第4章 第2次米墨戦争編-13 血の太平洋
パナマ 1月15日
ABC艦隊は旧式化した装甲艦を率い再びパナマを砲撃した。今回も装甲艦は砲撃完了後戦線を離脱した。
だが今回米国艦隊の出航はなかった。この情報に関してABC艦隊側も容易に知ることができた。
「出てこないか…ならこちらからゆくぞ」
ABC艦隊の司令官はつぶやく。艦隊は再び北西に向けて針路をとる。
「目標は明らかに本土です!!なぜ出航しないのですか!!」
キングとニミッツは司令部に詰めかかっている。
「作戦はある。その準備をしている。彼我の戦力比を考慮すればここにいるしかない。作戦は2つある。一つ目の準備はもう少しで終わる。それが終われば出撃だ。」
「それでは!!」
「だが君たちは第2作戦に参加してもらう。」
「なぜですか!!我々も!!」
「第1作戦は年齢制限がある。尻の青い若造は引っ込んどれ。」
1907年12月28日 ピュージェット・サウンド海軍造船所
「ペンシルベニアをあきらめ、武装を転用すれば何とか…。」
「それならやってくれ。ABC艦隊は英国から戦艦の供給を受けた。我々が英国とやりあうことができないことを知っている。だが勝ち目はある。だがそれには十分な数が必要だ。それをそろえる必要がある。」
1908年 2月10日 サンフランシスコ
「応急修理とはいえ装甲巡洋艦4、戦艦2か。何とか勝負のできる戦力がそろったな。」
ニミッツがキングに話しかけている。
「第2作戦はなんだ。話してくれなかったが何があるんだ。」
1908年2月14日
サンディエゴ沖 チリ戦艦エスメラルダ (旧英国戦艦 マジェスティック)
「見えた米艦隊です。陣形は単縦陣!!編成はペンシルベニア級装甲巡洋艦4、イリノイ級戦艦1、インディアナ級戦艦1計6隻です!!」
「ペンシルベニア級が4隻!?馬鹿な」
「ペンシルベニア級の稼働艦は2隻のはず!!」
「だが数はこちらのほうが多い数で圧倒するぞ!!」
旗艦コロラド
「ABC艦隊発見。陣形は右梯陣編成は…なんだ編成がばらばらだ。ロイヤルサブリン級4、マジェスティック級8計12です。」
「敵艦隊編成ですが3隻ごとに大きな隙間があります。おそらく国家ごとに戦隊が分かれており、各3隻づつ計4戦隊。便宜上敵右翼からα(アルファ)・β(ベータ)・γ(ガンマ)・δ(デルタ)と呼称します」
ABC艦隊は旗艦らしき戦艦を先頭に左側に11隻の戦艦が続いている。しかしその編成は異様の一言に尽きる。
船の間隔は3隻ずつの間で広くなっている。そして左のロイヤルサブリン級以外はマジェスティック級といった編成である。
「距離8000で左回頭角度150度。右舷全門で敵艦隊右翼からたたく。敵艦隊左翼を完全に遊兵化。右翼から1隻づつ戦闘力を粉砕する。」
戦艦オレゴン
「旗艦コロラドから暗号電解読完了。指示です。」
この時米艦隊は日露戦争の戦訓をもとに高価な無線電信機を導入した。本来大西洋艦隊で使用されるはずだった無線電信機を含め急遽鉄道輸送で資材が運ばれ、太平洋艦隊全主力艦に配属されていた。
艦長は作戦内容を見ると同時にその紙を握りつぶした。
「死に場所だな。」
サンディエゴ沖 チリ戦艦エスメラルダ (旧英国戦艦 マジェスティック)
「敵艦隊左回頭」
「作戦通り左翼A・B戦隊を分離。左翼戦隊は速攻でロサンゼルスを砲撃せよ。」
「せ・戦艦オレゴンのみ右回頭を確認!!左翼の前面に展開します!!」
「なんだと!!」
旗艦コロラド
「戦艦オレゴンのみ右回頭!!命令無視です!!」
「なんだと!!」
「平電入電『作戦にわが艦遂行能力なし。我左翼艦隊の足止めを実施せんとす』」
「ABC艦隊陣形乱れます!!左翼6隻。速力を挙げた模様!!」
「しまった右翼がひきつけている間に左翼か何かをする作戦なのか!!オレゴン!!」
