第3章 欧米派遣編第2話 交渉の行方
今回は少し短めです。
ロシア帝国軍参謀本部
「該当する人物は1名。カール・グスタフ・エミール・マンネルヘイム中佐。しかし、彼は私用のため国を出ております。」
秋山好古はロシアの参謀本部を訪ねた。とある人物の行方を捜すためだ。四平街決戦の際に自らの退路遮断戦術を妨害し、多くのロシア兵を自陣に帰還させた部隊の指揮官の行方とその人物に対し、手紙を送りたいと考えていたのである。
「そうですか残念です。ではこちらを彼に郵送してください。料金は払いますゆえに」
秋山は手紙を差し出す。
「中佐との面識はございますでしょうか閣下。」
「戦場で敵味方だった。それ以外に接点はない。ただ彼をたたえたい。そのためだ。」
「…わかりましたお預かりします。」
ロシア王宮謁見の間 1906年12月11日
「我々交渉団が王宮に入れるなんて…」
王宮謁見の間に至る通路上で外交団のひとりがつぶやく
「それだけ急いでいるということだ。交渉が有利になる。」
小村寿太郎は若手に言う。
「ですが…」
「そうだ。海軍関係者と陛下の目の前で交渉をしなければならない。見ているだけでいい。私はこの交渉のためにここに来た。」
小村が言い終えるとちょうど扉の前に出る。
「謁見の間だ。左側の席が君たちだ。アメリカとイギリス、イタリアの代表団がもうすでに到着している。皇帝陛下は英語をも話されるので英語で話してもらいたい。」
「イタリアが来るなんて思っても見なかった。」
若手が言う。
「統一巨砲艦の構想をジェーン海軍年鑑に初めて掲載したのはイタリアだ。構想だけだがね。彼らが動いている可能性は十分にあり得る。」
近藤基樹技術大鑑は若手をたしなめる。
あまり知られていない事実であるが、ド級戦艦を初めて計画したのはイギリスではない。いいや正しくはドレッドノートが世界に知らしめた統一巨砲という概念の大元はイタリアである。1903年にイタリアの造船将校ク二ベルティー(世界で初めて起工された3連装砲搭載艦の設計者。なお初めて完成したのはオーストリア=ハンガリー帝国海軍のデゲトフ級)がジェーン海軍年鑑に掲載したアイディアが大元である。ジェーン海軍年鑑の閲覧確率、及び時期を考慮に入れると、各国の造船技術者がこれを見ている可能性は大きい。実際、英国、米国、日本の3か国ではドレッドノートをはじめとする統一巨砲艦の設計が行われている。
史実においてロシアは海軍再建のためにイタリアの設計を参考にしている。これはイタリアの設計が世界有数の先進性を有していた証になるだろう。
「どうぞ。」
近衛兵が2人がかりでドアを開ける。
「皇帝陛下日本国からの使者です。」
皇帝のそばにいる文官が皇帝陛下に報告をすると同時に日本人はそれぞれのあいさつをする。
「日本国の皆。よくぞ遠くから来てくださった。座ってもらいたい。」
日本人は用意された席に座る。
「各国のみなよく集まってくれた。我が国の海軍再建のため、軍艦の輸入及びロシア国内での生産を行いたい。各国から設計案および計画についてお持ちになられたモノを検討したが、私はどの設計案が優れているかわからない。よって、これらを互いに批判、賛同しつつ、より良い設計を判断、よいと判断したものを採用したい。」
皇帝は時間が来ると同時に話し始める。それを引き継ぐのは軍部の将軍である。
「陛下はこのように申しておられる。よって各国はこの場で概要についての資料を交換する。元の資料はあらかじめ提出されたものを複写したものを渡す。直ちに意見交換をされたし。なおこれに反対するものはこの時点で入札に不参加とする。」
この発言に各国の要人は驚く。事実上、軍事機密を各国に暴露されるということになるのだ。
「承知した。」
