12
夕方、僕たちはトバリ町に着いた。
「やっとついましたよ」
「思ったより時間がかかったわね」
少し遅くなったのは昼食をゆっくり摂ったシャルさんとフレイが悪い。
けど、そんなこと口が裂けても言えないから……
「スモールラビットのせいですかね」
適当な魔物名前でも並べておく。
不思議なことに今日はスモールラビットしか遭遇しなかった。
ゴブリンなんて影も形もない。昨日のあの数はいったい何だったんだ。
あ、スモールラビットはGランクの魔物の中でも底辺に位置する魔物だ。はっきり言って弱い。
けど脚は速いから僕はこのスモールラビットすら狩ることができなかったんだよね……
だからつい逃げる前に、と思って離れた場所から火魔法を使った。
それが思いのほかうまくいって、あっさり倒してしまった。
僕は嬉しくなってシャルさんに伝えたら……すっごく怒られました。
何でもスモールラビットの肉は大変美味しいらしく、僕がファイアボールで倒したスモールラビットは焼けて焦げ焦げで、それはもう無残な姿を晒していた。
でも、最後にはちゃんと次からは風魔法を使いなさいと教えてくれた。シャルさんは怖いけど綺麗で優しい。
冒険者は食料の調達方法も考えてないとダメなんだって。
「基本的なこと」とフレイに呆れた顔をされた。無表情なのに。そんな表情だけはなぜ分かる。フレイめ……
そんなフレイにも少しはいいところがあった。なんと、親切に初級魔法はレベルが上がればアロー系も使えると、フレイが実演までして見せてくれたんだ。
無表情なのになぜか得意げな表情に見えてしまう僕って、心が狭くなってるのかもしれない。
――ダメダメだな。
僕は憧れる英雄がいるんだから、こんなに心が狭かったらダメだよね。よし、次からは気をつけよう。
――――
――
トバリ町に着いた僕たちはすぐに宿屋へに向かった。
トバリの町は人の流れが多いから、早めに泊まる宿屋を抑えないと泊まれなくなるからと、心配するフレイに言われた。
なんでも、この町は冒険者や商人が王都から次に大きなオオダイの町に向かう際に必ず通る町なのだと。
ちなみにオオダイの町はトバリ町よりもさらに大きいらしい。
近くに冒険者の稼げるオオダイ洞窟というダンジョンがあるのが一番の理由なのだとか……はい、これはシャルさんが教えてくれました。
僕は王都からほとんど出たことないから何も知らないんです。ははは……
「シャルさん。この宿屋、空いてましたよ」
四件目でやっと空き部屋のある宿屋を見つけた。僕には不思議と落ち着く雰囲気のある建物だ。
「……そう」
この宿屋なら僕でも馬小屋じゃなくて空き部屋に泊まれそうな気がする。値段的に……だからなのか、シャルさんの返事は重い。
「ボロ……」
フレイも……
「ま、まあ、この宿屋よりもシャルさんの馬車小屋の方がかなり豪華ですもんね……」
――その馬車小屋、僕泊まったことないけど……
「ふふふ……」
シャルはにこりと微笑むだけだった。
「シャルさんたちはもう馬車小屋に泊まりますか?」
だって見るからに嫌そうな顔をしてるもんね。
「そうね。ルシールにはもう一晩見張りをお願いすればいいものね」
「それいい。私もシャルロッテさんの馬車小屋の方がいい」
――あう、そうなるのか。それは嫌だな。
「あーやっぱり今の無しで。さあ、宿屋に行きましょう」
――また、寝過ごしてパンツ一枚になんてなりたくないし、今日はちゃんと寝たい。
宿屋はなんと1泊1500カラもした。見た目ボロいのに詐欺だと思う。
「ううっ高い……こんなことなら石材運搬の依頼を済ませるんだった。
ぼ、僕はやっぱり馬小屋を借りて来ます」
「ちょっとルシール」
