第4章 第2次米墨戦争編-4 太平洋戦域
太平洋戦域の前半です。まあほとんど戦闘はありません。
米墨戦争における太平洋戦域は陸でも海でも双方広大な領域に比して戦力過小である。
陸においては広大な砂漠と山岳地帯で戦線を構築することは困難だった。敵陣に深入りすれば容易に補給線を絶たれ孤立、包囲殲滅されるのが目に見えている。唯一まともに戦線として成立していたのはコロラド川―メキシコ湾戦線であった。アメリカは開戦直後の急襲でコロラド川西岸とバハ・カリフォルニア半島を完全占領した。ここは水の防壁という防御側が圧倒的に有利な地形ゆえに後方への回り込みが困難だったことが影響している。さらにここでは双方が海運という馬匹や鉄道と比較にならないほど大量の物資を輸送できる手法を利用できた。太平洋の陸の戦いは海の戦いに託されているのだ。
しかし、海に双方ほとんど軍艦はいない。そもそも軍艦の存在しない(正しくは少数存在していたがあらかた撃沈されてしまった。) メキシコ軍では海上の戦いなどできない。米国は太平洋艦隊の主力は装甲巡洋艦5隻。そして早急に戦線に投入できるのは2隻。他は遠く離れたアジアにるという戦力がきわめて希薄な状態、さらにメキシコ湾岸での作戦を優先させるため大西洋側からの艦隊の回航は現時点ではありえない。メキシコ湾岸での作戦のほうが重要だからだ。さらに当時パナマ運河の開通前。大西洋から太平洋までの回航は南アメリカの南端を回らなければならない大航海になるのだ。アジア艦隊に帰還を命じる以外の選択肢はない。
しかし太平洋側の海軍に課せられた任務は2つ。一つは陸軍の支援。特にメキシコ湾内の哨戒・輸送船団護衛・最終的にコロラド川―メキシコ湾戦線の突破を行う。もう一つが通商破壊である。
太平洋側での通商破壊はメキシコ湾で行われたものと違い、商船の鹵獲ということは重要視されていなかった。無論拿捕・利用できることに越したことはない。それ以上に数をこなす必要があったためである。それには鹵獲した船の世話をしている暇が惜しい。そのため多く船舶に対し撃沈命令が出されていた。
そして太平洋航路は戦争に必要な重要物資を輸送していることがこの通商破壊に関して重要性を増した。この航路は硝石を運んでいるのだ。
硝石は戦争で使用される火薬の材料だ。そしてその火薬の材料の中で最も入手が困難な材料だ。その産地は南米チリ。硝石自体が別名チリ硝石と呼ばれるほど世界的に有名な産地だった。両国は戦争に必要な物資として大量のチリ硝石を購入し、この戦争に投入している。そのためこの海域ではアメリカ・メキシコ両国の船舶は全力で硝石輸送を行っているのだ。
なお硝石戦線と呼ばれるようになるこの硝石輸送・加工に伴う争いは通商破壊なしでは米国が不利であった。
バハ・カリフォルニア半島 カリフォルニア湾沿岸 1907年4月22日 装甲巡洋艦サウスダコタ艦橋
「メキシコ上陸軍の補給線を寸断する。敵野戦砲陣地はあるか!!」
艦長は見張りに叫ぶ。
「砲兵陣地存在確認できず接近しての砲撃も可能です。」
「わかった接近後、機関停止安定した砲撃を実施する。」
船は動き出す。陸に接近する方向に。そして接近後、スクリューを止め海上に静止する。
「主砲弾(8インチ砲)はもったいない。6インチ速射砲で仕留める。3インチ以下の砲は水雷艇を警戒。1番砲試し打ち方はじめ」
しばらくして1発だけ砲弾が放たれる。狙いが正確かどうか図るためのものだ。
「照準正常。」
「斉射開始!!」
放たれていない残り6門の砲が火を噴く。メキシコ軍の陣地に火が上がる。しばらく、何回も7発の砲弾が繰り返し撃ち込まれる。
「上陸部隊敵陣地に突入開始しました。」
少し離れた地点に上陸させた陸軍部隊(艦艇から上陸させた兵は海兵隊が主体。現地軍と合流した部隊。) がメキシコ軍の陣地に突入を開始したのだ。陣地を制圧し、敵をつぶすには艦砲だけでは不十分。艦砲は砲なのだ。砲は敵兵の多くを殺傷できるがすべてを殺傷できるのではない。砲だけで戦争はできない。最終的には歩兵の突撃が戦闘の勝敗を決める。そのため民間船を徴用して随伴させていた歩兵隊の支援が必須なのだ。
「上陸部隊より拠点潰成功との報告。」
「よし。輸送船を伴い入港する。捕虜収容船の定員は」
「そろそろ満員です。」
「サンディエゴに回航してくれ。我々は敵の拠点をたたく。捕虜からの情報で場所は割れている。兵員はすべて退避済みだろうが施設は破壊する。機関始動。」
「了解。機関始動」
安定した砲撃のために止めていたスクリューが回転を始める。そして船はゆっくりと動き始めた。
コロラド川西岸 司令部 1907年4月23日
「装甲巡洋艦サウスダコタがメキシコ軍の上陸拠点をつぶしました。」
コロラド川西岸軍の司令官は無名な将軍が命じられている。それもそのはず。現時点でコロラド川西岸軍は進撃計画はない。すでに電撃的な作戦でバハ・カリフォルニア半島全域の占領を実施しており、防衛作戦だけで戦力が不足するのだ。
「バハ・カリフォルニア半島の作戦はやる必要などなかったのだ現時点では。あんなところいつでもに占領できる。戦力を分散させる必要はないのに。」
とある参謀はそういう。
「カルフォルニア湾は手に入れなければならない。あそこほど有用な泊地はない。」