近藤はまっさきに声を上げる。日本国に誇れる技術はない彼はそう思っているからだ。ならほかの国の設計案を堂々と見るチャンスなのだ。これに乗じるのは当然だろう。この発言に対し各国はしぶしぶといった形で了承し、複写した資料がロシア側から渡される。しばらく各国要人が目を通す時間が与えられた。
「まず効率と搭載砲数では我が国が一番だろう。」
イタリアがまず口を開く。イタリアは12インチ3連装砲4基計12門という多砲搭載艦を出している史実においてガングード級戦艦の原型となった設計案である。どうやらイタリアでも史実よりも軍艦の歴史が早く進んでいるようだ。そこに水を差すのは日本の近藤だ。
「陛下。陛下は早急に海軍を増強したいとお考えでありましょう。3連装砲は初めて目にするものです。むろんどの国でも生産されておりません。搭載するには技術開発が必要です。その間の時間がかかるという問題と、新しい機構を採用した場合、初期の不良が生じ、使い物にならない事例も存在します。その点においてイタリアの設計案は現在のロシアに合致したものでないかと存じます。イタリアがこの設計案を出してきたということは次の戦艦はこの図面と似たものが建造されることでしょう。その間、様子を見てもよいかと存じます。」
「それにイタリア・イギリスの設計案には無駄が多い。それに死角や利用できない砲が多い。」
次に口を開いたのはアメリカだった。まずかつての宗主国であったイギリスに対し手も堂々と言う。イギリスが持ってきた試案はドレッドノートそのものであったのだ。
ドレッドノートの図面を見た場合、無駄が多い作りであることがわかる。舷側に配置されている2・3番砲塔は舷側方向での戦闘(横方向の敵との戦闘)においてどちらかのほうが必ず死角に入り使えなくなる。4番砲塔と5番砲塔の間には後部艦橋があり、4番砲塔の後方への射界は制限される。さらに真正面へは同時に3基の主砲塔が向けられるも、少しでも方向がずれれば向けられる砲塔が減少するという無駄の多い配置である。これでは無駄が多いといわれても仕方がない。
その一方、イタリアの設計案も4基ある主砲塔のうち2・3番砲塔が艦橋が邪魔で向けられない角度が存在している。
日本はイギリスに恩があるために大ぴらにたたいてはいないが、アメリカは設計に対しガンガン叩きまくる。しばらくして両国は沈黙した。日米両国の設計案は背負い式と呼ばれる砲塔配置をしている。この配置は2基の主砲塔の高さを変え、最小限のスペースで主砲塔を収めると同時に射界の最大化を図る配置である。そのため他の設計案と比較し、無駄が少ないと考えられている。そのため批判されることは少なかった。
「トップヘビーではないかね?」
日米両国の設計案を見ていた皇帝がつぶやく。
背負い式配置に弱点があるとするのならば砲撃時の爆風の干渉による自艦の損傷とトップヘビーである。前者は設計次第で対応ができた。しかし後者はどうにもならない。砲塔の高さを変えるということは戦艦有数の重量物である砲塔を高いところに配置するということである。これは従来の戦艦と比して横転の可能性が高くなることを意味している。
日本海海戦では最新鋭のボロジノ級戦艦がトップヘビーが原因で転覆、沈没している。皇帝はこの話を海軍関係者から聞いており、それを気にしている。
ロシアが史実においてトップヘビーを極度に気にしていた痕跡は日露戦争後ロシアがはじめて設計したガングード級戦艦に色濃くみられる。ガングート級戦艦の1番艦は1909年6月に工事が始まり、1914年10月に完成している。ガングード級は英、独、伊、米に技術協力を求め国内外27社51種の戦艦の図面を基に設計されている。当然その中には背負い式配置を持つ戦艦も含まれている可能性はあった。当然その配置の利点にも気がついていたであろう。しかし、実際に建造されたガングート級はすべての主砲塔を中心線上に集めたものの、背負い式配置にはされなかった。防御の強化のため窓すら廃止されかかったほどである。これは主砲塔が高所に来るのを避けたのではないだろうか。その点から見てもロシアはトップヘビーに気を使っていたと考えてもよいと考える。
