第4章 第2次米墨戦争編-9 次の戦いへ
太平洋での艦隊決戦です。
ABC艦隊の1・2番艦はイタリアのジュゼッペ・ガリバルディー級の同型である。この船にはとある特徴がある。運が良ければこの海戦の勝敗を決めかねない代物だ。
主砲が大きいことだ。
装甲巡洋艦の主砲の相場は8インチおよそ20㎝砲である。第2次世界大戦時の重巡洋艦の主砲クラスの大砲が2~4門搭載されている例が多い。しかしこの2隻は10インチおよそ25.4㎝砲。これを2門搭載している。
大きな大砲ほど射程は長い。ジュゼッペ・ガリバルディー級10インチ砲は射程18000m。15000mでは米国の装甲巡洋艦主砲の射程に入るか入らないかという距離だ。門数が少ないので命中は当てにできない。だが、命中すれば圧倒的に有利になる。
ただ命中は期待していない。そのため至近弾でも影響が出る榴弾を発射している。榴弾は爆発する砲弾で、破片や爆圧で人員や装備を破壊するものである。その榴弾が至近の海中で爆発した場合、爆圧で船体のつなぎ目が割け浸水する恐れがある。無論大きい砲弾のほうが、至近に落ちた場合、浸水を発生させる可能性が大きいのだ。
当然のごとく命中弾はない。
「回頭左50度。後方砲塔も砲撃に参加させる。同時に接近時間を稼ぎ、アウトレンジ攻撃を敢行する」
ABC艦隊は左に大きく回頭。死角になっており砲撃ができない後方砲塔をも砲撃に参加させるために左に回答した。日本海海戦でのT字戦法に近い形態に短期的になった。
しかしよく言われるようにT字戦法には問題点がある。回頭中に砲撃をできない。砲撃しても命中しない。何しろ砲台が動いているから。その間一方的に敵砲弾にたたかれることになる。
日本海海戦時の東郷平八郎提督は敵の砲撃能力と命中精度等を計算に入れてぎりぎり大損害を受けない距離までに接近し砲撃を敢行、回頭後の全力射撃にてロシア艦隊を粉砕した。
しかしこの時のABC艦隊は確実に砲撃の当たらない安全距離で回頭し、敵よりも優位な射程を利用しアウトレンジ砲撃を行おうとしたのだ。
「回頭右80度敵艦隊との同行戦を実施する。各艦最大船速。陣形を単縦陣に変更する。」
米国艦隊も回頭。徐々に距離を詰めつつの同行戦に移行する。そして双方の角度の差はどんどん双方の艦隊が接近するほうに移行する。同時に両艦隊の他の艦も砲撃可能距離に接近。ABC艦隊が射程に入り次第砲撃を開始する。
「くそ射線が取れない砲撃可能な艦に各自自由射撃!!」
「速力を落とし、射線の重複を回避!!」
ここで問題が起きたのはABC艦隊である。ABC艦隊は数が多い。その結果、2つの単縦陣を組み戦闘に望んでいた。しかし、その際に問題になったのが砲撃の際に同士討ちをするのではないかという点である。そのため各艦は砲撃に際し、細心の注意を払っている。
さらに悪化させたのは回頭運動と各単縦陣の速力の違いだ。その結果、艦の位置関係にずれができ、射線の制限が増大してしまったのだ。速力を下げるのはABC艦隊の2つの縦陣の斜角を調整するためであった。
結果、艦隊の平均速力は米艦隊と比してきわめて悪いものになってしまったのだ。
「回頭左20度!!」
ABC艦隊が射線の確保のためにさらに進路を変える。だだし同時に射撃不能時間と陣形の乱れにより砲撃に不均衡を生じさせてしまう。
「くそ早い!!」
その点では米軍ははるかに優れていた。米艦隊は足の遅い船を後衛になるように戦いながら陣形転換を果たした。彼らにとって作戦内、訓練内の出来事のようだ。結果、艦隊は足の遅い船を切り捨て、19~22ノット、ABC艦隊は最も足の遅い船…速力12ノットに抑えられてしまったのだ。
結果、同行戦の果て、米艦隊が若干前に躍り出る。米艦隊はABC艦隊の頭を塞ぐように進路をとる。
日本海海戦の折、日本艦隊は平均してロシア艦隊よりも平均速力が数ノット上回っていた。その結果、艦隊決戦の折、カタカナのイの字に艦隊を動かし、適切な射線を確保することができた。いくら船の数が多くとも適切な射線を取れなければ砲撃力は低下するのは目に見えている。
その大前提として速力の勝る船が自由に行動できる陣形は有利に働く。
この戦いでもそうだ。米艦隊は速力の速い船から順に並べて戦った。ABC艦隊は速力に関係なく低速、高速艦が混在した。結果的に高速艦は低速艦の動きに合わせなければならなくなり、その利点を生かせなくなった。
