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Knight of Story  作者: 高奈
第1章 旅立ち
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第8話

アンが目を覚ましたのと同時刻、アンドレイアー王国の城下町。レストラン、宿泊施設、武具屋、多くの店が軒を連ねるメインストリート。まだ朝早く道路を歩いているのは雀程度だ。コツコツと窓をノックする雀のくちばしは、日が昇るにつれ賑わっていくであろう通りの裏側に向いていた。


「……今日か。」


布団の上で伸びをするジャンティーは、アンドレイアー王国宮殿を訪れた時と同じような心境だった。今日、これからアンスロポス帝国の城に向かい、また同じ説明をしなければならない。そして、認められれば世界を救う旅に出なければならないのだ。正直に言うと、勇者という称号は嬉しかった。アンのように自分を信じてくれる人物に出会えたことも大きく、この家を出る前とは違い幾分かは自信を持てるようになった。しかし、誰もが囁くように自分はまだ幼い。武術も護身程度しか心得ていないし、アンやこの後合流するアンの友人のように帝国軍に所属し国を守護してきたわけではない。彼女らが守ってくれるとは言えそれにいつまでも甘えていては、世界を救うなど夢のまた夢だ。アン曰く、旅をしながら指導をしてくれるとの事だったが、まず「攻撃をする」という感覚がわからない。おそらく基本的な武器は扱いやすい片手剣になるだろうが、その場合「斬る」という手応えを感じる事になる。きっと嫌なものだろう。魔物といえど生きているのだ。その命を刈り取る瞬間、命の重みと責任は全て自分の手に降りかかってくるのだ。

それが、ジャンティーの最大の不安だった。きっと勇者は幾千もの魔物を倒し、その命を終わらせる。そしてもしかしたら、同じ人間でも目の前で救えない命を見てしまうかもしれない。それは世界を救えていない自分の責任になるのだ。どうにも自分には荷が重く、逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。例え多くの仲間が手助けしてくれたとしても、最後に決着を付けなければいけないのは自分なのだ。全て…この手で決断しなければ…。


「…ジャン?もう起きてるかしら?朝食ができたわよ。」


ハッとすると、聞こえてきたのは母親の声だった。ジャンティーに負けず劣らずな不安そうな声音だ。先日、王国の宮殿に送り出してくれた際も、同じように不安そうだった。あの時は両親も自信がなく願わくば追い返され過酷な運命を辿る事がないよう祈っていたようだ。しかしジャンティーは見事勇者である事を証明した。帝国の城に招待され、本格的に旅に出るという話を持ち帰ってきた。ジャンティーの両親も、やはりアンの両親と同じように息子の旅立ちを心配していた。もとより王国に旅立つ際に何度も説得した内容をジャンティーは話さなかった。両親がなんと言おうとも、「これが僕の責任だ」と力強い瞳で訴えるばかり。両親もついには諦めてこうして旅立ちの日の当日を迎えたわけであった。


「うん、今行くよ…。」


ジャンティーの返事が聞こえたのだろう、母親が部屋の前から居なくなった気配を感じ取るとジャンティーは鏡を見た。何度両親を説得しようとも、自分の中の不安が消える事はなかった。現に今も果てしなく顔色の悪い少年がこちらを見ている。ギュッと拳を作り、手汗すらも冷たく感じた。しかし、ひとつ大きく息を吸い込むと、思い出されるのは優しく手を握り「大丈夫」だと語りかけてくれた彼女の顔だ。温かい陽だまりのような黄色い瞳で、ジャンティーを真っ直ぐに見つめて励ましてくれた。握られたあの手は女性の柔らかいそれであったのに、軍人である事が嫌でも感じられるほどにタコやマメだらけで少し武骨だった。彼女が自分の何を見て信じてくれたのかは理解できなかった。王族でない彼女は、背中の傷跡の事は知らなかったようであるので余計にだ。時間のある時に聞いてみようかとも思うが、落ち着いた今はそれよりも出発の準備をしなければならない。どうやら、きちんと皇帝に認められれば何かしらの支援をしてもらえるらしいので、必要最低限の荷物を昨日の晩から準備していた。あとは、アンから渡されていた普段着の下に着用するらしいチェイン・メイルをもらった。士官学校を卒業したばかりの新人騎士に対し支給されるものを特別に譲ってもらった。初めて着用するそれは、想像していたよりも軽く楽に着る事ができた。カチャカチャと慣れない手付きでようやくチェイン・メイルを着ると、より気持ちが引き締まるようだった。そして、いつもの着慣れた旅着を上から着用し、もう一度鏡を見た。


