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「そ、そんな、何で……」


 ――っ、驚いてる場合じゃない……


 僕は再びゆっくりと風のシルエアとショートソードを構えつつ二人の前に出るが冷や汗が止まらない。


 ――くぅっ、や、闇魔法レベル5に土魔法レベルが4っ! か、敵いっこない……


 僕の魔眼がそう告げる。絶望的だ。ヤツは先ほど僕が苦戦した黒コボルトより遥かに強い魔物だと分かったのだ。


「る、ルシール」

「ルシール」


 そんな僕の気持ちが伝わったのか、背中越しに二人から不安そうな声が届く。


 ――フレイ、アルテ……


 それでも、アルテとフレイが盾と杖を構えたかと思えば――


「な、何か強そうやっちゃけど……いつでも前に出るっちゃよ」


「ルシール、それとも私の魔法で様子をみる?」


 彼女たちからは僕以上に不安そうな気配を感じとれるのに、動きを止めた僕のほうを逆に気遣いってくる。


 ――情けない、しっかりしろ。ルシールっ!


 僕は頭を振って気持ちを切り替える。彼女たちの優しさが恐怖一色に染まりそうだった僕の思考を和らげ、冷静を取り戻した。


「いや、ダメだ」


「え?」

「じゃあ、どうするの?」


 ――そうだ……敵わないのは分かってる。けど……


 気づけば僕はそう答えると同時に――


 ――せめて……二人だけでも……逃すっ!


 覚悟を決めた。


「フレイとアルテはあの安全部屋まで逃げろ」


 それからは時間との勝負だ。僕はすぐに二人に指示を出す。


「ルシールは?」


「どうするっちゃ?」


 彼女たちから、また心配そうな気配が伝わってくる。が、もう時間がない。


 グルルルッ


 異形のコボルトが猫背になり顔を突き出している。その口からは絶えず滝のような涎が垂れ流され、何度となく舌舐めずりを繰り返す。


 大きな尻尾が激しく揺れているところを見ると、僕たちを格好の餌と思っているのだろう。


「僕なら大丈夫。さっきの剣の力を見ただろう? あれをまた使う。あれは剣を使ってる間は身体能力が上がるんだ。

 だから二人が逃げきるまでの間守りに徹してあいつの注意を引き、後から僕も逃げる」


「ほんとに?」


「嘘じゃない?」


「ほんとだよ。剣の力を使えばすぐに追い付く、だから早く行って、時間がないっ」


「……ん、分かった」


 少し焦らせるとフレイは、後ろ髪惹かれるような気のない返事を残して安全部屋へと駆け出す。


「ほら、アルテもだ。走って!」


「ぜ、絶対だっちゃよ。ま、待ってるっちゃよっ」


 アルテもフレイを追いかけて駆け出した。


「……ごめん」


 ――でも、これでいい……


 フレイと、アルテが離れて行くのを把握しながらも、僕は異形のコボルトを見据えた。


 グルルァァッ!!


「くぅ、なんて咆哮だ」


 フレイとアルテが逃げ出すのを見たからだろう。異形のコボルトが咆哮する。怒りを含んだ激しい咆哮に僕の身体が強張る。


 そして次の瞬間には、異形のコボルトが屈むと同時にその姿がぶれた。


 ――!?


 異形のコボルトは、僕の空間把握できる限界ぎりぎりの距離にいたはずなのに、すぐに見切りスキルが発動した。


「なっ」


 僕の周囲が見切り線で真っ赤に染る。


 ――躱せない!?


 僕は咄嗟に両手の剣をクロスさせ防御を固めると、風のシルエアに魔力を注ぎ、不可視の刃を発動させた、その瞬間――


 ガァァアッ!


