すな陣形を乱せば迎撃ミスとフレンドリーファイアの危険が上がるぞ」
「主砲塔には炸裂榴散弾を使用せよ」
戦艦の主砲は水雷艇を撃破するにはオーバースペックすぎる。そして一発当たりの命中率が低い。史実では対策はなかったが改史ではウラジミールによって主砲弾の中に複数の小型砲の砲弾を仕込んだ炸裂榴散弾が開発された。史実では第2次世界大戦期に開発されたクラスター爆弾は史実よりもはるかに早く登場したのだ。
クラスター爆弾すなわち非人道兵器。陸上で使用された場合、不発弾が通常爆弾よりも多く残り、しかも一発当たりの威力は弱い。死亡する場合もあるが多くの場合、手足を失うことになる。時に下手に死ぬより不幸、不便、面倒、迷惑といえる状態である。
迷惑はひどいか。
ただしこれらの人々に金が回り、除去に金がかかる以上、国家財政的に面倒、迷惑ということなのだろう。
ウラジミール自身そのようなことを考えもしなかったが、海上において不発弾は問題になりにくい。問題はない。
「隊列前面迎撃障害なし。やはり炸裂榴散弾は有効です。」
本来水雷艇に不利な大型艦砲。それを見越して接近した水雷艇部隊は逆に誘い込まれた形になった。この部隊に命中が期待できる合計16門の12インチ砲、7門の8インチ砲、6門の6インチ砲それが先頭艦アンドレイ・ペルヴォズヴァーンヌィイの一斉発射ののち右列1番艦前ド級戦艦ポルタワ、左列2番艦旗艦コウダから放たれた。その一斉発射だけでも数隻の水雷艇が海の藻屑と消える。
「撃って撃って撃ちまくれ。この時のために対水雷艇用の砲を臨時搭載したんだぞ!!」
各国で旧式化し、撤去されたものも多いホッチキス QF 3ポンド砲これの在庫品を応急で搭載している。これは予測していなければできないこと。しかも兵器の運用だけでなく、管理、製造部門にもつてのあるウラジミールぐらいにしかできない芸当だ。そのために砲撃密度は濃いものになった。
一方ドイツ艦隊を襲撃中の右翼ロシア第3艦隊はどうだったか。
「前列煙幕を張れ後列の第1,2水雷戦隊を守れ。我らが露払いだ。各戦隊中央の6隻は司令駆逐艦が指定する任意の目標に対し魚雷攻撃を敢行、他は囮として各個に目標を指定し攻撃せよ。」
ロシア第3艦隊は水雷巡洋艦20隻(魚雷を3~4本搭載)、駆逐艦26(各戦隊旗艦の4隻以外魚雷2~3本)。だが4隻の駆逐艦は最新鋭。史実日本の1200トン級の駆逐艦と同等の性能を有し、12本の魚雷を有する。この4隻が他の42隻を率いるとなると1戦隊あたりの数は10か11+司令駆逐艦となる。
これを前列と後列に分けた。前列は後列の突入支援を行い、主力艦隊への攻撃は後衛が敢行する手はずになっている。
前列は2隻の司令駆逐艦を先頭にへの字状に並んで展開。煙幕を張り、その煙幕に隠れて2隻の司令駆逐艦を先頭に後列が魚鱗の陣を編成。への字の煙幕に隠れながら前進する。むろん自分たちも煙幕を炊きながら。
「半包囲状態で一方的にたたく。前衛の装甲巡洋艦から順次右90°回頭。左舷は接近してくるロシア装甲巡洋艦軍を砲撃せよ右舷は水雷艇を撃沈せよ。」
ドイツ艦隊の編成は前衛に4隻の装甲巡洋艦そこに10隻のド級戦艦が続く。これは速力順である。前衛の装甲巡洋艦が右に回頭。投影面積が小さく当たりにくい正面ではなく投影面積が大きく柔らかな横っ腹を見せる前衛右翼第3水雷戦隊に砲火が集中する。
「第3水雷戦隊旗艦 サンダー 8,9,11番艦被弾の模様」
「わが隊も7,8番艦が被弾。戦列を離れます」
「サンダー爆沈!!」
前衛の指揮統率をする残存の司令駆逐艦オルフェウス内の会話である。
「前衛全艦に打電指揮を引き継ぐ左翼部隊は作戦通り隙間を詰めろ。左舷2,3番艦は右舷側の同位置に移動してくれ。右舷各艦はそれに対応しろ。右舷4番艦までの6隻、左舷残存全隻(7隻)を破城槌となせ。右翼残存(4隻)は敵回頭点に対し水雷攻撃を仕掛けろ。艦は放棄しても構わん。それで艦列が乱れる。」
