18
翌朝、僕は馬車小屋の中にある一室で目を覚ました。
――ここは部屋の……違う、馬車小屋の中か……
僕は柔らかく大きな椅子に寝かされていた。身体には掛け布が掛けられている。おそらく眠ってしまった僕にシャルさんが掛けてくれたのだろう。
「よっ、いててっ……」
慌てて上体を起こそうとしたけど、身体がバキバキで、思うように動けない。
「まただ、また身体が……これって……」
僕は寝起きでまだ働かない頭をフル稼働させる。
――……たしか、ヌボの沼を出た時には陽が傾いていて結局王都に帰ることを諦めた。
「……」
――それで、みんな濡れてしまっていたから、お風呂に入った。それで夕飯の後に「今後のためにも〈危険察知〉スキルは買っといた方がいい」とシャルさんに言われて、僕もそれがいいと思った……
――……でも、僕にはそれを買うお金がなくて、結局、スキルを買うためにシャルからお金を借りる話になったんだ……
――……それから……そうだ。シャルさんがお金を持ってくるわって言ってくれたはいいが、そのシャルさんを待って間に突然フィジカルブーストの副作用が襲ってきたんだ。
――……そうだ。あれは痛かった。
「そっか思い出したよ。この身体中の痛さはフィジカルブーストの後遺症か……」
――気のせいかな……?
シャルさんに助けてもらおうと叫んだはずだけど、シャルさんはなかなか来てくれなかった。
「あまりの痛さに意識が朦朧としてきて……」
――隣で座って待っていたフレイが、辛いならシャルロッテさんの代りに貸しとこうか? と、言われたような……
――それで、その時僕は、年下のフレイの前では情けないところを見せなくなくて……でも、身体中が痛くて、早く終わせようと……フレイの手を掴んだ……
「……なんてことだ、僕はフレイからも30万カラ借りてしまった……」
――……うう、男なのに、なんて情けないんだ……なんで、後回しにしなかったんだ。別にあの時に急いで買わなくても良かったはずなのに……
昨夜の出来事を思い出すたびに、気持ちが沈んでいく。
「はぁ……」
思わずため息が溢れたところで、シャルさんが明るい声とともに部屋に入ってきた。
「あら、もう目は覚めてたのね」
シャルさんは椅子の上に、ソファーと言うらしいけど、寝ている僕の顔を覗き込んできた。
「……はい。今起きました。それで僕は昨日……」
そこまで言って、情けなく恥ずかしくなった僕はシャルさんから顔を背けてしまった。
「……そうよルシール。あなた昨日、私がお金を取りに行っている間にフレイからお金を借りていたのよ……」
――やっぱり……
「……そうですか」
「ちゃんと覚えていたのね。偉いわよルシール。フレイにはちゃんと返さないとね」
「はい、分かってます……フレイには時間がかかっても返します」
僕は情けなくて、ぎゅっと掛け布握った。
――シャルさんにだって大きな借金してしまってる。
それなのに僕は、年下のフレイからもお金を借りてしまってる……こんなの昔読んだ英雄だってしてたことない……
「だ、そうよフレイ。フレイにはこのまま残ってもらうしかないわね」
そう言って振り返ったシャルさんの視線は、部屋の入口付近に黙って立っていたフレイに向けられた。
「えっ、あ、フレイ。そ、その……」
僕は思わず視線をフレイへと向けたが、そのフレイとは視線が合うけど、何も言ってこない。
――あれ……
「……フレイにはちゃんとしたパーティーがあって、期待もされてますし……」
僕はフレイとシャルさんを交互に見るが、どうも様子というか、勝手が違う。
「ルシールだからこそよ。みんな冒険者活動をしているのよ。
フレイと離れたら、それっきりになるかもしれないわ」
「あっ」
――そうだ。今はレベルも低かったから王都周辺で活動していたけど、これからはお互い、どうなるか分からない……
「ルシール。フレイのあのお金はね。村を出る時に、父親から貰った大事なお金なのよ。
それなのにルシールは、それでもいいと思ってるの? その方が返さなくてもいいから?」
「そ、それはないです! 僕はちゃんと返したいです。いや返します!」
僕が力強くそう答えると、シャルさんの顔が、先ほどまでの真剣な表情から、ふっといつもの優しい表情へと変わった。
「そう。じゃあ、生活の保証くらいしてあげないと。
フレイは大事なお金をルシールに貸したの、今のフレイに余裕がないと思うの。男でしょ?」
――そう、だよな……
