遊津 良(あそづ りょう)の物語
「最高だよ!この世界がこんなに楽しいものだったなんて!」
それが、遊津 良が描の手によってこの小説の世界の全容を理解してからの、第一声だった。
何の変哲もない下校途中だったはずが、一変した。
良は、これから始まるであろう、超常の人生に思いを巡らせ、期待に胸を膨らませ、抑えきれない興奮に身体を震わせていた。
その様を見て、描は満足げに笑む。
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「あ~あ。退屈だなぁ」それが遊津良の口癖だった。
何に対しても興味がわかないーーと、いうわけでは無い。
小学校の休み時間には、友達とサッカーを楽しむし、放課後は集まってテレビゲームに興じる。アニメを見て興奮するし、毎週のジャンプを楽しみにもしている。
でも、退屈なのだ。
やりたいことがありながら退屈。
何か、物足りない。満たされない。
遊津良は、11歳にして人生に飽きていた。あらゆる刺激が、物足りなく感じていた。
友人はたくさんいるし、両親との仲は良好で、毎年家族旅行にも出かけている。にもかかわらず、別にいつ死んでも良いとさえ思えてしまう程に、退屈だ。
その理由は彼自身にもわからないし、きっと誰にもわからないだろう。
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「う~ん。投票制かぁ。ちょっと頑張り甲斐が無いような気もするけれど、まぁRPGやってるみたいなもんだと思えばいっかぁ。それに、僕みたいな可愛い美少年は人気が出るだろうから、あんまり不安も無いし」
遊津良は、退屈を忘れた。きっと、もう思い出すことも無いだろう。その確信でさえ気にならないくらいに、彼は未来を思うことに夢中になっていた。その時、何かに気づいたように一瞬動きを止めて
「でも、これってさぁ。僕達、自由に戦えないって事?」
--と、不安そうに、不満そうに、描に尋ねた。
一番初めに気になるのがそんなこと、か、と、常識ズレした良の反応に苦笑しながら、描は答える。
「そんなことはないよ。安心していい。一人目は僕が倒すと決まっているが、それは例外だ。なんの制限もない。君達は好きに動いてくれればいい。二人目からは、あくまでその流れの中で、選ばれた者が脱落していくことになる。それ以外の戦いは、結果的には誰も死なない小競り合いになるけれども、投票結果を知らない君達にはそれでもスリリングに楽しめるはずさ」
「あぁ、そうなんだ。投票結果は僕にはわからないんだ。まぁ、そりゃそっかぁ。だって負けるのがわかってる闘いなんてやる気出ないもん。やる気ない奴を殺すだけの作業なんて、読者だって読んでてつまらないだろうしね」
納得したように、うんうんと頷く良。それを見て、再び描は思う。
やはりこの子は、普通じゃあない。
「あれれ?でも、どうすればいいの?居場所がわかるのなんて、有名人の大器さんくらいだよ。他の人達と、どうやって闘えばいいの?」
「……。そこは、自分達で考えて動いてほしいところなんだけれどね。そこも勝負だよ」
「えぇ~。そんなの無理だよ!探偵じゃないんだから!」
良はわざとらしくほっぺを膨らませて、不満をアピールしてくる。
描はやれやれとため息をつきながらなだめるように言う。
「巣鴨山の中腹にある廃墟ーーというか、旧教会は知っているね?僕は基本的にそこにいる。そこにくれば、物語の流れ次第だけれど、僕が情報提供しよう」
「よっし!ありがとう!うふふっ。まずは誰と闘おうかなぁ。いや、まずは修行かな。能力を試してみないとーー」
どうやら納得してくれたらしい。描は、楽しそうに無邪気な笑みを浮かべながら、ブツブツと言っている良を横目に、羽織から炎を放ち、その姿を消していく。
「それじゃあ僕はそろそろ次に行くよ。君には期待しているよ。頑張って物語を盛り上げてくれ」
良は描が消えたその跡を見ながら、抑えきれないワクワク感に、凶悪とも形容できるような、それでいて無邪気な笑みを浮かべる。
「あの人が、ラスボスーーかな?」
彼の心は、今さっきまで会話を交わしていた相手を殺すことを、あっさりと容認していた。