前衛に所属するは旧式化した水雷艇。いずれも日露戦争時代主力として活動した船だ。被弾したらただでは済まない。被弾艦は損失したとみなし、陣形を再編する。
「被弾しても戦えるふてぶてしい連中は回頭点を襲撃してやれ!!」
むろんこれも作戦書内で指示されていることだ。
「破城槌隊の目標ドイッチュラント級先頭艦から前1隻後ろ3隻計5隻。ここを突破口とせよ」
指揮官は命じる。ドイツ艦隊右列は装甲巡洋艦4隻を先頭にブラウンシュヴァイク級前ド級戦艦5、ドイッチュラント級5隻が連なっている。その向こうにドイツ軍主力艦隊がいる。右列を水雷戦隊が壊滅させることは困難であるが、突破すればいい。そしてブラウンシュヴァイク級とドイッチュラント級の境目は各艦にとってわかりやすい地点だった。
「煙幕を切れ!!」
全艦が煙幕を切る。そうでなければ後衛の部隊がどこを狙えばよいかわからなくなるからだ。
「陣形再編完了。」
煙幕で見えなかったが、各艦は自艦の推定位置に移動していた。むろん、精密な場所がわからなかったために陣形はガタガタだった。それが煙幕の晴れたことを利用して正しい陣形になる
「以降味方前衛艦の損害報告はいい対応しきれない。」
非情な命令だ。やられたやつは捨ててゆくといっているに等しい。
「破城槌隊!!目標は分かっているな。各艦任意のタイミングで撃て。確実に穴をあけるんだ!!各艦発煙弾を使用標的艦以外の地点を打て。支援砲撃を減衰させろ」
同刻 ブラウンシュヴァイク級1番艦ブラウンシュヴァイク
「砲撃やめ。本艦も回頭する。回頭中にぶっ放してもあたりゃせん。」
前衛の装甲巡洋艦部隊が回頭し、敵側面を突き大損害を与えている。指揮官はそれに倣い、船を走らせる。
「敵水雷艇接近数5.こちらに向かっています。」
「なんだって!!」
それはロシア艦隊が敵陣形を乱すためにドイツ艦隊回頭点に送り込んだ決死隊だ。
「馬鹿なここはクロスファイアポイントだ!!戦艦4隻、装甲巡洋艦4隻から集中砲火を浴びるぞ!!」
「敵前衛が隊を分けたのはあの艦隊を囮にするためです。あの艦隊に砲火を集中させれば敵主力部隊への砲撃がおろそかになり、突破される危険が増します。」
「なんだあれは」
艦橋に立つ士官が見て叫ぶ先には白い煙が立ち込めている。
「砲撃で煙幕を発生させている模様です。装甲巡洋艦部隊、戦艦部隊の一部に展開されました。砲撃の銘注意率が下がります。」
「ならなぜわが艦が白煙に包まれていないのだ!!まさか各艦に打電。煙幕に包まれていない船が狙われる。その前面に砲撃を集中しろ」
その判断はある意味正しく、ある意味間違っていた。のちにそのことを彼らは知ることになる。
ロシア第3バルト海艦隊 前衛破城槌隊
「砲撃が集中し始めています。」
「やはり気が付かれたか。だがもう遅い。もっと発煙弾を撃ち込んでやれ。」
発煙弾は後衛の突入部隊の艦砲からも次々と放たれ、ドイツ艦隊前ド級戦艦10隻のうち半数の5隻がその煙に包まれている。包まれていないのは回頭点にいて砲撃しても命中を期待できないブラウンシュヴァイク級1と突破目標点付近にいるブラウンシュヴァイク級1、ドイッチュラント級3隻だけだ。
「もっともっと打ち込んでやれ砲撃の副次効果で敵艦に損害を与えられるはずだ。」
ロシア艦隊が今回使用した発煙弾の中身は白燐と呼ばれる物質が封入されている。白燐は扱いが難しい物質で発火点がおよそ60度。時に常温下で発火する。
砲弾の構造はシンプル。時限信管が作動すると砲弾内の通常炸薬が爆発。砲弾が破裂する。この時の熱で白燐は自然発火。吸湿して透過性の極めて悪い煙(5酸化2リン) を発生させ、視界を遮る。これが白燐弾の煙幕としての特徴である。