「はい、何ですか? 近くに泊まった方がいいですか?」
「それはないから大丈夫よ。それにボックリくんがいるでしょ。伝言はボックリくんができるから」
「そうですね。忘れてました」
ボックリくんがジロリと僕を睨みつけてきた。相変わらず僕を見る目が鋭い。小さくて可愛いのにかわいくない。
「それでね。泊まるところ決まったら、ここで食事にしましょう。明日のヌボの沼のことを決めたいのよ」
「はい。分かりました」
裏手にあった馬小屋でも1泊500カラもした。状態も良くない馬小屋だったのに、僕にとってはかなり痛い出費だ。
「でもいいんだ。明日になれば一万カラも入るんだ。ふふふ、一万カラ……」
思わず口元が緩んでしまう。けど、今はこうしちゃいられない。
「シャルさんとフレイが待ってるんだった……」
馬小屋を無事確保した僕が、先ほどの宿屋に戻ると、二人はすでに隅にあるテーブル席に腰掛けていた。
「すみません。お待たせしました」
「ルシール。生活魔法使って、馬小屋の臭いする」
フレイに開口一番そんなことを言われた。
「ごめん。そんなに臭う……たんだね」
フレイがこくこくと頷いて肯定する。
自分で自分の臭いを嗅いで確かめてみるけど……
――うーん。よく分からん。
ちょっと予約して馬小屋を確認しただけなのに、それだけで臭いが移ったのか……
でもフレイも女の子だ。女の子に臭いと言われると男としてさすがにショックを受ける。
シャルさんはどうかと横目にチラリと確認したけど、シャルさんは気にした様子が見られなかった。ちょっと救われた気分になった。
「光魔法」
僕の身体に光が集まって消えていく。ただこれだけだけど、身体も気分もスッキリ爽快になる。
「うん。大丈夫もう臭わない。食事前なのにルシール。デリカシー足りない」
「うぐっ」
フレイからは言われっぱなしだけど、事実だけに何も言い返せない。
仕方なく僕は、黙ってフレイの隣席に腰掛けた。
そうなると、必然的にシャルさんは僕たちの正面になっていた。
シャルさんの笑顔が眩しい。
「それじゃあルシールも来たことだし。それで明日のことだけど、ルシールはレベルが一番低いけど前衛じゃない?」
――あれ、僕、前衛確定ですか?
「えっと、僕はこんなレベルだし、好きで行きたいわけじゃ……」
「ん、何、よく聞こえないけど、前衛よね?」
シャルさんのスマイルが発動した気がする。でも、微笑みの奥に黒いモヤのようなものが……
――ひぃっ。
「はい。も、もちろん僕は前衛です」
「よろしい。あ、でもちょっと待ってね。今音声遮断するから」
「音声遮断? そんな魔法まで、もしかして、それも精霊魔法ですか?」
キーンと微かに耳鳴りがしたが直ぐに治まった。
「そうよ。はいっ、これでいいわ」
「精霊魔法って何でもできるんですね」
「ふふふ、それでね。ルシールには念のため〈毒耐性〉のスキルを買って欲しいの。ヌボの沼の魔物たちは毒攻撃をしてくるのよ。
レベルは12ほどでEランクの魔物だけど慎重に行きましょう」
「毒耐性、レベル12も!? ちょっとスキル確認します」
僕は片目を閉じスキルショップを使った。
黙って僕を見ていたフレイが我慢しきれなくなったのか――
「ルシールだけ、なんかズルい」
少し唇を尖らせた。無表情のフレイにしては珍しく分かりやすい表情だ。思わず口元が緩む。
「えへへ、良いだろう」
「むぅ……」
さらにフレイは頬を膨らませた。
だからなのか、いつもは分かりにくいけど、今ははっきりと僕に嫉妬の念を向けているように思える。だから僕のはつい、からかいたくなってフレイの頭の上に手を置いてしまった。
「代わりに買って上げようか? こんな風に……」
ぽふっ。
「なーんて……」
――え!?
