見えない世界
夕日が差し込み真っ赤に床のタイルを染めている。
触れたら火傷してしまいそうだ。
どこから遠く部活中の野太い声が聞こえてくる。
そしてせわしなく必死で短い命の炎を燃やすように
蝉の声。
この部屋には絵の具や塗料の独特な水臭い匂いが充満している
夜中に見たら腰を抜かすであろう
首だけの彫刻。
そして窓際には
色彩豊かな色使いの描きかけの絵が並ぶ中に
一枚だけと黒と白で描かれている絵がある。
これはこの4階の教室から見えるこの街の風景画。
画力は申し分ない
いや、それどころか並んでいる作品の中では群を抜いている。
だが、その華やかなはずの世界は白黒だった。
色のない世界は冷たく寂しく感じる。
青々とした晴れ渡った空は灰色の濃淡によって表現されているが
瀬戸夏海から見たらこれは
曇り空のようにしかみえない。
色のない絵を指でなぞってみる。
夏海はこの絵の書いた主を知っている。
さっきまで真っ赤に染まっていた教室に
陰が落ち始めた。
白黒の絵が陰に消えそうだ。
気づけばさっきまでの喧騒も聞こえなくなり
時計の針の時を刻む音しか聞こえない。
「何してんの?」
静寂の中。そして直ぐ後ろから声が聞こえ
夏海は身体を硬くする。
だがその緊張は一瞬のもので
聞き覚えのあるこのダルそうな声
そして、この絵の主
「びっくりしたじゃん!」
伸びた髪の毛は天パなのかうねっている。
猫背のダルそうに立つこの男
赤石 悟
「こんな時間に美術室で人の絵じーっと見てる気持ち悪いトンチンカンに言われたくないね」
両手を大げさに開き
やれやれと首を振っている。
「気持ち悪い‥トンチ‥」
こんな事にいちいち腹を立てていてはいけないのは分かってる。
分かっているのだが、、
「だ、だれがトンチンカンよ!」
そんな夏海をよそに邪魔だとごとく手をヒラヒラさせて
椅子を引きそせて絵と向かい合うように座る悟。
「あぁーうるさいなぁ。集中したいんで退室願いまーす」
こっちには視線もくれず再度手を入り口に向かってヒラヒラと振る悟。
いつの間にか手元には筆とパレットのセットを持っている。
だが、その手にしている真っ白なパレットの上には
黒がのびているだけ。
悟が静かに筆を絵に沿わせていく。
白黒の絵の空が黒く塗りつぶされていく。
急に静かになった悟の背中越しに絵を覗く。
白黒の絵を黒が染めていく。
「せっかく書いたのに空塗っちゃうんだね」
夏海の言葉に返答はないまま。
今現在窓の外の景色も絵と同じように
黒く闇が世界を包み込んでいくようだ。
夏海は外の景色を眺める。
「俺にとって夜の方が描きやすい、、わかりやすいんだよ」
まるで独り言のように小さく呟いた。
小さい独り言のような言葉はすぐこの教室の静寂に消えていった。
悟の表情は見えない。
見えるのは猫背な背中だけ
夏海は近くにあった椅子を引き寄せて
悟の近くに腰かけた。
夏海は今の言葉の意味を知っている。
なぜ絵が白黒なのか
悟の世界には色がない
悟には色が見えないのだ。
全色盲
白と黒の世界で生きる
夏海が想いを寄せる彼との話。
悟との出会いは少し前にさかのぼる。