 キィィィン


 僕の目の前で何かが、素早交差し、その衝撃でショートソードの剣身が折れて飛んでいき、風のシルエアの不可視の刃が弾かれる。


「うぐっ」


 しかも、その衝撃が思った以上に大きく僕の身体は浮き上がり弾き飛ばされている。


 僕にはほとんど見えなかったが、それは異形コボルトの両手爪による爪撃だったのだろう。


 グルルァァ


 そう思った次の瞬間には、異形コボルトが追撃しようと振り上げた鋭い爪が再び迫っている。


 ――まずいっ


 そして、弾き飛ばされて身体を捻ることすらできなかった僕は、右肩から左脇腹にかけて深く切り裂かれていた。


「ぐあぁぁ」


 僕は意識が飛びそうになる中、地面を転がりながらも、すぐに治療スキルを使う。


「くぅっ、はっ、はっ、はあ……」


 だが、深すぎるキズにはなかなか治療スキルが効かない。

 それでも風のシルエアを杖がわりにして、どうにか立ち上がると、異形コボルトは嬉しそうに爪に付着した僕の血を舐めていた。


「はぁ、はぁ……」


 ――速すぎる。


 フレイやアルテに意識を向けるが、まだ、そう遠くない位置にいる。


 ――せめて二人が逃げ切れるまでは……!?


 ふと、僕の意識に走って逃げているアルテの盾が入った。


 ――そうだ……盾だ。盾なら……


「はぁ、はぁ……」


 僕は柄だけになったショートソードを捨て、アルテの予備として購入していた木の盾をアイテムバックから取り出した。


 僕はショートソードの予備も持っていたが同じ結果になるだろうも思い、少しでも時間が稼ごうと木の盾にしたのだ。


「はぁ、はぁ……」


 僕は木の盾を左手に持ち変え前に突き出すように構えをとる。


 その間、治療スキルは発動している、辛うじて出血は止まったが、動けばすぐにまたキズ口が開きそうだ。


 ――まだ来るなよ……


 流石に、僕から攻めるような事はしない。あくまでも時間を稼ぐのだ。


 幸いあの異形コボルトは僕を餌として見ているのか魔法を使ってくる気配が見られないが、油断できない。


 ――!?


 裂けた口角が上がると、異形コボルトがゆっくりと屈んだ。


 ――来るか!


 次の瞬間には異形コボルトの姿がブレて、すぐに僕の左側に複数の見切り線が見えた。


 ――くっ、はやぃ……


 初撃より少し遅く遊ばれているように感じたが、だが今の僕には木よ盾を左側に向けるだけしかできなかった。


 シュ!


 空を裂く音とともに左手に持つ木の盾が四つに分かれ、僕の左腕に四つの爪痕が走る。


「ぐあぁぁっ」


 あと数センチでも木の盾が薄ければ僕の腕は切断されていただろう。


 ――や、殺られる。離れろ、アイツから離れるんだっ。


 僕は必死に転がり、後ろに下がって距離をとると、すっくと立ち上がり構えをとる。


「はぁ、はぁ……」


 もちろん治療スキルは使い続けているが、今の動きだけで先ほど受けたキズ口からも血が流れ出るが、キズを庇う余裕がない。


 ――来ない、のか?


 風のシルエアを両手で握り盾のように構えたまま異形コボルトを見据えるが、異形コボルトはなぜかボーっと立ち尽くしている。


 ――なんだ……?


 異形のコボルトが動いてこないことは、時間を少しでも稼ぎたい僕としてはありがたい。


 身体を治療しつつ、しばらくその様子を見ていると異形のコボルトは、突然、フレイやアルテの逃げたほうに顔を向けては、鼻をヒクヒクさせ尻尾をブンブンと大きく振った。


 嫌な予感がした。


 ――アイツ……フレイとアルテをっ! ダメだ。注意をこちらに向けないと。


 そうは思っても、僕にできる選択肢はひとつしかない。

 僕は竜のブレスレットにあるだけの魔力を込めた。


「うっ」


 一気に魔力切れになり身体全体の力が抜け、クラっとするがここで倒れるわけにはいかない。

 僕は両足に力を入れ踏ん張り竜の剣が具現化させるのを待つ。


「はあ、はあ……」


 だが、魔力が不足しているせいなのか、竜のブレスレットに僕の魔力が渦巻くばかりで、竜の剣が具現化してくれない。


 ――ダメ、なのかっ。


 魔力不足については薄々感じ取っていた。だが、戦いの中、少しでも魔力が回復してくれれば具現化できるのではないかという甘い考えもあった。


「はぁ、はぁ……くっ」


 具現化ができずに焦ったが、異形コボルトは依然として、フレイやアルテが逃げた方向に顔を向けたままだった。


 ――よかった……


 だから僕は油断していた。突然、異形コボルトが大きな口を開いたかと思えば――


 グルアアァァァァァァァァ……!!


