流 由大(ながれゆうだい)の物語
それは生まれ持った本能かーー。
奪い奪われ。狩り狩られ。
流由大は物心ついた頃にはそんな無法の世界に憧れていた。
気に入らない奴。自分の幸福に邪魔な奴。それらを暴力で制するのは生物として当然の事。
その衝動を、上っ面の道徳や偽善を盾に、さらなる暴力で押さえつける。美しい野生を殺す秩序が、彼には憎くてたまらなかった。
14歳になったその年。ついに彼の野性は牙をむく。
「どんな理由があっても暴力はいけない」それが両親の口癖だった。いや、口癖というより、由大の振る舞いが、それを口にさせていたのだろう。しかし、もうその言葉を聞くことは無い。
彼らはその牙によって、物言わぬ肉塊となった。
燃え盛る二つの肉塊をその目に焼き付けながら、彼はつぶやくように、言った。「助けないのはいけなくないのかーー?」
炎は燃え広がり、全てを灰に変えていく。思い出を焼ききって、燃え上がる生家をあとにーー
彼は今、獣となった。
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暗闇広がる朔の夜。地に伏す四人の男とそれを見下す男。
ただ、癇に障った。たまたま通りかかった、道端の自販機コーナーの前でバカ騒ぎする派手な格好の男達。
その姿を見てイラついた。
ただそれだけの理由で、その衝動を抑え込もうともせず、男は心のままに暴力の嵐を巻き起こした。
「おい、コスプレ野郎。見世物じゃねぇぞ」
拳を血で濡らした男が、いつのまにか背後に立っていた、派手な羽織を着た男に、獣のような鋭い眼光を向ける。
派手な紅の羽織の下には、いたって普通のTシャツとジーパンというアンバランスさは、なるほど確かにコスプレの様だ。
「コスプレか。ははっ。確かに確かに。そう見えてしまうだろうけど、それはちょっと違うかな。だって僕はそのもの二次元の存在なのだから。ちなみに君も同じだよ、流由大君ーー」紅の羽織を着たその男は、獣の目に怯むこともなくーーどころか、笑みすら浮かべて、男に手の平を向ける。
「--!?」
瞬間。
男に手を向けられた瞬間。
由大の頭の中には、多くの情報が入っていた。
それらはまるで生まれた時から知っていたことのように、記憶された。
「ははっ。これは便利だね。同じ話を9回もさせられるのは、あまりにも面倒だしね。一応確認なのだけれど、今のでちゃんと全部理解してもらえたよね?自身が小説の世界の人物だという事。この世界のルール。君の能力『生命の頂点』の使い方。他の8人の登場人物達の情報」
「……ほう。なるほどな」由大の右手がぐにゃぐにゃとうねり、原型を失いーーやがてその肉塊は獅子の顎へと変貌した。
「『生命の頂点』か。くくっ。こいつは面白い。いくつか気に入らないことはあるが、まぁそれが気にならなくなるくらいにーー面白い!」
「気に入らない事ーー
羽織の男が言い終わる前に、不意に獅子の顎が男の喉を噛み千切ろうとする。
--とは?」しかし、男は余裕の笑みを崩すこともなく、獅子の顎をかわす。炎をあしらった羽織をはためかせ宙を舞い、着地した自販機の上から由大を見下ろし、言葉を続ける。
「物語による支配。俺の未来が勝手に描かれていくってのは気に入らないな」
「ははっ。無理もない。君のその性格だと読者投票を最後まで生き残るのは、少々厳しそうだからね。それでかい?今の攻撃。進行役の僕をここで殺して、物語の流れを変えようと目論んだわけかい?」
「バカかーー」今度はその右手を熊のモノへと変貌させ、羽織の男の乗る自販機を薙ぎ倒す。
「ははっ。さすがクマさん。凄い力だね」そのまま十メートルほども転がっていく自販機を横目に、またしても軽やかに羽織をはためかせ、今度は由大の真正面に着地する。その余裕の笑みは、まだ消えない。
「なかなか良い感じだな……」右手を人間のものに戻し、由大もまた不適に笑みをつくる。
「言ったろ?そんなこと、気に入らんが気にはならん。少し能力を試してみたかっただけだ。俺は好きなように動くだけ。読者の選択だろうが、作者の意思だろうが、この暴力でねじ伏せるだけのこと」
「……それ、本当にできると思う?」そのまま立ち去ろうとする由大の背に向け、問いかける。
振り返らず、歩みを止めず「さあな。ただやるだけだ。生きるってのはそういうもんだろう?現実を生きる人間だろうが、小説の登場人物だろうが、それは同じだ」そう答え、そのまま獣は、闇へと消えた。
「……。いきがったところで、逆らえないよ。物語の流れにはね。まぁ、達観されてもつまらないけれどね。さてーーじゃあ僕も、次へ行こうか」男の羽織が燃え盛り、炎に溶け込むように、彼もまた闇へと消えた。
朔が終わり、新月が輝く。
月明かりが、照らしだすーー
これから起こるであろう、血まみれの闘争を想いーー獣の顔が狂喜で歪む様を。