第4話
帝国を含めた4国にはそれぞれ1人軍団長がいる。帝国以外の3国は実質その軍団長が軍の最高指揮官となっており、先述のような戦争などの重大な状況の場合は、軍団長から総督に報告が入り伺いを立てる。その他軍団長の下に陸軍・海軍の師団長が1人ずつ、同様にその下に2つの軍の軍師が1人ずつ配属されている。実質この5人が近衛騎士となり、常に国王や皇帝の側仕えとして従事している。そして、軍師の下に参謀が1人ずつ、その下に部隊長が2人ずつ配属する形で帝国軍は形成されている。
そんな中、エーギルが各国の参謀ではなく幼馴染と議論するのには訳があった。まず、連携が取りやすいという点。これは言わずもがな、幼い頃から2人と過ごしてきた経験から、議論がスムーズに進むからだ。次に、3国はそれぞれ軍にも国の特色が大いに反映されており、3人がそれを体現しているという点である。「力の国ズィナミ」では猛進し攻撃は最大の防御と言わんばかりの戦闘を繰り広げている。その中でも攻撃部隊長であるアリグナクは軍の要だ。「知恵のソフィア」では主に作戦を練りそれに従って戦闘を有利に進めるようにしている。エーギルはその参謀であるため、魔物討伐の際の指揮はほぼ全て担当しているのだ。「勇気のアンドレイアー」では地形を利用したり連携攻撃を得意とする戦闘を行っている。アンはその中の支援部隊隊長でありながら狩りで鍛えた弓の腕は一級品で、攻撃部隊は彼女の支援あってこその編成となっており、もう1人の支援部隊長はほぼ物資補給班となってしまっている状況だ。
あれから3人は十分議論した後解散した。それぞれが重要な役職に就いているため、昔のように3人が集まって酒を飲み、思い出や未来への希望を語る機会はだいぶ減ってしまった。アンはそれを少し寂しく感じながらも、自身の出身地であるアンドレイアーを含めたアンスロポス帝国の平和を維持するのに一役買っていると思うと、やはり誇らしかった。勤務時間が終了すればすぐに寄宿舎に戻り、食事とシャワーの後はその日の報告書を書いて就寝する。最近はずっと同じ毎日だが、今日久しぶりにエーギルとアリグナクに会えた事は嬉しかった。彼等も相変わらずで安心したし、喧嘩するやり取りも懐かしかった。今は、上司に逆らう事はほぼ無いし部下も文句を言いつつも、アンを信用しているため口論になる事はない。同じ立場の隊長達も次々と功績を残していくアンに対して特に何かを言ってくることはなかった。内心ではよく思っていないかもしれないが、アンがなるべく内輪争いをしないようにと、敢えて書類作業をサボり同期からも叱られる口実を作る事で、コミュニケーションの機会を作り、アンにも不得意なところがありそれを補ってくれているのだという仲間意識を強めさせているおかげで今のところは良い関係を築けているはずだ。
「はぁ…実家に帰るのと、ニックとギルと話すのは私の心の安定剤かな。また昔みたいに定期的に食事にでも行ければいいんだけど…。2人とも私より忙しいみたいだしなぁ。」
ため息をつきながら報告書を書き終えたアンは、既に寝間着に着替えていたのですぐにベッドに潜り込んだ。時刻は丑二つ時。少し夜更かししてしまった。朝が早い彼女は正子を過ぎる前に寝るようにしていたが、今日は思い出に浸っていたこともあり思ったより時間を取られていたようだった。
ゆっくりと瞼を閉じて明日に思いを馳せた。魔物が増えてきた事はきっと何かの予兆だという3人の見解は一致した。悪い事が起こるにせよ良い事が起こるにせよ、もう少し平和な今のままの生活が続く事祈るしかない。神はこの世界を見放したという。であれば誰に祈りを捧げれば良いのかわからないが、アンはいずれ現れるとされている勇者に祈る事にした。
ドンドンドンッ!!
ちょうど日が昇り始め世間が活動し始めた頃、アンは微睡みから強制的に浮上させられた。ドアを力強く叩かれる音はまだ響いている。
「アン隊長!お休み中に申し訳ありません!!至急ご足労願います!」
まだ覚醒しきれない頭でもぞもぞとベッドから起き上がりドアノブをひねる。そしてドアを叩き続けていた部下は突然開かれたドアに驚き振り上げた手をそのままに固まってしまった。
「何…?私、今日は午後からなんだけど…」
「あ、た、隊長!すみません、先ほど門兵から連絡が入り、『勇者』を名乗る者が城を訪れたと…!」
部下の言葉を聞いたアンは、数秒間固まった。彼が何を言っているのか理解できなかった。部下も部下で、アンが固まる理由はわかっているようでそわそわと理解を待っているようだった。
「は?勇者?って、あの伝説の…?」
「そのようです…天使様から啓示を受けて馳せ参じたと…。証拠もあるとの事でしたが我々ではそれを見せられても判別できず…」
あたふたとその時の状況を説明しながら、自分の中でも整理しようとしている部下だったが要領を得ない物言いだった。しびれを切らした部下本人がとうとうアンの腕を引いて勇者を待たせているという応接室に連れて行こうとした時、ようやくアンの中でも状況が掴めてきた。
「ちょ、ちょっと待ってよ!これ寝間着だから着替える時間くらいちょうだい!」
「あ、失礼しました…では先に行ってお待ちしてますね。」
「いや、門兵からの連絡を受けた状況をもう少し聞きたいから待っててもらえる?」
「承知しました!」
ビシッと敬礼をした部下を廊下で待たせアンは自室に戻り、すぐさま手近な服に着替えた。チェイン・メイルは普段着よりも着るのに時間がかかってしまうため急を要する今はこちらの方が良いと判断した。着替えながらアンは思いを巡らす。昨晩、確かに勇者に平和をと祈りはしたが、まさか本人が赴くとは思っていなかった。そもそも、勇者が存在する事すら信じていなかった。伽話の中だけの存在だと思っていたが、今こうして実際に話を聞くと会う事に些かの興奮を覚える。確かに、今年は勇者が4種族の長を訪ねるだろうとされている年であるとどこかで聞いた事がある。貴族たちが当時いるかもわからない勇者を称えようと何度も宴を開いていた事を思い出した。何度も護衛の任に就かされうんざりしていた記憶もあるが、今はそれどころではない。
「お待たせ。じゃあ行きながら詳しく聞こうか。」
「はい。勤務中であったジェルド隊長、サキ隊長は既にお集りです。あとファイネル隊長は別の者が呼びに行っております。」
「なるほど。2人はなんて?」
「やはり国王陛下に謁見していただくのが妥当かと…」
「だろうね…」
アンは早足で応接室に向かいながら同じように素早く頭を回転させた。一般人では詳細な内容を知ることが許されていない伝承であるが故に、やはり王族に確認を取るほか真の勇者である事を確かめる方法はないように思えるが。とにかく本人を見るまでにはなんとも言えない。
ようやく辿り着いた応接室の付近は人が集まっていた。部下達も勇者が気になるのであろう。気持ちはわかるが持ち場を離れるのは感心しない。アンは野次馬を一喝し、応接室の扉を開いた。
「あ、えっと、偉い方でしょうか…?僕、ジャンティー・ヴァリエンテと申します…天使様に言われてここに来ました…。」
まだ表情に幼さが残る青年が力強い瞳を携えてそこにいた。
今回は最初の方説明文ばかりで読みにくくなってしまったかもしれないです…申し訳ない。
誤字脱字やご感想など、お気軽に書き込んでください。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。まだまだ続きます。