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読者が選ぶ物語  作者: 夜行
九つの物語
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大器 楽人(おおき がくひと)の物語

 「これは、あんまり楽しくないな~」

 それが、大器楽人おおきがくひとがこの小説の世界の全容を理解してからの、第一声だった。


 英国を彷彿とさせる庭園の中央。

 美しく装飾されたテーブルとイスに、輝くティーセット。優雅にお茶を楽しみながら、大器楽人は渋い顔でそう言った。


 それを聞いて体面に座る、この場にふさわしくない派手な羽織を着た男(といっても、一方の楽人もスーツではあるものの、お茶会にはとてもじゃないが相応しくない、派手な紫のシャツを、しかもこれまた派手に着崩しているのだが)は問う。

 「何が気に入らないのかな?大器楽人さん」


 「う~ん……」楽人は不意に胸元から懐紙を取り出し(一応言っておくと、飲んでいるのはお抹茶ではなく紅茶である)おもむろに紙飛行機を折り始める。


 その表情は、一見穏やかな笑みをつくっている。動揺しているようなーーいないようなーー。掴みきれない。とりあえず羽織の男、びょうは返答を促すことはせず、紅茶に口を付ける。

 

 突然の紙飛行機作成という奇行を見守ること、約二分。

 すいっーーと、紙飛行機が宙へ飛び立った。


 「!……これはーー」

 「支配者ロード・オブ・道標ロード。俺の持つ特殊能力。俺の作り出した見えない道の流れに乗って、紙飛行機は宙を舞い続ける」


 楽人の言葉通り、紙飛行機は二人の頭上で八の字を描き、決して下降することなく延々飛び続ける。


「こんな能力が貰えたのは、非常に愉快なんだがな~。バトルロイヤルはありえん。憎い仇でもない奴らと殺し合いなんて、できるものか」楽人は笑みを崩さず、その声も穏やかではあったが、『心底気に入らない』。その意思は、ハッキリと伝わってきた。


 「勝者になることができれば、どんな願い事もかなうというのに?それとも、その若さで大企業の社長まで上り詰めた貴方には、もう叶えたい願いなんて無いとでも?」描もまた、笑顔で問う。ただしその笑顔は楽人のものとは全く別物。挑発的な悪意が隠れている。


 「それは無い。確かに、俺は子供のころから勉強ができるし、スポーツ万能だ。好きなことを仕事に出来ているし、大金持ちで女性にもモテる」

 

「……」描は読者の意思を汲取って、ちょっと一発殴ってやろうかとも思ったが。とりあえずはまだ聞きに徹することにした。


 「だがそれでも欲は尽きない。無い物ねだり。どんなに幸福な人間でも、さらに上を求め続けるものだ。でないと生きがいもなにも、あったものじゃあない。--が。人殺しをしてまで、それを叶えたいとは思わないな」


 「ふぅん。以外に平凡で退屈なことを言うんだね、貴方は。他の八人の主要人物の一人、ながれ君が言いそうなことだけれど、生物が生きるためにはその他の多くの命を奪わなければならない。なのに貴方は、自信の幸福の為に人を殺すのは悪だというのかい?人間の命は他よりも特別だとでも?」

 「特別だ」やや食い気味に楽人は答えた。


 ピシャリと断言されたことに少しばかり描は驚いた。『人殺しはいけないことだ』というのなら、『命は平等である』という定番の謳い文句もまた、好むものとばかり思っていたからだ。少しからかってやろうと投げかけた問いは、思いのほかあっさりと打ち返された。


 目を瞑り、紅茶を一すすりして、大器楽人は真面目な面持ちで口を開いた。

 「食育。俺が小学生の時に、クラスの皆で一匹の豚を飼った。

 「もちろん、食育というからには、その豚を食べるのが目的で育てさせられたわけだがーー俺はそんなことはしたくなかった。

 「その豚は世話をするうちに、いつからか俺の顔を覚えてくれたようでな。

 「俺が小屋に近づくと、トコトコと駆けてきて鼻を押し付けてくるんだ。

 「名前も付けた。豚だからトンちゃん。くははっーー。今思うとなんとも安直だ。……。皆、トンちゃんが大好きだった……。

 「当然だ。何年も共にいて、なついてもくれている。これで愛情が湧かない奴はそうはいまい。

 「しかし、その日はやってきた。トンちゃんは業者に引き渡され、次に俺達が見たのは、スーパーに並んでいるのと同じ。いつも口にしている、ただの豚肉だった。

 「俺も含め、何人かはトンちゃんを殺すのをとめようとした。しかし、俺達はまだバカで、大人が全て正しい人に見えてしまう、無個性な愚か者だった。

 「担任の教師が言った。『なら、あなた達が普段食べているお肉は何ですか?生きるために食べることが残酷ですか?』その言葉に、何も言い返せなかった。

 「普段豚肉を喜んで食べている自分が、トンちゃんを守ろうとするのは偽善。自分勝手な悪い考えだと、思い込んでしまった。

 「俺はトンちゃんを守れなかった。

 「だが、今の俺は言える。あの時トンちゃんを守るのは正しかったと。

 「何故なら俺がそうしたかったのだから。

 「下らんことは考えん。いくら正しく聞こえようとも、そんな理屈など知るか。感情に従うことが悪だと誰が決めた」


 その時、突然強い風が吹いた。木々がざわめき、草花が葉を鳴らす。


 そして、その突風に乗って、紙飛行機は支配者ロード・オブ道標ロードを外れ、大空へと舞い上がる。


 大器楽人はそれを満足げに見上げ、宣言する。「俺はこの小説のルールに乗ってやる気は無い」


 「それは。難しいと思うよ」描は席を立ち、口元は笑みをつくったまま、鋭い目を向ける。


 「だとしてもーーさ」楽人も席を立ち、同じように笑んで、その目をまっすぐ見返す。


 お茶会はそこでお開きとなった。


 描が去った庭園で、楽人は一人、呟くように言った。その顔にもう笑みは無い。その瞳には、力強い光が灯っている。


 「今度こそ。助けてみせる」


 楽人もまた、庭園を後にする。


 そして、彼が去った庭園の芝生にーー静かに紙飛行機が落ちた。

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