第5話
アンは震えた。比喩表現などではなく、実際に鳥肌が立ち、身震いした。ジャンティーのその瞳は何か不思議な力を感じるものであり、不安そうな表情をしていながらもどこか信頼に足る力強い意志のようなものを秘めていた。ゾクゾクと沸騰した血液が足の裏から脳天まで昇っていくような高ぶりがアンの身体を撫で、興奮でにやけてしまうのを抑えなければならなかった。
「貴方が…勇者様…?」
「勇者…なのかは正直自信がありません。でも天使様からお言葉をいただいたのは本当です。ちゃんと背中にも傷があります…!」
おどおどとしながらも親から渡されたであろう剣の柄を握りしめ、真っ直ぐにアンを見つめている。この表情だけで信じてしまいそうになるが、王族には確固たる証拠について伝わっているそうなので、やはりここは確認を急ぐべきか…。
「我々もキミを信じたいのは山々なんだが…」
「えぇ…私達はあまり聞かされていなくてね。確認のしようがないの。ごめんなさいね。」
先に来ていたジェルドとサキは難しい顔をしたまま唸っていた。アンの後にファイネルというもう1人の支援部隊隊長が合流し、隊長格が勢揃いしてもアンはひたすらにジャンティーを見つめていた。
まだ幼さの残る顔つきに優しい栗色の髪が揺れている。マッシュヘアで前髪があるからだろうか、幼さを強調しているように見える。先ほどから魅了されている瞳は深い緑で、夏の草原を思わせた。瞳と同じ色の衣装を身に纏い、ソファの彼の横には持参したであろうポーチが置かれている。窮屈そうに膨れているそれは、おそらく長旅を予想して持たされたのだろう食事や衣類などが入っていると予想される。
隊長達の会議をさらに不安そうに見つめるジャンティーは、用意された紅茶で喉を潤していたが、コップを持つ手は明らかに震えていた。
「……私が、連れて行く。」
思わず出た声に、驚いたのは3人の隊長だけでなく、アンも同様だった。そして、次ははっきりと意思を持ちながら、3人に向かって言葉を紡いだ。
「は?」
「どういう事だい、アン隊長。」
「私が陛下の元に連れて行く。この子に関する一切の責任を取るよ。」
グッと力を込めた拳は、周囲の人間にまでギュウッという音が聞こえるほど強かった。訝しげに聞いている3人だけでなく、ジャンティーすらもそのように言い切ったアンを不思議に思っているようだった。何を根拠にそんな事を…?この部屋にいる全員から同じような意図を含んだ視線を浴びているのを感じながら、アンはさらに続けた。
「私達は勇者の伝説についてほとんど何も知らない。お伽噺だと思って信じてなかった節もある。だからやっぱり、国王陛下や皇帝閣下に直接お伺いするしかないよ。もちろん、私達全員が安全を確信した訳じゃない人物を陛下の御前に拝送するのは、タブーかもしれないけど…私はこの子を信じる。だから、もしこの子が嘘をついているんだとしたら、見抜けなかった私の責任にしてくれて構わない。私はこの子の…ジャンティーの瞳を信じる。」
ジャンティーは、キョトンとアンを見つめていた。そんなジャンティーに、安心させるように笑顔を向けたアンは、そのままジャンティーの座っているソファに近付きスッと跪いた。そしてもう1度、今度は大輪の花のように歯を見せてニッコリ笑うとジャンティーの手を取り、優しく握りしめた。その手は冷たく、かなり緊張していたことが伺えた。
「ふふっ、そんなに心配しなくても大丈夫!私がキミの事ちゃんと守ってあげるからね、勇者サマ!」
アンの笑顔を見たジャンティーはぎこちないが笑顔を返した。その手は少しだけ温もりを取り戻していた。