序章
この世界、オムニスには伝説があった。1000年ほど昔、2対の魔物を封印した勇者がいると。
しかし、勇者も人間であった。富と名声を手に入れ、腐敗堕落した勇者を、神は嘆いた。
そして神は瞑し、2対の魔物は復活した。
神が眼を閉じたオムニスは暗黒に満ちてしまった。魔物は蔓延り、作物を育てるのは困難になり、生きとし生ける者たちは、日々の生活の中でいつ死を迎えてしまうのか、張り付けた笑顔の下で怯えながら暮らしていた。
この状態を見兼ねた天使は、300年経ちようやくそれぞれの種族の長に啓示を施した。
「今から7つの百星が過ぎた時、勇者は誕生します。勇者は我ら天使によって授けられ16の星の頃、天使の啓示を受けたとして、あなた方の元を訪れましょう。その明証として、背に翼を手折られた傷痕を残します。それまでかつての勇者の遺宝を守り抜いてください。」
「遺宝は白蛇のあざがある者に守らせ、勇者に同行させるのです。4つの種族が手を取り合い、この闇を祓うその日を我らは信じております。そして、もう一度……神のご尊顔に大輪の花を……」
これを聞いた4種族の長達は、伝説の勇者が使用したとされる武器・防具を魔物の手に渡らぬよう厳重に保管し、勇者の誕生を待った。魔法結界を張り、警備を強め、伝承は流さず、長達の間でのみ存在する手段にて、互いの近況を報告し合った。白蛇のあざが付いた者は常に存在し、代々首筋にその跡を残していた。各種族はその者を長として崇めるようになり、勇者が誕生するとされた700年後まで啓示を果たさんがために尽力していた。しかし、勇者の誕生まであと100年となった頃、人間の長には白蛇のあざが残らなくなってしまった。
「これが、人間から勇者が誕生するだろうと言われてる所以よ。どうだった?」
「うーん。なんか難しいね。本当に勇者なんて生まれてくるの?」
「さぁ、どうだろうね。でもきっと、誰だって誰かの勇者なのよ。アンも人助けができるよう立派な人になってね。」
「うん!あ、父さまのお手伝いしてくるね!」
そうしてにこやかにアンと呼ばれた少女は庭の方に駆けて行った。少女の母親は、読んでいた絵本を閉じると、そっと本棚に戻し家事を務めるため台所に向かっていった。
勇者誕生と言われる年まで、あと1年の事である。