第2話
「あ゛っ!隊長!!どこ行ってたんですか!探したんですよ!!」
アンが王宮に戻ると、一目散に駆けつけてくる青年がいた。この青年もアンが隊長を務める支援部隊の隊員である。支援部隊の隊員はアンの自由奔放な行動に振り回されており、1日に誰か1人は必ずと言って良いほど彼女を探し回っていた。しかし、こと戦闘においてアンの指揮は的確で、彼女に命を救われた隊員も少なくない。だからこそ、面倒ではあるがアンを探し回ったり、少しのワガママであれば叶えてあげようと奮闘するのだ。もはや、隊員というより世話係に近い者もいるが。それでも、部隊の垣根を越えて、アンは多くの隊員達に慕われている。
「何その声。すごい声出たね。で?何の用?」
「誰のせいで変な声出したと思ってるんですか!まったくもう…。あぁで、アリグナク隊長がお見えですよ。アン隊長にご相談があるみたいです。」
「ニックが?わかった。どこにいるの?」
「隊長の執務室でお待ちです。」
「ん。ありがとう。」
アンは、青年に礼を言うと自身の執務室に向けて歩を進めた。アリグナクが直々に自分を訪ねて来るとは。何か緊急事態でもあったのだろうか。そう不思議に思いながら、アンはなるべく早足で向かっていた。
アリグナク隊長とは、アンスロポス帝国を形成する国の1つであるズィナミ王国の攻撃部隊の隊長であるアリグナク・ボーデンの事である。アンとは幼い頃からの友人で、士官学校も共に卒業した戦友である。金色の獅子のような短い髪は彼の力強さを物語る1つの要因となっていた。オールバックの前髪が強調する茶色い眼光は、敵を鋭く射抜き怯ませる、などとよく持て囃されたものだった。彼は、その巨体を活かした超攻撃型で重厚な鎧兜ですら軽々と装備してしまうため、その攻撃力と防御力は群を抜いている。ただし、あまり戦略を練る事は得意ではないようなので、猪突猛進というべきか。攻撃か防御の2択で、ほぼ全ての魔物を制圧してしまうのだから凄まじい。
コンコン。執務室に到着したアンはひとまず思考を止め、ドアをノックした。中から返事が返ってくるとドアノブに手をかけ、その扉を開いた。
「や、ニック。待たせてごめん。」
「いや、こちらこそ急に押しかけてすまなかった。事前に連絡を入れられれば良かったのだが…」
「別に、気にしてないよ。そっちだって忙しいじゃん。ズィナミ攻撃部隊長さん。」
アン自身も隊長と言う立場上、忙しさに変わりはなく、むしろ支援部隊である彼女の方が、こなさなければいけない書類整理などで忙しいはずなのだが。本来、狩りや農業で育ってきた彼女はデスクワークなど部屋に籠って仕事をする事は大の苦手だった。
アンの入室と共に立ち上がっていたアリグナクをもう一度ソファに座らせると、自身はアリグナクと机を挟んだ向かい側のソファに腰を下ろした。タイミング良く運ばれてきた紅茶を手に取り口元へ運ぶ。優しい香りがアンの鼻腔をくすぐった。今日お茶を入れた隊員は腕が良い。
「む…お前にそれを言われると素直に喜べないが、まぁいい。今日は、先日の3国合同演習で話題に挙がっていた武具の新調についてなのだが…」
「あぁ、あれね。ちょっと待ってて。」
アンはアリグナクに紅茶とお茶菓子を勧めソファで待たせると、自身の作業机の引き出しから何やら資料を取り出した。ファイリングされたところから、2枚抜き取るとバサッとアリグナクの目の前に広げた。そしてある1項目を指でトントンと指示した。その表情は幾分か険しい。
「まず、ズィナミは使い方が荒すぎ。ほら、アンドレイアーとソフィアの平均交換回数と比べると一目瞭然でしょ?まぁ、攻撃部隊の戦力は絶大だから、いろんな所に派遣されて、使う頻度も1番多いんだろうけど。だからこそ、ちゃんと手入れしなきゃ。」
「あぁ、その事についてはこちらでも議論に挙がっていた。支援部隊の方に伝えておく。我々も己の装備品はきちんと手入れできるようにさせておこう。」
「そうね。あと、新しい武具を作るのもいいけど、装飾品で底上げしてみるのはどう?最近うちの軍で取り入れてるんだけど、アンドレイアーの加工技師にお願いして腕輪とか首飾りとかを作ってもらうんだ。そこへソフィアの魔術師に頼んで力を付与してもらうの。攻撃力アップとか、防御力アップとか。防具とかに比べて小さくて軽いし、戦闘ごとにすぐ着脱できるから重宝してる。」
アンは胸元から鎖を引っ張り出すと、アリグナクに首飾りを見せた。それは美しいイエローに輝いており、周りの装飾は華美過ぎず戦闘中に邪魔になるようなものではなかった。しかし、普段身に付けていてもなんら遜色ないものであった。イエローはアンの明るい性格を表しているようで、不思議とアリグナクの目線を吸い寄せた。キラキラと輝き、生命力に満ち溢れているその首飾りは、どことなく夕日を思い浮かばせ儚くも見えた。
「ちょっと、いい加減胸元ばっかり見るのやめてくれない?スケベ。」
「なっ!?お前がその首飾りを見せたからだろう!!だいたい、俺はもっと大きい方が好みだ!!」
「ちょっと!失礼すぎない!?私は鍛えてるから胸にも筋肉がついて脂肪はついてないだけだもん!!!あーもう、協力してやんない!」
「お前から侮辱してきたんだろう!!」
ダンッとお互いに机を叩き、額を擦り付けそうな距離でいがみ合う。アンもアリグナクも短気であるためちょっとした事でこのような喧嘩に発展する事はしばしばあった。時にはどちらが先に食事を食べ終えたか、どちらが多く魔物を倒したかなどで競い合い、多くの場合において互角であったため喧嘩に発展してしまうのである。しかし、それはお互いに認め合っているからこそであり、その点は周囲も理解していた。しかし、なかなか2人の言い合いは終わらない。そのような時は決まってある人物が仲裁に入るのだ。
コンコン…
「だいたいね、ニックはいつもデリカシーが欠けてるのよ!訓練ばっかりして頭の中まで筋肉で出来てるんじゃないの!?」
「そう言うお前こそ、いつもいつもフラフラと…真面目に仕事をしたらどうだ!部下にも迷惑をかけて恥ずかしいと思わないのか!」
コンコン…
「ちゃんと仕事してるわよ!重要なものほどさっさと終わらせるし、効率よくやってんの!そっちこそ、訓練ばっかりさせて部下達をちゃんと休ませてあげてるのかしらねぇ!?」
「我々はきちんと分担して仕事をしている!俺だって、書類仕事は当たり前にするぞ!!それに十分な休息は与えている!」
「おい、お前達、デカい声が外まで響いているぞ…」
ついにアンとアリグナクの他に第三者の声が部屋に響いた。同時に驚いた2人はその声の主を確認すべく、同時に顔をそちらに向けた。
「ギル!」
「エーギル!」
※2018/05/25 改変済 アリグナクの容姿について付け足しました。