「分かりました。フレイごめん。その、そんな大事なお金とは知らなかったんだ。けど僕、できる限りのことはする。
今は頼りないかもしれなけど、がんばるから……一緒に来てくれないか?」
「……分かった」
そう小さく言ったフレイは、何処か震えているように見える。
――そうだよな。元は120万カラ持っていたんだ、スキルを買ったとはいえ手持ちが少なくなれば不安にもなるよな……
「ちゃんと返すまで僕がフレイの生活は守ってみせる、だから安心して……」
――くぅぅ、これ結構恥ずかしいかも……
フレイはコクりと頷いたあと直ぐに顔を背けた。耳が少しは赤くなっている。気がしたけどフレイのことだから……
――笑われたかな……でも、いいんだ。僕はがんばる。
そう思ったはいいけど、上体すら起こさない僕って……
また、少し気落ちしそうなところでシャルさんから楽しげな声が聞こえた。
「あら、私には言ってくれないの?」
「え? シャルさんは……」
シャルさんの方に視線を向ける。シャルさんは少し前屈みで、僕の顔を覗き込み腰に手を当てて首を傾げてる。
美人なのに可愛いい……あっ軽く僕にウィンクしてきた。
――……シャルさんなら十分、一人でやっていけそうだ。
お金は持ってるし、美人だし、僕よりぜんぜん強いし、ギルドランクだってAだし……僕よりぜんぜん強いし……ぜんぜん強いし……強い……
「あはは……シャルさんは何でしょう?」
「へぇ……」
シャルさんの笑顔が、なんか違う笑顔に見えてきた。若干耳が赤いけど……
――もしかして怒ってる?
凄く怖い。凍えそうです。笑顔なのに怖い……
「ルシール、私は何?」
「い、いやだなぁ、当然シャルさんもですよ。シャルさんの生活も守ります」
「私も? なの」
――ぬぐっ、そこ言うところ……
「僕はシャルさんの生活を保証します。今は料理と洗濯くらいですけど、頑張りますから……」
「うん。それでも嬉しいわ。ルシール頑張って貰うわよ」
――はあ……なんだろう、この言わされ感……ってあれ?
僕はふと、フレイの胸にある人形に目がいった。
「シャルさん、フレイの胸にあるバッチみたいなのって……」
「それはグリくんよ。ドーグリの木の実からできた人形なのよ。帽子が可愛いでしょ」
「グリくん。可愛い」
フレイはそう呟いて僕の方に身体を向けグリくんを見せてくれた。
左胸にバッチみたいに張り付いて気持ちよさげに細い手足をぷらぷらさせている。
僕のボックリくんより小さくて、なんだか眠そうな顔をしてる。
「これも言霊精霊が入っているんですか?」
「そうよ、フレイにはちゃんと説明しているから。連絡がとれた方が便利なのよ。私の目的も知ってもらったしね」
「私も頑張る」
フレイが握り拳をつくってコクリと頷いた。
――あれ、ちょっとまって。既にフレイにグリくんを渡して説明していたってことは、一緒に行動することはすでに決まっていた? あれ……それじゃあ、僕の決意って、何?
僕は空が無性に恋しくなって空を見上げたけど、はい、馬車小屋の天井があって見えませんでした。
「ところでルシール。身体の方はもう平気かしら?」
「はい。と言いたいところですけど、まだ身体がバキバキで動けないんですよ」
「あー、それはね」
そう言って、シャルさんはソファーにくくりつけていた植物のロープを外していく……
「え、何、身体がバキバキして動けなかったのは……」
「か弱い乙女が二人もいるんだもん、これくらいするわよ」
「か、か弱いって……」
「何か言った?」
「いえ、何も……」
今回、僕はソファーにくくりつけて身動きできいようにされていた。
ロープが外れると、身体の痺れもなくなり、ゆっくり上体を起こし背伸びをすると身体のバキバキもしなくなった。
「ふぅー、なんか生き返った気がする……」
「そう、じゃあ。今日は御者お願いね。疲れもあるだろうから、ゆっくり進んで夕方までに王都に着けばいいわ」
「はい、分かりました」
「昨日はシャルロッテさんが御者してくれた。ルシール気を失ったまま丸一日寝てた」
「えっ、それって、どういうこと?」
「途中、橋が壊れてて迂回したのよ。ほんとだったらすでに王都に着いている予定なんだけどね。だから今日はお願いね」
「そんなことが……じゃなくて、僕、丸一日も寝てたんですか!? なんだかすみません」
――……シャルさん御者できるんだ。
「いいわよ。ルシールに、無理をさせてたのも事実だものね」
――嬉しい。口元が緩む。顔がにやにやしそうだ。シャルさんが僕のことを気にかけてくれるなんて……
シュパッ!!