「こ、これはっ!」


 フレイやアルテの方向に向かって空気が震えるほどの咆哮を発した。


「「きゃぁぁ」」


 フレイとアルテは咆哮の餌食となり、それを受けたフレイはゆっくりと座り込むように倒れ何かに怯え震えだし、アルテは倒れはしなかったものの両手両膝をつき、フレイと同じように何かに怯えては震えた。


 ただ、それでもアルテは、倒れたフレイの側までゆっくりと向かっている。


 ――な、なんてことだ。


 異形コボルトは動けなくなった彼女たちに満足したのか、大きな尻尾をブンブンと振っては溢れ出る涎をペロリと舐めている。


 ――こ、こいつ、初めから……


 僕の頭に全滅という言葉が過った。


 せめて二人だけでも逃げ延びて欲しかったが、それも絶望的になった。


 ならば、最期に一太刀でも入れてやる。と、風のシルエアを握る手に力を入れ一直線に駆けた。


「はあっ」 


 僕が力一杯振った風のシルエアをカンッっと異形コボルトがあっさり弾くと、風のシルエアは僕の手から放れて宙を舞い地面へと突き刺さった。


「あっ!」


 僕は僕が自身が思ってるほど、握力が残っていなかったのだ。


「!?」


 そして、次の瞬間にら僕自身の腹部が急に熱を帯びていた。


「ぁ、ああ……」


 視線を落とせば異形コボルトの右爪が僕の腹部に深々と刺さっていた。異形コボルトが口角を上げニヤリと笑みを浮かべた気がした。


「ガハッ」


 咽せて咳き込むと口から血が溢れ出す、と同時に身体から力が抜けていくのを感じた。


 ――まだだ。


 それでも最期に何かやってやろうと、左手で腹部に刺さったままの爪をそのままに、腕ごと掴み何か攻撃できるものをと思い右手を動かした。


 僕としてはアイテムバックに入ったショートソードを出そうとしたのだが、それよりも先に僕の右手の平に魔力の塊が現れたような気がしたのでそれを掴んだ。


 すると、竜の牙(ドラゴンダガー)の名が僕の頭に過った。


 ――ドラゴンダガー!? 


 信じられないことに中途半端に込めていた竜のブレスレットからドラゴンダガーが具現化されていたのだ。


 ――はは、そうか、最期に力を貸してくれるのか。


 僕にはもう、ダガーを振るだけの力は残っていなかった。ただ、右手を前に付き出すのみ、これが僕ができる精一杯だった。


「最期の……置きみや、げ、だ」


 ドラゴンダガーはスーとなんの抵抗なく刺さるとフワサァァッと、砂が溢れる様な、水が霧になる様な、そんな音が聞こえた。


 そして同時に――


 グォォォォォンッ!


 バキッ!


 異形コボルトから苦痛にも似た叫びが上がり暴れたかと思うと、僕は異形コボルトに掴み投げ飛ばされていた。


「ぐっ……」


 容赦なく地面に叩きつけられたが、もうほとんど痛みはない。だからこそ気になった。


 ――僕のダガーは……? 抵抗はなかった……当たったのか、それとも……


 僕はどうしても最期にそれだけが確かめたくて、身体を起こそうとしたが、どうやら身体はすでに限界のようで思うように動かないが、そこで空間把握で確認すればいいのだと気づく。


