六、お風呂入ろっか
バトルシーン書きづれぇー!
降りしきる雨の中、和服女と喪服女が対峙している。似たような格好のためか、この天気の中でそんな光景を一目見れば、少しでもお互い見間違えそうな状況だった。
少なくとも、これからの戦闘シーンに似つかわしくない光景である。和服と喪服。誰がどんな気まぐれでこの対戦カードを選んだのか……。
しかもなんだ、あの漆のいかにもやる気の無さそうな表情。本当にこれから戦闘描写が入るのだろうか。
数年(長年ではない)あいつと共に各地を巡り、妖怪を退治して回ったが――あれ程にまでやる気の無く、ほのぼのとした顔をして妖怪の前に立ったのは初めてだ。
しかしそんな俺の心を知ってか知らずか、漆はこちらへグーサインを出してくる。なんてのんきな奴だ。
あそこまで緊張感が無いと、こちらとしても気合いが入れにくい。
カラオケを例にすると、皆がさほど盛り上がっていない状況で自分が歌うのは、少々でも苦だろう。俺は漆としかカラオケ行ったことないけど(行ったはある)。
まさにそんな状況。
なんかもう、今回は漆に任せても良いような気さえしてくる。
妖怪は漆のほうを向いているため、こちらからではその表情を推測しきれないが、きっとそこまで警戒心のある目はしてないと思う。
なんだこいつ。と思っているはずだ。
化け狐との戦闘に割って入ってきたこのいかにも平和ボケしてそうな和服女。園崎漆に対して、まさか自分を退治しに来た陰陽師だなんて思っていないはずである。
警戒はしているとしても、自分を退治しに来たと分かっているとしても、そこまで強そうな奴には見えないはずなのだ。
だって、その式神――俺から見て、そうなんだから。
通りすがりの、何も考えて無さそうなただのバカにしか見えないんだから。
まぁそれが、園崎漆という一人の少女なのは重々承知の上だけどな。
「げっふーぃ」
漆はその緊張感の欠片も無い空気をこの場に植え付けるや否や、和服の胸元に手を突っ込み、おもむろに何かを探りだした(ちなみに漆はノーブラである)。
「えい」
何かを見つけたと思えば、それを確認もせずにそのまま妖怪に投げる。投げると言うよりか、飛ばすと言った感じか――手裏剣を片手で放り投げるときのあれだ。
漆の投げたそれは空中を一直線に飛び、妖怪に向かっていく。
あれは――御札だ。黒い御札。
まぁ、陰陽師ならそれが当たり前だろう。投げるにしても振りかざすにしても、やはり登場するのは御札が基本だろう。
しかしおかしい。御札にしても、あの使い方はどう見てもおかしい。
陰陽師が御札を゛そのまま投げつける゛なんてあり得ない。
あれでは、御札と言うよりかは、ただの紙切れだ。
「………………」
御札と呼べるそれは、は妖怪の体を何事も無いかのようにすり抜けた。爆発も何もせず――ただただすり抜けた。
当然の結果だ。御札というのは霊力が込められた呪いの紙――その霊力を外部へ解き放つには、その持ち主の陰陽師による呪文の暗唱が必要なのだ。
つまり、何の暗唱もせず投げつけたあの御札は霊力が中に込められたままの、ただの紙切れ当然になってしまう。
何やってんだあの陰陽師。俺はそんなことを思いながら、妖怪の体をすり抜けてこっちまで飛んできた御札を口で拾い上げた。その際にそれを見て、実は御札と見せ掛けての紙切れなのではと思ったが、やはりそこからは御札特有の霊力が感じられる。
「は、はははは~。すごいね~すり抜けちゃったよ~」
照れ臭そうに頭をかく漆。悪戯をやった後の子供が見せるような苦笑いを浮かべている。
お前さっきまで俺の戦闘シーン見てなかったのかよ!
溜め息が思わず零れた。今のはただ、すり抜けるかどうかの確認だったらしい……。
「あなたが、この式神さんの主さん?」
「うん、陰陽師だよ~」
「ほう…………」
妖怪は興味深そうに漆をまじまじと見つめた後――、
「じゃあ、殺さなきゃ」
吹っ飛んだ。
これは比喩表現ではなくそのままの意味だ。そのままの意味で、吹っ飛んだ。
ジェット機さながらに、脚力だけでその場から飛ぶ。跳ぶように、飛ぶ。
物凄いスピードで空中を切っていく妖怪。その向かう先には漆。
幽霊が浮遊しているような移動なので、後ろから見ればシュールで面白さを感じるにも十分な程だが、真正面に立ってあのスピードで迫ってこられたら恐怖以外の何物でも無い。そのままホラー映画化できそうだ。ありきたりだけど。
そんなお化け――ではない、妖怪の動きで、漆との距離は瞬く間に詰められた。
――しまった! 漆の作ったほのぼのオーラで俺のほうも油断していた!
俺が動き出したときにはもう遅い。妖怪は空中から、まるで獲物を捕食する肉食生物の如く漆に飛び掛かっていた。
「キェーッ!!」
これまでの無口な印象とは裏腹、攻撃時に奇声を発する妖怪。
しかし漆はそんな飛び掛かってくる妖怪に対して、平然とした表情を保っている。
――その手に赤い御札を握りしめながら。
「火符・桜花火」
刹那、火花が漆を中心に散り始めた。いや、爆発していると言っても良いだろう。
赤白い光のようなものが、漆の周りで弾け出したのだ。その光景はまるで、花火のようにも例えられた。
「――ッ!」
その爆発を浴びた妖怪が、後方へ吹っ飛ぶ。そのまま背中から地面へと勢いよく叩きつけられた。
しかしこの『桜花火』、あまり威力の大きい技ではない。ゼロ距離で浴びてしまったとしても、そこまでのダメージは受けないはずだ。
漆も考えたのだろう。桜花火は簡単に言ってしまえば、火花が散るだけの技――故に、そこまでの大きい音は出ないのだ。
こんなときでも周囲に気を配る余裕が点は評価したいところだな。あんなやる気の無い顔でも。
「そっちも私を殺す気なのは分かるけど、こっちも君を殺すためにこの村に来たわけさ――そこんとこ、頭の片隅にでも入れといてね~」
地面に倒れ込む妖怪を見下ろし、漆は言った。
「やっぱり゛今は゛有利に闘えない……」
今は――だと?
妖怪はそんなことを口走った後、すぐさま立ち上がり、
「あなたは――いつか、必ず殺すわ」
跳んだ。
助走無しで、喪服のまま、横にあった住宅の屋根へと跳び移ったのだ。
――おい、もしかしてこれって……逃げてんじゃないのか?
「あ、おい待――」
「追わないで良いよ、扇」
妖怪を追いかけようと跳ぼうとした俺を、すかさず漆が止める。
相変わらずのほほんとした顔だが、何か策があるのだろうか。
どちらにせよ、漆の言うことは俺にとっちゃ絶対だ。有無を言わずに止まる。
自分の言うことに素直に従った式神――俺を見て、漆はニッコリと微笑む。
ずぶ濡れになった和服の袖を掴み、
「お風呂――入ろっか」
と、言った。
………………。
え。
「勿論、これは主たる私の命令だよ」
――誰がこんな展開を期待していようか。
とりあえず、ひとつだけ忠告しておきたい。ちなみに忠告とは、読者に対してではなくてだな。
おい、だるま。
…………くれぐれも過激な描写には気をつけろよ?
――いえっさー!
心中で、誰かと会話したような気がした。
深夜になるとこういうのを書きたくなってしまうだるまです
もはやエロ人間です