「足止めはオレゴンに任せた。1隻でも多くの敵艦を沈めろ。それがオレゴンへの手向けだ。」
戦艦オレゴン
「主力部隊が敵右翼を叩きのめすまで耐えろ。打って打って打ちまくれ。」
艦長の指令通りに多数の砲弾が砲身から打ち出される。米太平洋艦隊で最も速力が遅く、古い戦艦はこのオレゴンである。オレゴンは当時の戦艦としては副砲火力の高い戦艦である。8インチ連装砲4基を副砲として搭載している。
これに相対するはABC艦隊左翼の6隻ただし6隻ともに半数の主砲しかオレゴンに向けることができていない。副砲や速射砲群は死角になっており、放つことができない。
「接近されたら陣形変更及び角度の関係上、舷側砲郭式砲の射角に入る。距離を保ちつつ針路を読み徹底的に妨害しろ。接近されたら1隻でもいい道連れにしてやれ!!」
「砲撃目標は敵3番艦ロイヤルサブリン級!!主砲塔にくらわせてやれば撃沈もしくは戦闘不能にできるはずだ」
C戦隊 旗艦 戦艦エスメラルダ
「P戦隊旗艦 アルミナンテ・グラウ(マジェスティック級)米艦隊にしたたかに打たれています!!このままでは」
「問題ない。ペルーに任せておけば」
「しかしそれで打ち崩されては!!」
「数と個艦性能に勝る我らが負けるとそしてこの戦後を考えればわが国が戦果を挙げ、他艦隊が壊滅していたほうが良いのだ。」
確実に勝てる状況下複数の国家・勢力があれば各国は戦果を競う。同時に双方足を引っ張りあう。
「P戦隊3番艦ワスカル(ロイヤルサブリン級)加速、旗艦アルミナンテ・グラウ(マジェスティック級)減速を確認」
「陣形を変える気だな。」
「そうですねですか…」
「わが艦隊を全く考慮に入れていない。戦果を独り占めする気では」
その件に関して人のことは言えないだろう。
「当艦隊も戦闘に参加せねばならん。一斉回頭右45度。単縦陣に陣形転換、P戦隊後方を迂回し敵艦隊正面へ。敵艦隊の一隻に集中砲火。1隻づつつぶす。それがわが艦隊の戦果だ!!」
米旗艦コロラド
「β戦隊一斉回頭・α戦隊陣形転換」
見張りの叫びに司令官は双眼鏡を放し、α戦隊(P戦隊)を見渡し、再び双眼鏡を手に取り、β戦隊(C戦隊)の1隻を見る。
「いい作戦だ。だがこの時点で我らに見抜かれる可能性を無視していると思える。このまま進めばβ戦隊に頭を押さえられる形になる。α戦隊も陣形転換をしつつある以上、このままではわが艦隊はクロスファイアポイントに誘い込まれる形になるか。」
「なら避けるべきでしょうな。」
「それにオレゴンもあります。オレゴンと離れすぎてしまえばいざという時の救援は間に合わない。」
「そうだな。作戦より早く一斉回頭。α戦隊左翼をたたく。回頭終了後機関最大船速。」
C戦隊 旗艦 戦艦エスメラルダ
「P戦隊の陰に隠れます。敵艦隊しばらく視認不良。」
「うん。」
「左舷戦闘用意。」
「P戦隊旗艦 アルミナンテ・グラウ(マジェスティック級)加速しません!!」
「なんだと!!」
「機関にダメージがあるのか」
「陣形転換は旗艦のダメージによる速力低下を誤認した行動なのか!!」
「馬鹿者躱せ!!まともにぶつかればアルミナンテ・グラウもわが艦も大損害だ!!」
しかし船はなかなか動かない。進路変更をするといっても常にドリフトをするようにゆっくりとしか曲がらない。しかもこの時C戦隊は最大船速。回頭は遅く鈍い。
「艦尾アルミナンテ・グラウ衝角に接触します」
旧世代の艦艇は水線下艦首が鋭くとがっている。これは敵艦と衝突時に大損害を与えるための槍先のようなものだ。この時代、艦砲と機関の性能が上がり、衝角突撃を完遂する前に大損害を受けたり、躱されるリスクが大きくなるにつれ、味方艦との衝突で損害を増大させる衝角は廃止される動きが強い。だが旧式のアルミナンテ・グラウ(マジェスティック級)にはそれがある。