 ――……そっか。


 僕は、すぐに空間把握で異形コボルトを確認し思わず鼻で笑った。


 ――ははは……


 僕の最期の力を振り絞った渾身の一撃は、異形コボルトの左脇腹から左腕にかけて、きれいに弾き飛ばし消失させていたのだ。


 ――ざまぁ、みろ……


 案の定、左の大部分を消し飛ばされた異形コボルトは怒りと苦痛に震え地面を転がり殴りつけていた。


 グォォォォォ


 吐く息は荒く、口から白い泡を吹き、眼の色は濁ったら赤色へ、そして失った身体から穢気が煙の様に舞い上がっていた。


 ガァァァァ


 異形コボルトは、狂った様に転がり暴れていたが、自分の身体をこんな状態にしたのが、目の前にいる僕だと気がつくと――


 バキッ


「ぐぅっ」


 すぐによろよろと起き上がり、僕をゴムボールのように蹴り出し、やがて身体の再生が進み痛みが引いてきたのだらう、ニタニタしながら遊び始めた。


 僕は遊び蹴られつづけ血まみれ、全身の骨はボロボロに折れていた。感覚ももうない。


 使い続けていた治療スキルがレベルが3になっていたお陰で辛うじて意識を保っていたけど、それもすでに限界だった。


 ――ここまで、だな。フレイ、アルテ……


 僕は意識が薄れていくなか、最期にフレイとアルテの気配を探したが、見つからなかった。


 ――そうか、二人は……逃げれたんだな……


 これで、もう安心だ。そう思うと、今までの張り詰めていた緊張がとけ感覚が遠のいていく。


 ――よかっ、た……


 けど、それを良しとしない何かが――


 バーン!!


 何かが弾け飛び凄い熱量の熱風が吹き荒れ僕の意識を繋ぎ止める。


 ――なん、だ……?


「ルシールっ!」


 グル、ルルァァ……


 そして次に聞こえてきたのは懐かしい声と異形コボルトの呻き声らしきものだった。


「ルシールっ! 私は穢気には近づかないようにと、あれほど言ったはずでしょう。

 それなのに、それなにの、こんなに……ボロボロになって、バカよ……あなたって人は、ほんとにバカ……」


「シャル、さん……?」


 気がつくと僕はシャルさんに抱き絞められていた。

 シャルさんから懐かしくて優しくて甘くていい香りがした。


「ルシール。直ぐに終わらせるからもう少し、もう少しだけ、我慢して待ってなさい」


 優しい手が僕の頬をなでると、シャルさんは立ち上がり、異形コボルトに顔を向けていた。


 ぐる、グルルル……


 驚いたことに異形コボルトの顔、右半分が焼失していた。これはシャルさんの魔法によるもので、先ほどの爆発がそうなのだろう。


 その異形コボルトをシャルさんが睨み付けると、僕を嬉しそうに蹴って遊んでいたはずの異形コボルトは、嘘のように耳を伏せ尻尾を巻いて後退りし始めた。


「ダメよ、逃がさない」


 異形コボルトにどこか怒っている様に見えるシャルさんは左手に浄化スキルと発動すると、その左手を右手に添えた。


「貴方はこれでっ!」


 そして、その右手を前に付き出すと、洞窟の空間を全て埋め尽くすほどの光が瞬く間に広がっていく。


「浄化しなさいっ!」


 異形コボルトは背を向け逃げ出したが、光の速さに敵うわけはなく、その光が異形コボルトを呑み込んでいった。


 光が治まると、そこには、今までに見たこともない特大の魔石が転がっていた。



 ――――――――――――――――――――


【名前:ルシール:LV13】

 ギルドランクE


 戦闘能力:225身体能力低下中(220)

 種族:人間??

 年齢:14歳

 性別: 男

 職業:冒険者


 スキル:

 〈スマイル〉〈料理〉〈洗濯〉

 〈文字認識〉〈アイテムバック〉〈貫通〉

 〈馬術〉〈カウンター〉〈早寝〉

 〈早起〉 〈早食〉 〈早技〉〈早足〉

 〈早熟〉〈治療:3〉up〈回避UP:4〉

 〈剣術:3〉〈見切り:3〉〈捌き:3〉

 〈毒耐性:2〉〈覗き見:2〉

 〈危険察知:1〉〈空間把握:3〉

 固有スキル:〈浄化〉〈魔眼:4〉


 魔 法:

 〈生活魔法〉

 〈初級魔法:1〉


 *レジェンドスキル:《スキルショップ》

 《スキル制限解除》


 所持金 : 258,913カラ増

 借金残高:シャルロッテ3,949,850カラ

 フレイ 1,320,000カラ


 スキルショップ借入:60,000,000カラ

 担保提供:視角左右、聴覚左、味覚


 レア装備:竜のブレスレット

 :風のシルエア


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