「うわっ」
フレイが放った風魔法が僕の寝癖で逆立った髪を切り裂いた。
パラパラパラ……
僕の目の前に切れた僕の髪が降ってくる。魔力操作のおかげ? 僕の髪しか切れていない。
「え、え? 髪が……」
急に降ってきた僕の髪を見て驚いていると、今度は水魔法の小さなウォーターボールが複数が飛んできた。
「うわわわっ……ひゃっ、冷たいっ、冷たいって」
慌てて頭を庇ったけど、僕の髪や顔を両手が、びっしょりと濡れていた。
「フレイ急に何するんだよ。ほら、髪は切れるし、あ~顔も、びっしょり……ぅぷっ!?」
優しさなのか、その後にはフレイが生活魔法のセンプウ使って布切れを飛ばしてきた。
その布切れが僕の顔に張り付いた。
「まだ眠そうだったから、起こしてあげた」
「え?」
フレイに視線を向ければふんっとフレイはそっぽ向いてた。
僕は何処かでフレイを怒らせてしまったらしい。僕はその布切れで髪や顔を拭いた。
――――
――
僕たちはその日の夕方には無事、王都に帰りついた。
魔物も襲って来なかった。行きのゴブリンはやっぱり夢でも見てたのかなと、勘違いしてしまうほどだ。
「やっとつきましたね」
「そうね。先ずはギルドに向かって魔石を換金しましょう。
アッシトードの魔石と絡み草の魔石、それにルシールには行きに狩ったゴブリンの魔石があるわよね。はい、ゴブリンの魔石」
シャルさんが結構大きめの皮袋ごと僕にくれた。
「これは?」
「それはルシールが一人で狩ったゴブリンの魔石。だから全部ルシールが換金しなさい」
「ええっ、いいんですか?」
「勿論よ、ねぇフレイ」
フレイもコクりと頷いた。
「ありがとうございます。やった」
――嬉しい。そうか、やっぱりあのゴブリンは僕が一人で狩ったんだ。
「じゃあ。私たちはこっちの魔石を換金してくるか、何時ものテーブルで待ってるわ」
「はい」
僕はいつも並ぶガルネさんの列に並んだ。僕の番は……
――うっ……
これはしばらく時間が掛かりそうだ。
――シャルさんとフレイは……?
奥の列ベートさんのところに並んでいた。
ベートさんも中年のおっさんだ。見るからにベートさんはだらしなく目尻を下げている。
――って、ええ! はやっ! シャルさんとフレイはもう換金の手続きに入ってるじゃないか。
【シャルさんがスマイルを使った。ベートさんは嬉しそうに鼻の下を伸ばした】
「シャルロッテさんいつもありがとな。
こっちの大きい上質の魔石は200万カラで引き取らせてもらうよ。
こっちの魔石六個は、上質だが少し小振りだから一つ30万カラだ。全部で、380万カラだよ。はい」
「ありがとうベートさん。今回はまあまあだったわね」
「そうかい。でもシャルロッテさんが上質な魔石を持って来てくれるから助かっている。
おおそうだ。これ上質魔力草なんだが、納品数越えているから、そこの嬢ちゃんと二つ持っていきな」
「ありがとうベートさん。すごく嬉しいわ」
【シャルさんのスマイルが輝きを放ち、さらにベートさんは鼻の下を伸ばした】
ますます気分をよくしたベートさんは、カウンターテーブルの下をごそごそとあさりだし、取り出した上質薬草二つをシャルさんに手渡していた。
そんなやり取りを傍で見ていたフレイは驚いた様に固まっていたが、シャルさんに手を引かれてテーブルに向かっていった。
――いつ見てもシャルさんのスマイルはすごい……僕もいずれ、あれくらいに。
「おお、ルシール久しぶりだな。今日はどうした?」
おっと、そんなことを考えている間に僕の番になっていた。
「あ、はい。これです」
僕はゴブリンの魔石を皮袋ごとガルネさんに手渡した。
「ほう、これは……結構あるな」
「あはは……はい。僕もやっとゴブリンを倒せる様になりました」
「おうおう。そうか、それは良かった。俺も嬉しいぞ。