戦艦エスメラルダはそれを躱し切れず艦尾をかすめた。かすめてもその鋭くとがった衝角が水線下を傷つける。しかも運悪くそこには機関室があったのだ。
「機関室に浸水確認。防水中」
「機関区画を閉鎖。」
「それでは」
「わが艦は戦闘能力を喪失。不管旗を掲げろ。最後の仕事だ。味方艦の進路を開けろ。回頭右90度戦線を離脱する。あと右翼A戦隊に来援要請を出せ。このままでは右翼が負けかねん。」
米旗艦コロラド
「全艦一斉回頭左舷砲撃用意。右舷負傷者を収容せよ。」
「α・β1番艦が衝突事故を起こした模様。運が良いですね。」
「だな・右翼だけで見ればわか艦隊の優勢は変わりない。だが左翼からの救援の可能性も考慮に入れる必要がある。右翼はどうなっている」
直後・大爆音が戦場に響く。
「γ戦隊3番艦ロイヤルサブリン級前部砲塔から爆炎です!!」
「わかっている。弾薬に誘爆したな。少なくともあの船は使えなくなる。それでも5対1…2・3隻はこちらに来るだろうな。このままではまた正面をふさがれかねない。α戦隊左翼方向から敵艦隊後方に回り込む。」
戦艦オレゴン
「γ戦隊3番艦前部主砲塔誘爆!!」
歓声が上がる。オレゴンはすでにボロボロだ。6隻からの砲撃を受け続けていたのだ。その中での戦果だ。当然喜びは大きい。
「損害は!!」
「副砲塔4基中3基沈黙。速射砲10基大破。主砲は何とか」
「水線下に浸水あり。しかし機関区は被害軽微」
「なんとかやれるといったところか。本来なら撤退が最善手。だが」
「それをすれば負ける。無電は使えるか?」
「修理中。」
「使えるようになったら救援要請。足止めを交代する。」
「了解。」
戦艦 ウィスコンシン
「…足が遅いことそれが我々の弱点だ。わが艦が先頭では素早い艦隊行動などできん。」
「艦長」
「不関旗を掲げろ。旗艦に打電『我足止めに参加せんとす』それでわかる。オレゴンがやられれば5隻すべてがこちらに来る。」
α戦隊2番艦コロネル・ポロネジ
「旗艦C戦隊旗艦と接触。両艦作戦能力喪失。」
「米艦隊一斉回頭」
「まずいワスカルが狙われる」
「左翼が狙われることは避けられんそれならせめてましな陣形にする。本艦を前に出せタイミングを見て右一斉回頭単縦陣に陣形転換。できればC戦隊との合流をしながら敵艦隊最後尾に攻撃を集中!!」
C戦隊2番艦ブランコ・エンカラダ
「P戦隊の陣形を正確に把握できるだけ内回り最後尾を狙え機関や焼ききれても構わん全力いっぱい。」
A戦隊旗艦 ガリバルディー
「3番艦ブエノス・アイレス前部主砲塔弾薬誘爆します。」
「ブエノス・アイレス戦闘能力喪失と判断。」
「ブエノス・アイレス速力低下落伍します。」
ロイヤルサブリン級であるブエノス・アイレスは重量軽減のため露砲塔を採用している。真上からの砲弾を防ぐ能力はない。主砲弾がここに命中すればおそらく主砲下弾薬庫まで誘爆し轟沈していた可能性も高い。どうやら命中したのは戦艦オレゴンの8インチ副砲弾のようだ。これなら砲塔内次弾を誘爆させるのに十分な威力がある。
「C戦隊より救援要請。右翼2隻が戦闘能力喪失」
「右翼残存4隻敵艦隊は5隻。数では不利といったところか。わが戦隊は救援に進発する。一斉回頭右45度、単縦陣。敵艦隊正面に展開。先頭艦をつぶす。」
米旗艦コロラド
「戦艦ウィスコンシン戦列を離れる」
「入電オレゴンの救援に向かった模様」
「敵γ戦隊2隻当方正面に展開しようと接近。ウィスコンシンと相対戦になります!!」
双眼鏡を持つ見張りが叫ぶ。
「後方に敵艦4隻本艦に砲を指向させています!!」
直後敵艦隊の砲口から光が差した。
米 4番艦(現在先頭艦) サウスダコタ
「旗艦コロラドが打たれています。」
