一、早朝に陰陽の影あり
園崎扇は人間ではない。
かといって幽霊などという化学的な姿でもなければ、狼男とか、はたまた動物の類いというわけでもない。
園崎扇――つまり俺は、『式神』だ。
式神――陰陽師の使役。守りとも言うべきだろうか。どちらにせよ俺は、とあるどこかの人によって召喚された、とある一匹の生物でしかない。
そして、そのとある人というのが、園崎漆――俺の隣で座りながらイビキをかいている一人の少女だ。式神の立場からしてみても、こんな陰陽師に召喚されたことを、少しでも恥じるべきなんじゃないかと思わせてくれるような、なんとも緊張感の欠片もない寝顔だった。
乱れるように分かれた長い銀髪の髪をそっと撫でるようにして、気持ち良さそうに寝ている漆の顔に目をやった。元々のんきな顔をしたこいつは、寝ても起きても同じような顔をしている。いわゆるタレ目というやつか。
日本の風潮に溶け込もうとしているのか、はたまた陰陽師らしく振る舞いたいのか、なぜか和服を着ているところもツッコミどころだ。そのせいで町中を歩いているとよく人から見られる。
「……」
そんな漆と俺は早朝五時、電車という現代の便利なアイテムで移動していた最中だった。中は意外と空いている。
冒頭から陰陽師だの式神だのとぶっ飛ばしたナレーションをしていた俺だが、なにも今から日本古来に伝わる渋くさい話をしようとしてるわけじゃない。あくまでも現代――もしくは近未来――そんなとこだ。
しかし、だからと言って今の時代、このようにして陰陽師やら式神がそこら辺にうじゃうじゃ居るわけじゃない。
逆に陰陽師なんて今の時代じゃただの伝説だ。漆と俺は世間から見れば浮いた存在とも言えるだろう。
しかし、代々陰陽師を受け継いできた園崎家の血が漆の中に流れている以上、例え世間から、もしくは時代からも浮かれようと陰陽師の子供は陰陽師だ。こうして式神だって召喚できてしまったし、妖怪だって退治できる。もちろんお札とかでな。
「……」
まぁ、俺は式神だからな。主である漆の言うことさえ聞いていれば、寝床や食料は確保できる。俺にはそれだけで十分だ。それ以上漆についてとやかく言う必要はないし、無駄な疑問や知識を増やすことさえ無意味だ。
「おい漆、そろそろ起きろ。出遅れる」
「ふにゃあ~もう食べられないよぉ~」
「少女漫画の主人公みたいな夢を見るな。お前の脳内はそんなにキラキラしてるのか」
といっても、少女漫画なんて文化は俺には分からないがな。たまに漆が持ってくる週刊誌なるものは拝見するけど。
俺には、日本の文化などに溶け込む必要がないからな。
「そんなことないよ。扇は゛一匹゛の人間だし……」
さすが陰陽師。寝ぼけた顔をしていても、式神である俺の心とリンクするなんて朝飯前か。まぁ、朝飯はもう食ってしまったが。
「起きていたのか、漆。さっきまでキラキラな夢を満喫していたようだったが」
ツッコミをかます俺。
それでいて、あえて漆の言葉には反応しなかった。
人間であるのに一匹か……。まるで式神であるのに関わらず、無理矢理俺を人間に見ようとしているみたいだな。
「キラキラな夢なんて見てないよ。逆にあれはどす黒い夢だね。生身のマンボウを無理矢理食べさせられるところだったんだから」
……それは確かにキラキラしてないな。少女漫画の主人公だったらショック死しそうな夢だが……なぜマンボウ?
眠そうにしていた漆が、腕を上げ伸びを始めた。
「しかし漆、『へんじゃ村』――といったか、そんなところに何の用なんだ?」
「うん、確かに遊びに行くにしてはなーんもないとこなんだけどね」
俺は漆の元に付いていきながら、いつも目的などは後から聞かされているのだ。漆が教えてくれないというより、俺が聞かないだけなんだがな。
今回は暇潰し――というか、話題作りのために聞いてみた。実際そこまで興味があるというわけじゃないけど。
「なんかね、怪奇現象が起きてるんだって」
「と、いうと?」
「一ヶ月前から、子供が誘拐される事件が多発しているらしいの――しかも、雨が降ったときだけにね」
「ほう……」
雨が降ったとき……ねぇ。
雨が降った日でもなく、雨が降る日でもない――降ったときか。
「雨が降っているときなら、大体の場合は出かけずに家に居るケースが多いだろう……。ましてや子供なんて」
「そう! そこで私はこれは妖怪が関わってるんじゃないかな~と思って、調査することにしたの」
「ふん、なるほどな」
さっき話した通り、今の時代じゃ陰陽師なんて職は一般には知られていない。だから昔のように、陰陽師に妖怪退治の依頼などをする人は居なくなってしまった。
そんなわけで漆は、基本的に自分から怪しい――もとい妖しい場所に出向き、そこで陰陽師としての仕事を行う。その繰り返しだ。
今回もそのケースというわけ。
「しかも狙う相手が子供っていうのもありきたりだしね~分かりやすいね~今回は」
「のんきな奴め、お前も捕まるかもしれないぞ」
「私はこう見えても十六歳ですっ!」
「子供じゃねーか。ちなみに見た目も」
顔を赤くして怒る漆。なんて分かりやすくてありきたりな子供だ。
あと、ちなみに俺には年齢なんてない。式神というと、二百歳とか四百歳とか大袈裟な年層の奴を思い浮かべるだろうが、俺は違ったケースだ。
俺には、年齢自体無い。
まぁ見た目は若く作られたらしいがな。十六歳の男子高校生くらいだそうだ。ほんとに友達気分を味わいたかったんだな。
ショートヘアーの整った黒髪。強気な表情を保っているつり目。
漆にしてみれば結構イケメンらしい。俺には分からないが。
「ほら、着いたぞ」
揺れ動いていた電車が止まり、辺りは一層に静けさが募った。
小さな村だ。電車内の時計を見ると昼前の十一時になっていたが、外を出歩く人は少ない。
あまり盛んではないのだろう。俺は錯覚した。
電車のドアが開くと表札が見えた。少し古くなり、カビさえ付いたその表札――。
『へんじゃ村』。
これから始まる、雨の物語の舞台だ。