ルーズベルト大統領はといい、占領作戦を強引に盛り込ませたといわれている。
「終戦直前…メキシコ陸軍の戦力が首都メキシコシティー方面に引き抜かれた直後、攻勢に転じる。」
彼は総司令部の方針をを繰り返し述べるだけだった。
マンサニヨ沖合 1907年4月30日 装甲巡洋艦カリフォルニア艦橋
マンサニヨはメキシコにある港湾都市でメキシコとフィリピンがスペインの植民地だったころメキシコーフィリピン間の貿易拠点だった港である。
その沖合には装甲巡洋艦が1隻浮いている。
「民間人の退避勧告及び退避猶予時間終了。砲撃可能です。」
「国際法上の義務を果たした。民間人を必要以上に戦闘に巻き込んではいけない。だが退避勧告をした後ならば問題はない。全砲門。予備砲弾を除き全力射撃開始。打ち方はじめ。」
装甲巡洋艦カリフォルニアの目的は港湾施設の破壊だ。港湾施設をたたけばメキシコが硝石を陸揚げする港を制限できる。通商破壊戦にとってこれ以上の利点はない。
装甲巡洋艦カルフォルニアの砲弾はこの作戦のためにすべて榴弾を搭載している。市街地を徹底して破壊するためだ。
ハーグ陸戦条約はで
第25条:防守されていない都市、集落、住宅または建物は、いかなる手段によってもこれを攻撃または砲撃することはできない。
第26条:攻撃軍隊の指揮官は、強襲の場合を除いて、砲撃を始めるに先立ちその旨官憲に通告するため、施せるだけの一切の手段を尽くさなければならないものとする。
第27条:攻囲及び砲撃を行うにあたっては、宗教、技芸、学術、慈善の用途に使用されている建物、歴史上の記念建造物、病院、傷病者の収容所は、同時に軍事目的に使用されていない限り、これに対しなるべく損害を与えない為の必要な一切の手段を取らなければならないものとする。攻囲された側は識別し易い徽章をもって建物または収容所を表示する義務を負う。前述の徽章は予めこれを攻囲者に通告すること。
と記されている。
今回の事例では25条違反だ。米軍が使節を送った際に都市の首長は無防備都市を宣言している。さらに27条にも。無差別攻撃を指示していることから違反している。
ただし、無防備都市宣言は当該地域の施設・物資などが軍隊に利用される場合なども含まれる。アメリカはこの時戦前後、戦中の税金によって軍隊に資金を提供したと主張し、25条を否定した。だがそれなら国家に属している都市ならすべて25条の中立都市宣言に当てはまらなくなることになる。
26条は使節が事前攻撃を通告している時点でクリアしている。
27条は使節がその情報を受け取らずに船に戻ってしまったため認識できなかったことになっている。
つまり、市街地の破壊を止める手立てはない。
結果的に市街地の80%が失われた。事前通告で多くの市民が生き残ったが、生活基盤を失った彼らは他都市に難民として集団避難することになる。
結果的に彼らは避難先の町で軍に納入されるはずだった重要な軍の物資を消費し生き残ることになる。
1907年5月30日 サンフランシスコ
開戦からおよそ1か月。コロラド川に投入されている装甲巡洋艦カルフォルニア(マンサニヨ砲撃後、弾薬補充し、装甲巡洋艦サウスダコタと任務を交代している。)以外で太平洋にいる米海軍の軍艦が集結した。
「変わったな。」
一部の艦長は久しく見ていなかったサンフランシスコを見て感想を述べる1906年4月18日午前5時12分に発生したサンフランシスコ地震で多くが被害受け再建中の真新しい倉庫から人夫が次々と必要な物資を運びだし、子供たちがその威容に目を見張る。
集結したのは
戦艦1
イリノイ級戦艦3番艦ウイスコンシン(便宜上太平洋艦隊の旗艦)
装甲巡洋艦5隻
ペンシルベニア級装甲巡洋艦の5隻(コロラド川戦線に投入されている同3番艦カリフォルニア以外)
1番艦ペンシルベニア
2番艦ウエストバージニア
(3番艦はカリフォルニアはコロラド川戦線に投入されている)
4番艦コロラド
5番艦メリーランド
6番艦サウスダコタ
防護巡洋艦5隻
ボストン(同型なし)
シカゴ(同型なし)
ボルチモア(同型なし)
シンシナティ級防護巡洋艦2番艦ローリー
ニューオリンズ級防護巡洋艦1番艦ニューオリンズ
他であった。
さらに防護巡洋艦マーブルヘッド(同型なし)がカリフォルニアに随伴している。
装甲巡洋艦は第1次世界大戦期には火力、速力を強化し、(欠陥ありの)主力艦『巡洋戦艦』へと発展するが日露戦争で日本が主力艦として運用するまで通商破壊や商船護衛など後方支援任務に使用されてきた。
この戦争では主力艦同士の砲戦はあり得ない。メキシコ軍に主力艦はいないからだ。
「日本がやったことを我々ができるかどうか試してみたかったものだな。」
防護巡洋艦ボルチモアに着任して数か月のチェスター・ニミッツ少尉(のちに太平洋艦隊司令長官として日本と戦うことになる男) は独言を残す。
主力艦同士の打ち合いがしたいということだ。単純な海の男としての心理の一つだろう。
「輸送船相手などつまらん。それに積み荷ごと買収することもある。戦いになどならん。」
とも語る。一方的な戦争が始まった。
なお史実において完成していない艦も交じっています。これは軍艦の建造スケジュールが早まっていることが原因で、わざとやっています。
調査結果、当時太平洋にいた戦艦を確認。編成を変更しました。