鬼になった桃太郎
なぜか回りが騒がしい・・・。
ドスのきいた下品な笑い声が頭に響く。あまりにも聞きなれない音に違和感を感じ、ボクは目が覚めた。
「おう!お頭、起きたんですか?酒盛りの時に寝るなんて年取りましたね!ガハハハハハッ!」
「っ!?」絶句した。
なぜか目の前に鬼がいる。鬼は倒したはずじゃなかったのか?鬼ヶ島から鬼に奪われた宝を持ち帰り、ジジ、ババと一緒に楽しく暮らしていなかったか?
ボクは困惑したが、迷いより先に口が動いていた。
「おい!鬼どもっ!村から奪った宝はどうした!?なぜボクにやられたのにここにいるんだ?そこで酒盛りしている食料はどうした?また奪ったのか!?」
鬼たちはキョトンとした顔でボクを見つめる。
そして、暗い洞窟内が振動するくらいの大きな声で豪快な笑い声が響きわたった。
「ガハハハハハッ!お頭ー、どうしたんですか?酔ってますね?「鬼どもっ!」って、ガハハハハハッ!宝って何ですか?よくわからねぇですねー、食料は昨日あんたがオレたちを引きつれて山に行ったじゃないですかー。その横にある金棒に血がついたままだし、ほらー、もう一度飲みなおしましょ?」
ふと視線を右下に落とすと、丸太のように太く、黒くゴツゴツした金棒の先にベッタリと血のりが付いていた。
そして、その金棒を手にとろうとした時、はじめて自分の手を見てボクは固まった。
ゴツゴツした丸太のような太い腕、指の一つ一つは小さい女の子の腕くらい太い、爪は刀のように鋭く尖り、そこにある岩を簡単に砕いたり切り裂いたりできそうだ。
体を撫でてみると胸板は盛り上がり鉄のように固い。口からも尖った牙のようなモノが出ていてどんな生き物も粉々に噛み砕いて飲み込めそうだ。
ボクは、今、鬼になってる・・・
◆考察
現実は飲み込めないが、ボクの身体的状況はわかった。まずはこの宴の勢いに流されながら現状を整理しよう。
まずは記憶
ボクはババに川で拾われた。そして桃から生まれたから桃太郎と名付けられた。そのあと村で育ち、鬼たちが村の宝を奪っていると聞いた。体も大きくなり力もついたので、宝を奪い返すために鬼退治に行こうと決めた。道中いぬ、さる、キジに出会い、ババに作ってもらったきびだんごをあげたら鬼退治についてきてくれた。
そこでみんなで鬼を倒して、宝を返してもらい村に戻った。そして平和が訪れボクは村の人たちと楽しく暮らしていた。
やっぱり間違っていない。ボクは鬼ヶ島に行き鬼を倒して宝を持ち帰った。鬼ヶ島にはもう鬼がいないはずだ。
ただ、一つだけ気になることは、ここがボクの記憶の中にある鬼ヶ島ではないということだ。記憶をたどると鬼たちはこんなに天井が低く、狭い洞窟の中にいたのではなく、もっと広場のように吹き抜けた空間だった。
また、倒したはずであろう鬼たちの数が違う
ボクたちが倒した鬼はせいぜい10匹くらいだった。ここには30匹くらいウジャウジャいる。
状況がわからない、、、
ドカンッ!!