「……ふぅ。そろそろ朝ごはんを食べないと、アンさんが来てしまうな。」


未だ不安は拭えないが、いい加減自身の心も定めなければならない。覚悟というよりかは諦めに近い気持ちで、ジャンティーは自分の部屋を後にした。ここに戻ってくるのも、どれくらい後になるかは全く予想ができない。もしかしたら、何十年も後になるかもしれないと思うとやはり足は竦んでしまうのだった。


「いただきます。」


朝の食卓に並んだのは、ジャンティーが好きなものばかりだった。自家製のヨーグルトに、ふわふわのスクランブルエッグ、新鮮な彩り野菜のサラダと厚切りのベーコン。そして何よりも、ホカホカと湯気を上らせているコーンスープはジャンティーが昔から大好きで、何かある度に作ってくれとせがんでいた母親の味だった。その母親の優しさにますますこの家を出る勇気がなくなっていく。しかしそれと同時に、この温かいコーンスープをまた笑顔で飲むためにも、自分がなんとかしなければならないと、滑らかなスープが喉を通過する少しの痛みと共にようやく本当の覚悟が決まった。


「ごちそうさまでした。」

「……ジャンティー、本当に気を付けてね。お母さんは、やっぱり心配で心配で…。でも、貴方が決めた事だし、天使様から使命を授かったのであれば全うしなきゃだし…」

「母さん、それくらいにしてやれ。ジャン、お前も男だ。俺の息子だ。もう何も言うつもりはない。頑張ってきなさい。」


ジャンティーが立ち上がろうとすると、母親は涙ながらに訴えてきた。しかしそれを制した父親が、ギュッとジャンティーの手を握りながら励ましてやる。やはり世界のためではなく、他でもないこの両親のために世界を救うのだという気持ちになった。


「うん。父さん、母さん。僕、頑張るよ。そして必ず帰ってくる。だから、お土産楽しみにしててね!」


精一杯笑ってみせたが、果たして上手く笑顔を作れていただろうか。きっと不安な気持ちはバレてしまったかもしれない。先日アンが見せたような、誰かを安心させる表情を真似てみたが、両親に強く強く抱きしめられてお互いに顔を確認する事はできなかった。

スゥと家でよく使っている柔軟剤の香りを嗅いで、家族の温もりを直に感じているジャンティーにとうとうこの音が聞こえてしまった。コンコンと玄関をノックする音だ。


「おはようございます。ジャンティー・ヴァリエンテさんはご在宅ですか?」


アンの優しい声が玄関の外から聞こえてきた。その声を聞いた母親の身体は強張っていたが、ジャンティーから体を離しそっと母親を安心させるとアンに返事を返し玄関の扉を開けた。


「おはようございます、アンさん。」

「やあ、勇者サマ。準備は万端のようだね。申し訳ないけど、そろそろ時間だから迎えに来たよ。」

「はい、大丈夫です。行きましょうか。」

「うん。」


アンが「勇者サマ」とジャンティーを呼ぶと、ジャンティーの両親は苦い表情をしたがアンドレイアー王国の支援部隊隊長であるアンの事はもちろん存じているため迎えに来た者を見て安心したようだった。ジャンティーからは、今後一緒に旅をしてくれる仲間が迎えに来てくれると聞いていたからだ。


「アン・カエルム隊長。どうか、ジャンティーを…息子をよろしくお願い致します。」

「無事に…この子の笑顔が見れれば私達はそれで…!」

「おい!いい加減に…!」

「ジャンティーのお母様、お父様。ご安心ください。」


再度言い争いを始めそうになった両親に慌てていたジャンティーは、アンの声にハッとした。またあの誰もを安心させるような笑顔と自信に満ちた瞳だ。優しい声音は、そっと耳を掠めてゆっくりと心に沁みていく。アンが口にする事は、なぜか信用できた。嘘ではないと根拠もなく信じられた。だからこそ、ジャンティーは自分すら信用できなかった勇者という立場を、覚悟の上で引き受けたのかもしれない。そしてアンが自分を信用してくれたのも、きっとジャンティーの中にアンと同じようなものを感じたのだろうと思った。


「アンスロポス帝国軍、アンドレイアー王国陸軍支援部隊隊長アン・カエルム。この命に代えても、ジャンティー・ヴァリエンテ殿を守護し、お2人と必ず再会させる事を勇者様に誓います。」


ジャンティーはアンと共に歩き出した。後ろで母親が手を振っているのに1度だけ返して後は振り返らなかった。

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