「ふん!」
フレイはすぐに頭を振って、僕の手を払いのけてしまったけど、僕には思いもしない予想外のものが見えていた。
「今何か……ちょっと待ってフレイ。何か見えたんだ。もう一回頭に手を乗せ……」
バチンッ。
「シャルロッテさん、ルシール意地悪」
もう一度乗せようとしたら、その手をフレイからたたき落とされてしまった。
「あいたた。ち、違うんだって。今買い物代行に切り替えますか? って見えたんだよ」
「そうなの? フレイごめんだけど、ルシールの言う通りに、ちょっとだけしてくれる?」
シャルさんの言うことには素直にきくフレイは、こくりと頷いて、自分の頭をちょいちょいと指差した。
「はやく」
「あ、うん。じゃあ」
ぽふっ。
【フレイ様が同伴者ですね。フレイ様の買い物代行を致しますか?】
「やっぱり!? 買い物代行って言われました。購入後の取得者もフレイって出てる……っ、え? フレイって120万カラも持ってるの!?」
「あっ、ルシールのえっち」
「えっちって……仕方ないだろ。でもどこにそんな大金隠し持っていたんだよ」
僕の言葉にフレイは目を見開き、驚きを露わにした。これは目が少し大きく見開き口が少し開いていたから分かりやすかった。
でも、僕にはフレイが何に驚いたのかさっぱりだった。
「……ルシール本当に冒険者してた? ギルドカードに入れてる」
――あ、なんか薄っすらと記憶にあるような気がしてきた。
「……そ、そう言えばそんな機能もあったような……」
「もういいから。それより続けて」
「あっ、うん。なになに同伴者スキルを買ってあげれるが代金の支払いは同伴者8割、スキル所持者2割になるって、って何で僕が2割も払うの?」
【責任の対価になります】
「うう……僕にも買ってやった責任があるからだそうです」
フレイの顔が若干明るくなった。気がする。無表情だけど。
「じゃあ。私もこれで買える?」
「うん大丈夫、買えるよ。現に今は白くスキルが表示されて代行モードで購入後取得者がフレイになってる」
「ちょっと待ちなさいルシール」
シャルさんが突然、真剣な表情を僕に向けている。それはどこか心配してくれているようにも感じる。
「シャルさん……」
「ルシール。このことは誰にも話したらダメよ」
「えっ、どうして、みんなのためになるんじゃ……」
「ダメよ。こんなの事できたら、誰でもお金さえあれば欲しいスキルが買えるのよ。
下手したらルシール、貴方は権力者に意思のないスキル屋にされるわよ」
「何それ。怖いです……でもそんなこと……」
「できるわよ。もっとも簡単なのが、強力な奴隷の腕輪ね」
「あっ」
――そうだ。強力な奴隷の腕輪だと自分の意思なんてない。主人の命令は絶対だ。
「その顔。どうやら分かったようね」
「はい。でも、僕はこれからどうすれば……」
「それじゃあ。まず私たちは……」
しばらく考える素ぶりを見せたシャルさんは二つの綺麗な指輪を出した。
「指輪、ですか?」
その指輪には蔓の模様に小さな白い宝石か魔石か分からないものが7個はめ込まれている。
「そうよ。これは、エルフ族に伝わる、誓約の指輪というの。この小さいな石は魔石よ。本来は別の意味で使うんだけど、指輪をはめた者が誓いの言葉を、誓う相手が魔力を込めて誓約させるの。その指輪をはめる指は何処でもいいから、はい。フレイもスキルを買うなら誓いなさい」
そう言うとシャルさんは誓約の指輪を左手の薬指にはめた。
フレイはシャルさんから受け取った指輪をじっと見ている。
「誓うことは《ルシールの〈スキルショップ〉スキルのことをルシールが認める相手以外には話さない》ことよ。