「機関室への浸水拡大もう持ちません。」
ABC艦隊の先頭をゆく装甲巡洋艦ガリバルディーの被害は甚大だった。米国ペンシルベニア級装甲巡洋艦3隻による集中砲火により艦の上部構造物は粗方破壊され、至近に落ちた砲弾が機関室への浸水を拡大させ、速力が急激に低下している。すでに戦列を離れる準備を進めている。不関旗を掲げ、他艦の邪魔にならない位置に艦を動かしたのだ。
旗艦が不関旗を掲げるということはもう艦隊の指揮をとれる状況ではなくなったという意味である。本来大損害を受け指揮官が戦死した場合や沈没寸前、戦闘能力を失い、戦闘継続困難な状態になったことを意味する。
同時に戦闘指揮は2番艦装甲巡洋艦ヘネラル・ベルグラノに移管される。
「この船はもう持たない。退艦命令発令。」
生き残った士官で最上位である。マヌエル・ドメックガルシア大佐は命じる。
「防護巡洋艦パダコニア接近します。」
「なぜ…救助艦が…」
見張りの声と同時に海を見る大佐たちが目にするはアルゼンチン海軍艦艇で唯一打撃部隊に所属していない防護巡洋艦であるパダコニアである。10インチ主砲1門を有するがさすがに火力不足と判断され打撃隊への配属が見送られた船だ。艦上部構造物には命中弾の跡が残る。損害程度は中破程度だろうか。
「米国の後衛部隊は壊滅したはず…」
この時点でABC 米国海軍双方に沈没艦は多数存在している。米海軍はすでに速力の劣る防護巡洋艦2隻ボストン(13ノット)、シカゴ(14ノット)を失い、ABC艦隊はチリ海軍艦プレジデント・ピント、ブラジル艦ベンジャミン・コンスタント、チリ艦チャカプコの双方合わせ計5艦を失い損害を受けた艦…特に低速艦は戦線を離脱、人命救助に当たっている。
実はこの時点で装甲巡洋艦の戦没艦はアルゼンチン艦ガリバルディー だけなのだ。
「アルゼンチンの総司令部より命令です。死ぬなと。」
船を捨て移ってきた幹部乗員にパダコニア艦長は極秘の命令を伝えた。
結果だけ見ればABC艦隊の惨敗と記録されるだろうその戦いはアメリカ側の作戦終了を以て終わった。作戦終了の理由は主力の装甲巡洋艦の損害甚大(沈没艦なし) 弾薬の欠乏である。
装甲巡洋艦の被害はやはりABC艦隊の装甲巡洋艦、防護巡洋艦との戦いの際の被害である。修理は可能だろうが当面の作戦行動が可能な船は2隻にとどまる。他の船は帰港後すぐにドック入り、終戦まででこれないだろう。
彼らにとって重かったのはアルゼンチンの装甲巡洋艦2隻の10インチ砲であろう。命中した船は大規模な損害を受けている。
一方ABC艦隊は生還艦を上げたほうが早い。
エスメラルダ チリ 装甲巡洋艦 帰還、戦後、修理ののち運用可能
ブエノス・アイレス アルゼンチン 防護巡洋艦 帰還、修理断念
ブランコ・エンカラダ ブラジル 防護巡洋艦 帰還 修理断念
ミニストロ・ゼンテノ ブラジル 防護巡洋艦 帰還 修理断念
アルミナンテ・グラウ ペルー 防護巡洋艦 パナマ沖にて擱座 修理断念
コロネル・ポロネジ ペルー 同上
ブランコ・エンカラダ チリ 防護巡洋艦 帰還 修理断念
ミニストロ・ゼンティノ チリ 同上
パダゴニア アルゼンチン 防護巡洋艦 帰還 戦後修理放棄
生還艦そのものは多いがABC艦隊が艦隊の整備拠点を持たないうえに復旧を断念した船が多いのに対し、米艦隊は大損害および長期整備が必要な状態に陥るものの主力の装甲巡洋艦がすべて生存していることは大きな差である。ABC艦隊の大敗である。それが世間の評価であったという。
一方米国艦隊は防護巡洋艦がボルチモア(大破)、ニューオリンズ(中波)、以外の3隻が沈没。装甲巡洋艦も5隻中3隻が大・中破、戦中の戦線復帰が困難と判断された。ほかの2隻も一部の砲が失われて完全な戦闘能力はない。ただし速力は問題ない。浸水被害も応急修理で何とか許容範囲内に収まった。修理中の船より引き抜いた乗員を予備艦に回し、太平洋艦隊は戦艦2隻(うち1隻が予備艦だった)・装甲巡洋艦2隻を戦力として運用できる状態になった。
12月
ABC艦隊の壊滅により、米国海軍は太平洋の制海権を獲得した。これに伴い、米艦隊は単艦運用での通商破壊を再開させた。メキシコを支援する商船は次々と襲われる。変化が訪れるのは12月半ばのことである。