突然、宴の楽しそうな雰囲気を一瞬で覚ますような鈍く、大きな破裂音が響いた。
その瞬間、洞窟の奥から鬼たちの叫び声が聞こえる。
「グェ、誰だお前はっ!」
「ギャッ!」
「グゥゥゥゥ、、」
鈍い鬼たちの断末魔が洞窟内に響き渡る。遠くから犬、サル、、、、あとは鳥だろうか?動物たちのどう猛な鳴き声が聞こえる。
混乱した鬼たちは狭い洞窟内を動き回り、大きな体を揺り動かしながらドスン、ドスンと洞窟の外へ走っていく。
だが、狭い洞窟の中では大きな体は弱点となり、あっという間に出口がつまり鈍い断末魔だけが聞こえてきた。しばらく鬼の怒号と獣の威嚇が響きわたり、やがて静かになった。
ボクはこの先を知っている。
ボクはこれから歩いてくる彼が誰だか知っている。
鬼の体だが、心は冷静で、洞窟の奥からゆっくり歩いてくる人間を目にした。
◆リンク
「桃太郎!?」
鬼の血のりを浴び、真っ赤に染まった青年を見てボクは躊躇せず叫んでいた。
この後、ボクは殺される。
いや、ボクは鬼を殺したのだ。
これから右斜め上から刀を振り下げ、胸から下腹にまで切り裂き、そのまま返し刀で首を切断するつもりだ。
血のりをあびた人間はそのまま静かに小走りしながらいきなり右斜め上から切り込んできた。そしてそれが金棒によって弾かれるとすぐさま返し刀で首元を狙ってきたのだ。
(やっぱりそうだ)
「おい、桃太郎っ!」
血のりをあびた青年は怪訝そうな顔で言った。
「なぜ、ボクの名前を知っている、お前に名など名乗っていないはずだ!このバケモノめ!」
突然、バケモノと言われ、心がズクンと痛くなった。ボクは人間のはず、だが今はバケモノだ。自分の見た目は認識したつもりだったがまだ現実を受け入れられないでいた。しかしこの一言でボクは『鬼』だと強制的に認識させられた気がした。
「まぁ、まて!桃太郎!話を聞けっ!ボクはお前を知っている、何もかも知っているんだっ!」
青年は、まだ無言のまま金棒と刀が混じり合ったつばぜり合いに力を込める。
「犬、サル、キジ、お前たちはきびだんごをもらったんだろう?そして、そのきびだんごは大好きなババに作ってもらったんだろう?お前は桃から産まれたから桃太郎と言うんだろう!?」
ドスのきいた渾身の叫び声が暗く、血なまぐさい洞窟内に鳴り響き、声がこだました。
そして、青年は刀を下ろしボクを見て名乗った。
「そうだ、ボクは桃太郎だ!お前を退治しにきた!なぜすべてを知っている!?誰だお前は!」
血で染まった体とは裏腹に、黒く芯の強い目で鬼のボクを見つめてきた。桃太郎と僕は武器をおろした。
◆交渉
ボクは目が覚めたときのこと、桃太郎だったときの記憶、鬼を退治した話、大好きなじじ、ばばの話など記憶が空になるくらいしゃべり尽くした。
それを桃太郎は黙ってボクを見つめながら聞いていた。それから違和感も話した。洞窟の様子、鬼の数、種類など前の記憶と現在の状況の違いを細かく説明した。そして最後にボクは言った。
「ボクは君だった、いや、桃太郎だったんだ」
しばらく沈黙がおとずれた、一緒にいた犬、サル、キジも桃太郎の近くで黙って聞いていた。
桃太郎は突然立ち、ボクにこう言った。
「鬼よ!ボクと一緒に村へ来い!身はフードで隠してやる。本当にお前が桃太郎だったならジジ、ババをその目で見てみろっ!」
そしてボクは洞窟に溜まっていた宝とともに桃太郎たちと村へ向かった。
◆違和感
村へ帰ると桃太郎は盛大に迎えられた。村人は喜び、歓喜し、子供たちははしゃぎ回りペタペタと桃太郎をさわっていく。荷台にはたくさんの宝を抱え、村をゆっくり歩きながらジジ、ババのいる家へ帰って行った。
「おおーーー!桃太郎っ!よくぞ無事に帰ってきたな!ほら、ばあさんがおいしいオニギリを作っていたぞ、お腹が空いたろう?食べなさい、食べなさい。」
ジジはしわくちゃの顔をさらにしわくちゃにしながら喜んでいた。
「桃太郎や、よく帰ってきてくれたね、ババはうれしいよ。ぎびだんごは足りたかい?おいしかったかい?」
ババは鬼退治よりきびだんごのことが気になるみたいだ。
「ところで桃太郎や、その大きなワラをかぶった人は誰だい?」
ジジが見上げるようにボクを覗いていた。
「ああ、彼は人間じゃないよ、きびだんごをあげたら仲間になって、一緒に鬼を退治してくれたクマさ」
(クマ、、バケモノの次はクマか、まぁ、鬼よりはマシか、、、)
そう桃太郎が言うと、ジジはまた顔をしわくちゃにしながら「ありがとう、ありがとう」と何度もつぶやいていた。ボクはジジ、ババの顔が見れて嬉しかった。ボクが桃太郎だったときに育ててくれたジジとババだ。呼び方も同じ、しわくちゃに笑う顔も同じ、おいしいきびだんごをいつも作ってくれる料理も同じだった。
ただ、同じなのはこれだけだった。
村の人も、まわりの人も、子供たちもみんな知らない顔だった、建物だった。ジジ、ババだけがまったく同じ、それ以外はまったく違う。そしてボクは『鬼』このアンバランスすぎる状況にボクは吐き気がして、そのまま倒れるように寝てしまった。
◆真夜中の届けもの
カチャ、カチャ、ゴトン、ズル、ズルズル、、
何かの金属と、それを引きずる音が静かに響く、何だろう?
