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提琴小夜曲  作者: 弥月ようか
7/12

第2楽章 Ⅲ



コンコンッ


 四季塔の生徒であれば、真夜中だろうが真っ昼間だろうが関係なしに使用できる、それが四季塔の自主練習室のいいところだ。

しかも音が漏れない防音壁。

ますます周りの目を気にせず練習できちゃう。


コンコンッ


 ちなみに、その部屋が使われているかどうかはドアに小さな磨りガラスがはまっているから見ることができるし、受付のところのモニターで、使用または予約の状況がランプで見られるようになっている。


コンコンッ


 鍵をかけるかけないは自由なため、今の桃花鳥は真夜中ということもあり掛けていなかった。


「はいるぞ」

「いいけど、邪魔をしないなら。」

声は聞こえたかどうか分からない。

どちらにせよ、相手はもとから入ってくるつもりだっただろう。

だから桃花鳥は気にせず曲を引き続けた。

 曲は、ほんの数日前に弾いたのと同じ曲。

モーツァルト作曲:ヴァイオリン・ソナタ第25番ト長調

鮮やかな音色にピアノが重なった、あのときの響きの感覚は、他の伴奏者のときとはまったく違う…

 途中、ヴァイオリンソナタというだけあって、ピアノオンリーの箇所がある。

そこはさすがに伴奏抜きでは弾いても面白くない。

 とばして次からまた弾こうかとも思ったが、訪問者を待たせることが気になり、演奏を中断させることにした。

「弾いててもいいぜ」

「嫌よ。

 わたしの演奏は人に聴かせるためのものじゃないもの」

「音楽室で弾いたときは?」

「…しいていうなら、楽しみ、かしらね。」

「楽しみ?…」

「あの曲、ピアノ伴奏つけて弾いたことなかったから」

ヴァイオリンの片づけが終わってしまい、手持ちぶさたな桃花鳥はCDラックから交響曲をだしてきた。そしてそれをCD・MDコンボにいれた。

曲が流れてくる。


Tchaikovsky 作曲 Symphony No,5


 この部屋に一つしかないピアノ椅子に座った梟夜のななめ前に、椅子を持ってきた桃花鳥は座った。

「今日は何、櫟くん」

桃花鳥らしく、単刀直入に聞いてくる。

「参加するんだろ、あのコンクール」

梟夜も同じように核心をついた。

「まぁね」

しかし、曖昧に返された気が、する。

「わたしの音楽は聴かせるためじゃないって、言ったでしょ」

そんなことを言われても、桃花鳥の事情なんか知らない梟夜にしてみればさっぱり分からないし、あ、そうですか、程度のものである。

「 ・・・世界へ行くための踏み台 」

梟夜がぽつりと呟くと、はっと息をのむ音が伝わってきた。

「それ、聞くために来たの、櫟くん?」

梟夜の言葉に反応してから数秒、ため息混じりに桃花鳥は聞いてきた。

梟夜は、どこまでも挑戦的に問う。

「どこまで知ってるんだと思う?」

一番桃花鳥が興味を示す方法だ。

梟夜と桃花鳥は似ている、そう、梟夜は認識している。

素っ気ない態度や負けず嫌いな性格だけではない、何かが。

「…わかんないわ、あなたが何をしたいのか。」

珍しく、本当に不思議そうな瞳をしている。

「お前の音楽は、聴かせるためのものじゃない、だったら何のための音楽だ?」

桃花鳥の思考が手に取るように分かる。

そんなことを言うためにわざわざ真夜中に尋ねてきたのか?と。

「…昼間だと邪魔が入ると思ってな」

ふと充や町田の顔が浮かぶ。

「夕姫帆たちが知っちゃいけないような話をしようって言うの?

 ねぇ、それってなに?

 あなたは本当に、何を知っていて、何がしたいの?」

冷静さを失わない声だが、その心の動きが声にも見え隠れする。

だんだんと怒りの感情が声に混じり始めた。

…別に、挑発して怒らせようと言う気はなかったのだ、もともと。

ただ、桃花鳥のような人間を前にすると無性に怒らせたくなる、それだけだ。

だが、そろそろ本題に入ったほうがいいだろう。

さて、どこから始めたものか…。

「・・・お前の母親、元気?」

母親、という言葉に反応したのが分かった。

「俺の親がきいとけって言ってたから。」

「…あなたのご両親が?」

 何のつながり?

いぶかしげな視線が、そう言っている。

「いこま・・・ヴァイオリニストの生駒玄鳥さんだろ、お前の母親。

 俺の母さんも、鵬出身なんだ」

「…それで?」

警戒を解かず、じっと睨みつけるかのようにこちらに目を向けている。

「玄鳥さん、俺の母さんのパートナー。

 ここまで言ったら分かったか?」

ひとまず、様子を見る。

「…それは。

 わたしの母さんのことを何か知っているということなのね?」

ふっとそらした目を再び真っ直ぐ合わせ、問うてきた。

「ん____そういうことになるのか?」

雰囲気がここまで重くなるとは思わず、梟夜自身、少し驚いていた。

それが声に現れたのか、次の桃花鳥の反応は意外なもので、残念なような、期待したのを悔いているような表情でうつむいて声を絞り出していた。

「わたしにはそう聞こえたけど」

それを見て、梟夜は しまった と思った。

「いや、なにも知らないわけじゃない」

急いで言ったものだから、取り繕ったかのようになってしまった。

「じゃあ、何を知っているの?」

ガバッと顔を上げて尋ねてくる。

「お前の…母さん?ってさ、今、日本にはいないんだろ?」

「!_そうなの!?」

「え…ぁ、それも知らなかったのか。

 それは、悪かったな。もっと早くに教えてればよかった…」

「あ、…うん。

 それで?」

「なんか、、、帰れねえって聞いたけど。母さんに。」

「…櫟くんのお母さん、わたしの母と連絡とっていらっしゃるの?」

「いや、あっちからの一方通行だって。

 家族とは連絡とれないから会うことがあったら伝えて、とか言ってたらしい。

 コンサートとかにお呼びがかかれば行けないこともないそうだが、まあ、 

 どこかへ行けることの方が少ないらしくて、多忙らしい。」

「 ‥元気なのね。」

「そうらしいぜ…よかったな」

「まぁ、ね」

やっとほっとしたように微笑んだ桃花鳥の様子に、梟夜は安心したけれど、しかしここ半年以上連絡がないなんてことは言えそうになかった。


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