しかし厄介なのは2つ。自然発火する性質と直接人体に触れた場合に治療困難な火傷を生じる性質だ。前者は砲撃中に火薬に振れた場合、容易に誘爆しかねない特徴である。事実一部艦では露天砲である対水雷艇用の小型砲が誘爆した。だが後者はより深刻だ。大きなものは深刻なやけどを負わせ、その治療に人手を割かせることになるうえ士気にもかかわる。白燐の自然発火の火が厄介なのは水をかけても消えないこと。消すには白燐が焼き尽くされるか、やけど部位を水につけながら(ほとんどの場合麻酔をしている暇がないので麻酔なしで) 白燐をナイフやヘラで掻き出すしかない。治療が終わるまで兵士は火に包まれ苦しむ仲間を見ているしかない。
しかし、この時代、砲員の多くは駆逐艦や水雷艇などが持つ艦砲では貫徹できない領域すなわち砲塔内やケースメイト(正しくは貫徹できるが、白燐弾の装甲貫徹力はたかが知れているうえに時限信管で空中炸裂するためにここに直接命中しない。そのために影響がほぼない。) にいたために砲弾による犠牲は少なかった。
この影響を最も被ったのは露天艦橋で指揮を執る人間すなわち指揮官だ。日本海海戦時、東郷平八郎が弾雨の中露天艦橋で指揮を執った影響で露天艦橋で指揮を執りたがる人間も多かった時代だ。指揮統率に影響が出る船が続出した。
しかも先にドイツ艦隊同士での通信報告で煙幕の張られていない艦が狙われている=指揮官が無事な艦こそ狙われていると知らされると煙幕が張られていない艦も混乱に陥った。
「舷側に魚雷発射管を確認!!」
「回頭だ!!敵艦に横っ腹を見せるな!!」
「敵艦隊回頭開始。」
「気が付いてくれたか。増設魚雷発射中止。旋回式発射管発射用意。」
水上艦艇の魚雷の発射方式にはいくつかの種類がある。水中発射管方式、固定式発射管、旋回式発射管これが主流。
水中式は防護巡洋艦以上(3,000tぐらいが目安か?) の中~大型艦に使用される。水雷艇や駆逐艦などの小型艦には採用される可能性が低い。これは将来的に潜水艦の魚雷発射管に発展するために廃れていないが、大型水上艦艇による水雷戦闘の可能性の低下、発射角が固定されていることからくる運用のしにくさから水上艦艇に採用されなくなっている。
旋回式は水上艦艇の搭載する魚雷発射管でもっとも有名な代物である。射角を容易に変えられる運用のしやすさから第2次世界大戦時において水雷戦闘の可能性がある水上艦艇のほとんどがこれを採用することになる。
固定式は旋回式発射管を搭載できないほど小型の船に採用されている。第2次世界大戦期だとPTボートクラスの小型艇に採用される。その代償として射角が狭い上に主に進行方向以外に発射する以外に有効な使用方法が少ない。
それに固定式には問題がある。魚雷と船の速度だ。魚雷の速度と発射艦艇の速度だ。魚雷は遅い。発射した艦艇との速度差が少ない場合、並走することになる。並走した場合、左右に火薬の詰まった魚雷があり、回避のためには速度を落とすか発射時点から速度を落とす必要がある。だからあまり使いたくない。
だが今回これを臨時で増設した。旧式化した艦艇から回収した発射管関連部品を転用、急造した固定式発射管を。
それは正面方向に魚雷を放つためである事と敵に思わせるために。
交わされるよりは相手の思わない方法で至近距離に接近し、1隻に魚雷を2~4発撃ちこんでやればいい。魚雷の余った船は後列の合流する手はずになっている。そして戦力として有力な司令駆逐艦はこの際、魚雷を温存させるよう命令されていることを。
この場合おそらく敵艦は左回頭。わが艦隊に背を向ける。固定発射管を温存していることが露見するまで巣少し時間がかかるうえに対水雷艇砲も射角の関係で打てない砲が増える。
容易に接近できる。
さらに戦列に空いた穴を見逃すことはない。
「ま、真横に敵艦!!」
彼らの一部は気が付くのが遅れ、真横に迫った敵艦…およそ数百mにいた敵を打つことができず複数初の魚雷を受けた。
「抜けたぞ!!」
水雷停滞は戦列に空いた穴に対し、突撃、2隻を沈め2隻を大破させ、前ド級戦艦の艦列を突破。敵主力艦隊の隊列に迫る。しかしそこにいたのは複数のド級戦艦とその前に立ちふさがる13隻の防護巡洋艦と軽巡洋艦だった。