「それについては設計と運用次第です。ボロジノ級の原型であった艦もトップヘビーであったという情報は捕虜から得ています。その艦を原型に設計されたボロジノ級は改良と航海、ウラジオストックにおける備蓄燃料の少なさの対応のために大量に積載された石炭が原因で発生した重量増加の影響を受け装甲版が水線下に来てしまったこととトップヘビーが原因で戦没してしまっています。これらの問題に対しては対応が可能なものも多いです。」
「日本海軍はこれら運用のノウハウについての教育も水兵と将校を鉄道で送ってくだされば行いたいと思っております。」
「うん。ありがとう。日本の艦艇は採用する予定だ。だがその数はまだ決まっていない。貴国の譲歩次第だ。」
「…了解いたしました。本国に問い合わせます。」
アメリカ交渉団宿泊所
「イギリスとイタリアの交渉団が帰国する模様です。」
「交渉は我が国と日本の一騎打ちになりますね。どちらが勝つか負けるかです。」
「だが性能だけでは当然我が国が勝つことになるだろう。だが、ロシアは船以外に何かを求めている。何を求めているのだろうか…。」
日本交渉団宿泊所
「ロシアめ…我が国の設計案を諸外国に!!」
「それはどうでもいい。遠かれ遅かれ伝わることだ。だがそれ以上に譲歩させられる部分が増えそうだな。特に値切りはされそうだ。」
「背に腹は代えられません。我が国の借金は膨大。少しでも儲けなければなりません。」
「やむをえないか…」
宮殿
「日米の2か国に絞られました。どちらがいいでしょうか。」
「性能的にはアメリカのほうがよいでしょうけど…」
「技術の学習にはつながらないな。それに複雑な分、建造のハードルは大きいでしょう。」
「日本は動力の輸出に関して認めておりませんか、どちらにしろ動力はフランス製の輸入品もしくはライセンス生産品を搭載することが条件になっておりますので問題はありません。」
会議は米日の支持派に分かれての論争に移る。
「両国の艦艇を採用してはどうか。」
皇帝は話し合いにひとつの方針を作る。
「確かに…砲はロシア製を搭載する条件ですので運用に問題は生じないでしょうけど…」
「我が国の造船能力は低い。それを補うには多種多様な艦艇を建造する経験が必要ではないかね。」
「…」
皇帝の一言は会議の趨勢を決める。
「両国には1~2隻の戦艦の購入と同数のバルト海艦隊向けの同型艦建造、黒海艦隊向けにそれぞれ2隻の建造を認めさせる。これが方針でよかったか?」
大臣たちはしぶしぶというような表情で首を縦に振った。
結局アメリカは1隻の戦艦を受注、1隻をバルト海、2隻を黒海艦隊の工廠で建造。
日本は2隻の建造、2隻をバルト海、2隻を黒海艦隊の工廠で建造、ロシア軍人への教育を受注することになる。
ロシア サンクトペテルブルク 1906年12月20日
「終わりましたな。これでようやドイツに行ける。」
軍艦の交渉が終わり、外交団はようやく一息つく。
「兄さんの用事は終わったのですか?」
秋山真之は実の兄である好古に声をかける。
「いいや探し人はちょうど留守にしていた。置手紙はおいてきた。」
人はすぐに会える距離でもどこにいるかわかっていてもすれ違うことはある。秋山の探し人は再びすれ違うことになることを彼は知らない。
ロシアは日本から軍艦を購入することになりました。ロシアは日本海海戦の戦訓から転覆に異常に気にした感を建造していますが、改史では転覆の呪縛から逃れられそうです。
次話投稿についてのお詫び
申し訳ありません。上手く次話投稿できてません土日中に対応します。少々お待ちください。手元びにPCがないので今すぐの対応が不可能です。