第3楽章 Ⅰ
「で、何?」
夏休み前最後の一週間。
夕姫帆は意を決して櫟梟夜をお茶に誘った。
梟夜は時間に遅れず現れ、コーヒーを持って夕姫帆の向かいに座るなり、単刀直入に問うてきた。
「あのね、わたし、ほらこの通り、手、怪我しちゃったじゃない?
だからね、桃花鳥の伴奏、櫟くんに替わってほしいの。」
「用件はそれだけか。」
「そ…だけど?」
「やだ」
「え?」
「返事だよ返事。
俺は嫌だ。」
「なんでっ?」
「なんであいつが来ないんだよ?」
「あいつって…桃花鳥?」
「これはあいつが出たいコンクールなんだろ?
なんで町田が言う必要があるんだ?」
「……だって、これは・・・・・・・わたしの一存なんだもん。」
「へぇ。それで、山藤はなんて言ったわけ?
それ、あいつにも言ったんだろ、どうせ。」
「言ったけど…。
櫟くん、怒らないでね。」
「今更怒らねーから、さっさと言えよ。」
「桃花鳥はね、
『夕姫帆、適任って誰?
まさか、櫟くん、とか言わないでね?』
『別に、まさか、って言うほどでもないじゃない。』
『嫌よ。』
『なんで?』
『だって…彼はこのコンクールへの出場を辞退したし、』
『理由ってそれだけ?
ならいいじゃない。押しつけるのは悪いと思うけど、聞くだけ聞いてみようよ。』
『でも…』
『桃花鳥、珍しいね、そんな風に後込みするの。
もしかして櫟くんとなんかあった?』
『・・・何もないわ。
もう、勝手にして。』
って、言うんだもん。」
「じゃあ、俺が弾く必要はないってわけだな?」
「駄目なの?
ねえ、本当に桃花鳥と何もなかったの?
最近2人が喋ってるの見ないし・・・」
「これまでも滅多に喋ってなかったけど?」
「ほら!‘これまで’って、いつまでのこと言ってるの?
やっぱり何かあったんでしょ?」
「なにもねぇっつってんだろ?
お節介すんなよ。
山藤に言っときな、ほんとに出てほしたきゃ自分でいいにこいって。」
「え…
櫟くんのひとでなし!!
櫟君ならどうして桃花鳥がこのコンクールのためにあんなに練習してるか知ってると思ったのに。」
「………」