誰かにこのことを話そうとしても、その言葉は相手に伝わらない。
でも誓いを破ることになるから誓った相手の奴隷になるわよ。よく考えてね」
「シャルさん……誓約だなんて、しかも破ったら奴隷とか、なにもそこまで……」
「いいえルシール。ルシールはまだ分かってないようだけど、そのスキルはそれだけの価値があるのよ。あ、でもルシールに、指輪はないわよ。話すも話さないも自己責任だからね」
「うう、そう言われると自分のことなのに僕も指輪が欲しくなった」
――つい、うっかりやりそうで怖いよ。
シャルさんはそんな僕にお構うことなくさっさと誓いの言葉を唱えていた。。
「私は今後《ルシールの〈スキルショップ〉スキルのことをルシールが認める相手以外には話さない》と誓います」
誓いの指輪が淡白く光っている。
「早く、ルシールの魔力をこの指輪に込めて」
「あっ、は、はい」
僕は慌てて、シャルさんの指輪に手をあて魔力を込めた。
すると、白かった光がピンク色に光り七つある魔石に吸い込まれいき、その魔石はピンク色に染まっていた。
「これで、私のはオッケーよ。次はフレイの番だけど、フレイはどうする?」
フレイも左手の薬指にしっかりと指輪をはめ、誓約の言葉を唱えていた。
すでに誓いの指輪が淡白く光っている。
「ルシール早く」
「えっ、あっうん」
シャルさんと同じ様に魔力を込めるとピンク色に染まった魔石が七つあるキレイな指輪になった。
「フレイも、それで誓約はすんだわね。
(記憶操作の魔法をしなくすんだわね。あれは、人格を壊す恐れがあるから少し心配だったのよね)」
フレイを見て、にこりと笑ったシャルさんは、どこかほっとしたように思えた。
その後、フレイは30万カラする〈毒耐性:1〉と70万カラする〈魔力操作:1〉を買った。
それで僕は20万カラを払うことになって、結局シャルさんへの借金が20万カラ増えてしまった。
――はあ~借金が、どんどん増えてる……
僕も増えていく借金に顔を引きつらせつつ、30万カラで〈毒耐性:1〉を買った。
「シクシク……借金は増えたけど、仕方ないよね」
スキルショップを閉じようと思っていると――
カラ~ン、カラ~ン
――何? ベルの音が聞こえる……
【ルーレットチャンスです。これはスキル購入後ランダムに発生するチャンスイベントです。
賞品はもちろんスキルですし、やり方も簡単です。
ルシール様はスタートとストップを念じるだけでいいのです。ではお願いします】
――うおっ!?
突然スキルショップの画面いっぱいにドラム式のルーレットが現れた。
【今回の出費:シャルさんへ借金50万カラ増】
――――――――――――――――――――
【名前:フレイ:Lv10】ギルドランクE
戦闘能力:60
種族:人間
年齢:13歳
性別: 女
職業:冒険者
スキル:〈棒術:1〉〈文字認識〉
〈魔力操作:1〉new
〈魔力回復:1〉〈毒耐性:1〉new
魔 法:〈生活魔法〉
〈水魔法:2〉〈風魔法:1〉
――――――――――――――――――――
【名前:ルシール:Lv7】ギルドランクG
戦闘能力:120
種族:人間
年齢:14歳
性別: 男
職業:冒険者
スキル:〈スマイル〉〈料理〉〈洗濯〉
〈文字認識〉〈アイテムバック〉〈貫通〉
〈馬術〉〈カウンター〉〈治療:2〉
〈回避UP:2〉〈剣術:3〉〈見切り:2〉
〈捌き:2〉〈毒耐性:1〉new
魔 法:〈生活魔法〉〈初級魔法レベル1〉
*レジェンドスキル:《スキルショップ》
所持金 :1,213カラ
借金残高:4,849,850カラ
――――――――――――――――――――