ボクは米などを蓄える小さな小屋で目が覚めた。
薄く目を開けてみると、奥の方で誰かがモゾモゾ動いている。よく見てみるとジジだった。
ジジは今日桃太郎が持って帰ってきた宝の中から何やら鎧などを探し荷車に載せていた。1番不思議に感じたのは、ジジがヨボヨボのフラフラではなく、テキパキと、それも青年のように背筋をピンと立て、荷物をまとめていた。
そして、しばらく見ているとジジは鎧などが詰まった荷車を軽々引きながら外へ出て行った。
ボクはすぐに起き、家にいる桃太郎を起こしジジを追うことにした。
ジジを静かに追いながらボクの感じた違和感をすべて桃太郎に話した。半信半疑に聞いていたと思うが、桃太郎は否定せず、ただうなずいていた。山奥に向かうジジをしばらくつけていくと、ある小高い丘の上で止まった。
すると、突然真っ暗な空が「ピカッ」と光り、まるで太陽のような眩い閃光が降り注ぎジジの荷台を覆った。ボクにはジジが誰かに連れ去られたのかと思った。
眩しい光で目を開けるのも厳しい中、同じように光の中に包まれるジジを見て木陰から桃太郎が勢いよく飛び出した。
「ジジーーーっ!!!」
と、叫びながら光の方へ走り寄ると、今まで輝いていた光の帯は収束し、消えた。また暗い夜空に戻り、今度はボゥっと荷台の上空に人らしきモノが浮かんでいる。そう認識した刹那、浮かんでいる人の手元がキラッと光った瞬間、桃太郎は光の輪でグルグル巻きに拘束され、その場に倒れた。
「ぐぅ・・・、ジジ・・、」
光の縛りがキツイのか、悶絶するような声でつぶやいていた。
上空に浮かんでいた人は、ふわりと地面に降りた。目を凝らしてみると背が高く、髪はない。目の付近には細く、シャープな鎧のようなモノがハマっている。目は見えない。口元はマスクのようなもので覆われており口元も見えない。体は真っ黒いマントで覆われており、風になびくヒラヒラとした動きが今でも少し浮いているようにも見えた。
「おい、これはどういうことだ?」
その黒マントは静かに足音も立てずジジに近づき言った。
「はい、申し訳ありません。どうやら付いてきてしまったようです。桃太郎のチップは消去しますのでご安心ください」
背筋をピンと立て、見た目は老人だが若い青年のような力強い立ち振る舞いをするジジの姿にボクは目を疑った。その驚きは桃太郎も同じだった。
ジジと黒マントに見下ろされ、光の輪に包まりながら地面をゾリゾリと這いつくばる。そして真っ黒く芯の強い眼差しで2人に問う。
「ジジ、どうしたんだ?お前っ!ジジに何をしたっ!」
2人は目だけで意思疎通して、ジジは小さくうなずいた。そして頭の中に直接突き刺さるような鋭い声で黒マントは話し始めた。
「桃太郎。お前は今から死ぬ」
黒マントから思いもよらない言葉を投げかけられ、真っ黒な黒目の瞳孔が一回り大きく広がった。
「いや、死ぬというのは間違いだった。もう一度物語をやり直してもらおう」
冷たい視線で桃太郎を見下しながら話を続ける。
「我々は遠い先の時代から来た、物語カンパニーという組織だ。この物語は我々によって作られたものだ。ジジもババも人間そっくりの作り物だ。この物語の中で決まった動きをするように仕込まれてある」
黒マントはスーッと桃太郎のまわりをゆっくり徘徊しながら話を続ける。
「この時代には我々にとって、とても貴重な鉱物が多く残されている。ただ、原石が必要なのではなくこの時代の技術や資源で武具や武器に加工され鍛えられた物のみ価値がある」
