幽霊さん
はぁ、今日は疲れた。
入学して一日目で、早くもダウンしそうだ。
夕食を食べるところまではよかったけど、問題はその後。
そう、お風呂だ。
このマリア寮には専属の大浴場が備え付けられている。
結構大きいので、全部で十人くらいの寮生がみんなでは入れるほどのものだ。
基本的に時間は自由に入っていいので他の寮生と入浴時間が被ってしまうことがある。
うん、普通の女の子なら何も問題ないよね。
確かに僕はまだ一日目だけど、外見だけは女の子で何とかここまでやり通してきた。
亜佳音さんには可愛いって言われたし……。
でも、入浴は別!
だって普通にその、一緒に入ったらまず……胸がない。
いやそこじゃない、そこもだけど、下のほう。
と、そんなことになってしまっては即バレで終わりなので僕はみんなが入り終わるまで待って、一番最後に入ったのだ。
なんとか今日はバレずに済んだけど、これでは先が思いやられるなぁ。
と、そんなことを考えている間に消灯の時間だ。
基本的には十二時には消灯で朝も早いから寮生はしっかり睡眠を取らないとやっていけないと亜佳音さんに言われたんだった。
そうでなくても入学初日でどドタバタだったし、今日は早く寝てしまおう。
そう思って僕はベッドに横になることにしたのだった。
◇
……んだけど。
目を覚ましてしまった。
部屋の中は真っ暗で何も見えない。
とりあえず何とか手探りで時計を見ると深夜の三時。
所謂、丑三つ時だ。
幽霊とかが出る時間、だったっけ。
正直この部屋は少し怖い。
建物自体は比較的新しいけど、部屋に備え付けてある家具がなんともアンティークなものばかりなせいか、どこか古ぼけた洋館のような雰囲気を感じてしまうのだ。
「ねぇ……」
「なに?こんな遅くに」
ふと、後ろから話しかけられて即座に僕は答える。
……って、あれ?
今この部屋にいるのって僕一人だけじゃ……。
……。
…………。
背筋がぞくぞくしてきた。
怖くて振り向けない。
そんな僕に追い討ちを掛かのように『声』は話しかけてきた。
「ちょっとお話しましょ?」
「いやああああぁぁぁ!」
あまりに怖すぎて思わず叫んでしまった。
一分もたたない内に部屋のドアをノックする音が聞こえてきた。
「あやめさん、どうかしたんですか?大丈夫ですか??」
姫野さんだ。
やばい、もしかして寮のみんなを起こしてしまったかもしれない。
というか、声!
かなり女の子っぽい悲鳴になってたはずだけど、気づかれたかな。
「だ、大丈夫だよ!ちょっとベッドから落ちちゃってびっくりしちゃって」
「そうだったんですか、お怪我はないですか?」
「うん、大丈夫!起こしちゃってごめんなさい!」
なんとかバレずに済んだみたい。
とりあえずこの状況に収拾がついたところでやっと部屋の電気をつけてみる。
「あら?こんばんは」
「え……?」
叫びたくなるのを必死で抑える。
落ち着け、落ち着こう、白井あやめ。
「さっきはどうしたの、大声なんか出しちゃって」
「ど、ど、どうしたもなにも」
「なにも?」
幽霊ですよね。
電気がついているけどよく見える。
いたって普通の女の子?女性?という感じだ。
不思議なことに姿を見てしまうと怖い、という感じはしなかった。
「どうしたもなにも、普通の女の子に見えるんだけど」
ありのままに思ったことを口にしてみる。
「普通の女の子ですけど、なにか?」
「いや、何かというか、その……」
「あなたも普通の女の子じゃない」
ちょっと待って。
この幽霊さん大きな勘違いをしている。
僕は男だ、髪が長いし今は女子寮にいるし、着ているパジャマも女物だからだろう。
でも、わざわざそれをばらす必要もないよね。
「そうだけど、あなたは幽霊だよね?」
さっきからずっと疑問だったことだ。
とりあえず、ぶつけてみた。
「うーん?違うんじゃないかしら?」
「え……」
「だってあなたは私のこと見えてるんでしょ?」
「うん、見えてるけど」
「それって幽霊って言うの?」
確かに。
普通に見る分にはなんらどこにでもいそうな女の子な感じだ。
ただ幾分か透けて見える。
この女の人の後ろの机や窓が透けているのだ。
となると、僕以外の人には見えるのかな?
僕がそんなことを考えていると、幽霊さんは続けて聞いてくる。
「まぁいいや、あなた名前はなんて?」
「白井あやめだよ、あなたは?」
「私は朝倉菫、よろしくねあやめ」
な、なんか流れで幽霊さんと友達になってしまった。
これってどうなんだろう、呪われたりとかしたら困るんだけど。
「とりあえず朝倉さん?私もう眠いよ」
「お話しましょ?」
「無理だってばー」
「むー、しょうがないわねー」
何とか納得してくれたみたい。
もう眠いー。
たぶん明日になれば全部夢だったって気づくはず……。
◇
んんーっ!
朝だけどすごく眠い。
そういえば昨日、変な夢を見たんだよね。
なんか朝倉菫っていう幽霊さんと友達になったみたいな。
夢から覚めて今考えるとおかしな話だ。
「おはよう!あやめ♪」
夢じゃなかったあああぁぁぁ!!!