それでな、ゴブリンの魔石は一つ30カラなんだが……ほう、六十個も……
ボブゴブリンは一つ50カラで……十個。全部で2300カラになる。ルシールよく頑張ったな」
「はい、ありがとうございます」
「おう、また頑張って持ってこい」
「はい」
僕はガルネさんからお金を受け取ると、二人が腰掛けて待っているテーブルに向かった。
「ルシール遅い」
「ごめんごめん。でもゴブリンの魔石は全部で2300カラになりました」
僕はほくほく顔でそのテーブルに腰掛けた。
「そう、良かったわね」
「ふーん」
「本当にこれ、僕が全部貰っていいんですか? こんなにたくさん、なんだか気が引けるのですけど……」
フレイはコクりと頷いた。シャルさんもだ。二人の優しさに触れた気がしてなんだか涙が出そうになった。
「ありがとうございます」
「ふふ、いいわよ。それでね、これがビッグアッシトードと絡み草の魔石を換金したルシールの分よ」
シャルさんが三つに分けた皮袋のうち、一つを、僕だけに見えるように広げて見せてくれた。その中はキラキラ金貨が輝きを放っている。
「えっ、こんなにたくさんっ!?」
僕は思わずシャルさんの顔を見て、フレイの顔を見た。ここでもシャルさんたちはこくりと頷いて肯定してくれる。
「全部で380万カラになったの。一人125万カラよ。5万カラ余るけど、これは活動資金として私が預かっとくわね。はい」
そう言った後、シャルさんは僕の手にある皮袋の中から100万カラを取っていった。
――分かってるます。借金返済ですよね。
「ルシールの100万カラ、これは私たちが受けとるわね」
「もちろんです」
――早く健全になるんだ。
シャルさんはその100万カラを、90万カラと10万カラに分け、10万カラをフレイに渡した。
「あ、でもまだ25万カラ残ってます。これも返済に……」
シャルさんが頬に人指し指を当て首を傾げた。た
「うーん……」
――どうやら受け取ってくれないらしい。僕としては早く返済したいんだけど。
「私たちも鬼じゃないのよ。たまには自分で稼いだお金で自分の好きなスキルでも買ってみてもいいと思うわよ。
ほら、私だって知らないスキルがたくさんあるかも知れないし……」
「自分の好きなスキルを、自分の稼いだお金で……」
――買いたい……買ってみたい。
「そうよ。私だってルシールが強くなる分には賛成だし、フレイも買いたいスキルがあるみたいなのよ。いい機会だしちょっと買ってみたら?」
「はい」
僕は始めて手にする大金と、自分で好きなスキルを買えるという初めての経験に興奮していた。
――ふふふ、スキルだ。スキルを買うんだ。僕のお金でスキルを買うんだ。ふふ、ふふふ……にまにまが止まらない。
僕はショップスキルを発動した。
【シャルロッテへの借金90万減】
【フレイへの借金10万減】
【手持ちが25万2300カラ増】
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【名前:ルシール:LV 10】ギルドランクG
戦闘能力:151
種族:人間
年齢:14歳
性別: 男
職業:冒険者
スキル:〈スマイル〉〈料理〉〈洗濯〉
〈文字認識〉〈アイテムバック〉〈貫通〉
〈馬術〉〈カウンター〉〈治療:2〉
〈回避UP:3〉〈剣術:3〉〈見切り:2〉
〈捌き:2〉〈毒耐性:2〉〈覗き見:1〉
〈危険察知:1〉
魔 法:〈生活魔法〉〈初級魔法レベル1〉
*レジェンドスキル:《スキルショップ》
所持金 :2,504,513カラ増↑
借金残高:
シャルロッテ3,949,850カラ減↓
フレイ 200,000カラ減↓
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