「桃太郎、お前はジジ、ババに育てられ、村で生活し来る日も来る日も鬼の話を聞かされなかったか?鬼が村を襲い食料や財産を奪う話だ」
桃太郎は記憶を回想すると、食事の時、遊んでいる時、大人と話す時、誰もが鬼の愚行を口にしていたことを思い出した。
「桃太郎、お前は実際に鬼の愚行を目にしたことがあるのか?なぜお前は鬼ヶ島に行って鬼退治をしに行こうと思ったんだ?村の人たちはそんなに厳しい暮らしをしていたのか?子供たちも元気に育ってたのではないか?現にお前がそうだろう?」
桃太郎はずっと黒マントを睨んでいたが、一度視線をそらし、少し考えたあとキッと睨み直した。
黒マントはその睨みを飲み込むようにこう言い放った。
「鬼はお前たちに悪さをしていない」
木陰で聞いていたボクは一瞬耳を疑った。何もやってない?だったらあの血がついた金棒は?宴の食料は?大量に隠されていた武器や武具は?あれはいったいどうしたんだ!?
そんなボクの疑問を振り払うように黒マントは話を進める。
「鬼たちは武器や鎧を作るための労働力にすぎない。鬼も我々が作り出し、人並みならぬ力を与えている。そのパワーは武器を大量に生み出すために都合がいいのだ。奴らはただ、モノを作っているだけだ」
「じゃあ、なぜボクは鬼を退治しに行ったんだ!?悪いことをしていないなら倒す必要なんてないじゃないかっ!」
桃太郎の苦しそうな叫び声が闇夜に消える。
「ああ、そうだ、善悪で言うなら倒す必要はないだろう。お前が鬼を倒すようにインプットされているのはただの鬼の入れ替えだ」
「鬼の入れ替え・・・?」
理解に苦しむ桃太郎が黒マントの言葉を小さな声で繰り返した。
「鬼たちはパワーを上げている分、一つ欠陥がある。それはどんどん動きが悪くなる。作りたての鬼は精力的に働く。武器が製造される頻度も質も良い。ただ、数年経つとその動きが著しく落ちる。ちょうど子供が青年になるくらいの時間だ。だからただの『肉』に戻すためにお前がいるのだ」
黒マントは夜空を見上げながら話を続ける。
「物語は良い。人間たちが何一つ疑いなく動く。村人の中に数名鬼の愚行を語るものを忍ばせ、その噂を徐々に広げる。噂は誇張され、同情を生み、多くの人が鬼を見たこともない、略奪されたことがないにもかかわらず伝わっていく。次第に何が真実かわからなくなり、言い伝えのように何年も何年も人々に話し継がれていく。人間は扱いやすい。目で見て確かめてもいないのに、『誰かの言葉』『声が大きい人の言葉』を信用して自分ごとのように話す。だから物語の一つとしてコントロールし、最大限に活用してやっている。奴らは我々にとってただの道具でしかない」
どんどん饒舌になる黒マントとは裏腹にボクは奴の言葉を一生懸命理解しようと何度も言葉を復唱した。おそらく地べたでもがくことをやめた桃太郎も同じように混乱し、考えているのだろう。
黒マントは突然直立するジジの方を向いた。
「こいつらはすべて物語の登場人物だ。犬、さる、キジもそうだ。鬼ヶ島に行く途中、お前を監視し、鬼退治をやめないよう鬼の悪さを側で話し、怒りを助長させるための道具だ。そうすればお前は鬼ヶ島に到着次第、無言で怒りのまま、鬼の言葉を聞くことなく倒すだろうとわかっていたからだ。速やかに古くなった労働力を掃除し、鬼にとられたと勘違いしてくれる武器をすぐ村に持って帰ってきてくれるだろうからな」
桃太郎は黒マントを睨むことをやめ、地面に顔を押し付けたままボゥと黒マントの足元を見つめていた。彼はもう光の輪から逃れようともがいていなかった。