「被害は!!」
「主砲弾の命中弾あり被害甚大!!戦列を離れます。」
米艦隊初めての戦線離脱艦である。装甲巡洋艦は戦艦と比して装甲・火力ともに貧弱である。戦艦よりも早く戦列を離れざるを得ない。
「α戦隊3番艦ロイヤルサブリン級爆沈!!」
戦艦ウィスコンシン
「前部主砲塔γ戦隊二隻をたたけ後部主砲塔はまだα戦隊3番艦ロイヤルサブリン級を打ち続けろ」
「α戦隊ロイヤルサブリン級爆沈12インチ主砲弾が後部砲塔に命中した模様」
「置き土産だ。δ戦隊をたたいたのちまた戻ってくるぞ。」
オレゴン
「γ戦隊回頭右翼艦隊に向かいます。」
「すまん防ぎきれん。少なくともδ戦隊だけでも」
「ウィスコンシンです!!ウィスコンシンの来援です!!」
「γ戦隊を撃破し、敵右翼の増援するぞ。徹底的に打ちまくれ!!」
米 4番艦(現在先頭艦) サウスダコタ
「α戦隊とγ戦隊の間に空いた空間を突破し、後方に回り込む。」
「α戦隊2番艦 β戦隊後方に付きます」
「以後α戦隊の呼称を廃止。β戦隊に併合されたものと判断する。α戦隊2番艦名称もβ戦隊4番艦の呼称に変更。」
「艦長。β戦隊は圧倒的に強力になりました。戦力差的に劣るγ戦隊をたたくべきです。」
「そうだな。そのほうがウィスコンシンとオレゴンに近いな。回り込み中止。戦隊の間を突破し、γ戦隊後方をたたく。打って打って打ちまくれ!!」
オレゴン
「機関区被弾。浸水確認航行困難です。」
「沈没はするか?」
「機関室を閉鎖します。航行はできませんが漂うことはできます。」
「すべての旗を降ろせ。本艦の戦闘は終わりだ。本艦は沈まないが戦闘海域に漂流することになる。」
戦艦ウィスコンシン
「オレゴンすべての旗を降ろしました。交戦能力の喪失を確認。」
「畜生1隻でも多く道連れにしてやれ。」
(後戦闘力を奪えて1・2隻とことん付き合ってやる。だから頼むぞ…若者たちよ…)
米 4番艦(現在先頭艦) サウスダコタ
「γ戦隊2番艦撃破。交戦能力を喪失した模様。」
「前部砲塔基部に命中弾だな。あれでは砲塔が旋回できない。」
環境にいる士官がそう話している直後、爆音が響く
「2番艦ウエストバージニア被弾前部主砲塔貫徹された模様」
「誘爆を防ぐために弾薬庫に注水するだろうから…2番艦戦闘能力喪失…」
「戦列を離れます。」
「残存艦3隻…」
「敵艦隊残存艦7隻」
「悲観するな!!オレゴンの奮戦を思い出せ!!オレゴンとてただ敗れたわけではない敵に損害を与えて倒れたのだ!!ウィスコンシンを信じろ!!2隻はつぶしてくれる。それまで敵艦隊を足止めする!!」
しかし、戦闘はそううまくゆくものではない。
戦艦 ウィスコンシン
「敵艦隊1番艦被弾…戦線離脱を確認」
「被害は?」
「前部主砲塔基部被弾・水線付近の被弾・浸水あり砲弾の水中爆発にてプロペラシャフト1軸が折れました。本艦も交戦能力を喪失したものと判断します。」
「そうか…本艦もすべての旗を降ろせ。交戦を断念する。1軸でも動けるだろう。オレゴンを曳航し、撤退する。」
米 4番艦(現在先頭艦) サウスダコタ
「ウィスコンシン交戦を断念したことを確認。残存艦本艦と3番艦メリーランドのみです。」
「撤退する。全艦全速。我らのほうが早い逃げ切れるはずだ。」
米艦隊残存艦艇2隻戦域を離脱。ABC艦隊は射程外になるまで2隻を追い・3番艦メリーランド後部主砲塔を貫徹させる被害を生むも後部主砲塔弾薬庫がほとんど空だったことと弾薬庫への注水のため大きな被害にならず撤退に成功した。
ABC艦隊
残存艦艇6隻ロイヤルサブリン級2、マジェスティク級4
戦没艦ロイヤルサブリン級1 戦線離脱交戦能力喪失艦ロイヤルサブリン級1、マジェスティック級4
米艦隊
4番艦サウスダコタ以外全艦の戦闘能力喪失