黒マントはジジの後ろに立ち、首のうなじに手をかざした。すると音もなく細い棒のようなものが抜き出され、直立していたジジは急にカクンと膝をおり吊るされていない人形のように脱力して地面に崩れ落ちた。
「ジジッ!!ジジッ!」
混乱の中、桃太郎は自分の目の前に崩れ落ちたジジの顔を見つめ叫んだ。ただ、ジジは死んだ人間のようにピクリとも動かなかった。
「こいつはこの村での役目が終わった。いらない記憶だけ消し、別の村でまた物語の登場人物になってもらう」
「記憶を消す?登場人物?」
桃太郎は虚ろな目で黒マントを見上げている。
「そうだ、我々は物語カンパニー。各地で鬼を配置し、村へお前を発見し育てるための老夫婦を派遣する。そして桃太郎、お前は生体工場から桃に詰められ決まった時期に川から流されていく仕組みだ。お前たちにはシナリオどおりに動くためのパターンが頭の中に書き込まれ、何度も何度もリセットされ効率よく物語を演じてくれる・・・。滑稽だろう?」
「くぅっ!なぜそんな・・ボクは造られた?わからない・・何のために!?何なんだ!お前は!」
桃太郎は悔しそうに言葉を吐き捨てる。
今、鬼のボクもそうだ。鬼は武器を生産するためだけに存在する?数年経てば消去される?なぜボクは桃太郎の記憶がある?ボクは、ボクは・・いったい何者なんだ?頭の中がグルグル回想し、混乱の最中、黒マントが話を続ける。
「何のために?そんなの簡単なことだ、この時代の資源を効率よく、手を汚さず楽しみながら得られるからだ。人間は物語が好きと言ったが、我々も大好きだ。シナリオどおりに設定しても少しズレることもある、想定どおりいかない時もある。我々はそんな物語が展開されるプロセスを楽しんでいるだけだ」
黒マントは夜空の月を見ながら小さく呟いた。
「さぁ、桃太郎物語もそろそろおしまいにしようか」
そう言うと、桃太郎の体はふわりと浮かび、黒マントの手元まで引き寄せられた。そしてジジの時と同じように黒マントは桃太郎の首元に手をかざしジジの時と同じように細い棒なようなものを抜き取った。
桃太郎は光の輪を解かれ、人形のように崩れ落ちた。ほんの少し前まで悔しさで表情を引きつらせ叫んでいた威勢の面影は一切感じさせず、あまりにあっけなく、静寂だけが残った。
そして、また空に向かって激しい光柱が上りたち、そこにあったすべてが一瞬で消え去った。荷台も、ジジも、桃太郎も、黒マントも消え何もなくなった。
真っ暗な夜空に光る月だけが何も変わらずボクを照らしていた。
◆決意
村に戻るとババはいなかった。
いや、回収されたという方が正しいだろう。釜の中には研ぎかけのお米が残ったままだった。
ほんの少し前の出来事が夢を見ていたようにぼんやりしている。しかし現実逃避したくてもボクの体は鬼のままだ。
ジジやババと過ごした記憶はしっかり残っている。背が伸びるたびに刻まれた柱のキズがとても懐かしい。これもすべて物語の一つだったのか・・・。この悲劇が全国で繰り返される・・・。人に悪いことをしていない鬼がボクに何匹も殺されていく。そんな理不尽があっていいのか?ボクの心が鬼に宿ったのは・・・運命なのか?あいつこそ本当の鬼なんじゃないのか?
「ジジ、ババ、桃太郎、鬼たち・・・、ボクはこんな悲しい物語が許せない!この物語をボクが終わらせる!本当の鬼を・・・倒す!」
鬼は静かな声の中に怒気を込め言葉を吐き出し、ポタポタと血が滴るほど拳を握りしめていた。
ボクの本当の鬼退治が、今、始まる。