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提琴小夜曲  作者: 弥月ようか
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第2楽章 Ⅱ



自主練習室2。

四季塔2階にある練習室には、ピアノ、CD・MDコンボ、楽器別指慣らし用の曲の楽譜がそろっていて、冷暖房が完備されている。

そのため利用する生徒数は多く、四季塔に住んでいる桃花鳥でさえも20分ほど待ってようやく空いた部屋へ入ることができた。

11時まで、残り時間は少ない。

 鵬音楽学校には、それぞれの楽器専門の先生が数人ずついるのだが、休日はレッスンが殺到する。

その混雑を避けるため桃花鳥は学校外の、入学前から通っていた先生のところへ月に1度レッスンを受けに行っている。だから、早めに学校を出なくては時間に間に合うことができない。

「時間無いわ、指慣らしもできない…」

結局カイザーやスケールシステムをいくつか弾いて、楽器をしまうことになってしまった。

それでも30分ほど弾けただけましだろうか?

自主練室を後にして、同じく2階の受付で外出の手続きをしていると、隣にいた人が手を止めてこちらを向いた。

桃花鳥が手続き書を書き終わるのをじっと待ってる様子で、気になって横を向くと、なんとそれは歌蓮だった。

「……会…ちょ、、ぉ。。」

一番会ってはいけない人と会ってしまった…

桃花鳥はそう思って歌蓮に背を向けたが遅かった。

「ときちゃん、歌蓮でいいって言ってるでしょ?

 で、どうして会長から逃げなくちゃいけないかしら?

 わたしに何か悪いことでもしたの?」

片手で桃花鳥の腕をしっかり捕まえながら笑顔で言うところがまた怖い。

なんといったって年齢差5だ。

しかし桃花鳥は3月の早生まれであるからその差は6年に等しい。

そんな先輩に引き留められたら誰だって怖い。

「…あの、歌蓮先輩。

 わたし今からレッスンに行かなくちゃいけないんですけど…?」

「そうらしいわね」

そんなこととっくに知っている、と言う目で、桃花鳥の外出手続き書を見、桃花鳥の目を真っ直ぐ見た。

その目が、このあいだの返事は?と問いかけてきている。

耐えきれなくなって目をそらすと、今度はちゃんと口で問いかけてきた。

「コンクール、参加締め切り近いのよ?

 さぁ、どうする?」

やわらかな声だが。

その言葉の持つ意味は桃花鳥にとってはとても重い。

「歌蓮先輩。

 今は時間が本当にないので、

 お昼、ご一緒しませんか?」

「お昼ご飯?

 …だめね、3時にサロン。」


桃花鳥が会長からやっと解放されて20分後。

「櫟くん、発見…」

続いて櫟が歌蓮につかまっていた。


「あの、生徒会長?」

「なに?

 櫟くん、どうかした?」

「いえ。

 俺、そろそろ部屋へ戻っても良いですか?」

「どうしてわたしに断る必要があるの?」

あなたが勝手に、それも含みのある笑顔で俺の向かいの席に座ったからですっ

…なんて、いくら梟夜でも言えるはずがなかった。

 さて、会長がわざわざ会いに来た理由は分かっている。

けれど答えるにはそれ相応の覚悟がいるだろう。

会長はきっと今返事をもらうつもりだ、しかし自分はまだ決めかねている…。

「どうしたの、櫟くん。

 わたしに言うことがなかったら帰ってもいいのよ」

のんきにミルクティーを飲む姿からは想像できないほどの言葉をその目が語りかけている。

ここは。

「それじゃあ、俺はお先に失礼し…」

「お待ちなさい」

えっ。

テーブルを振り返ると、そこには笑顔のままの会長が、ますます面白そうにしている。

そして、梟夜への声は真横のテーブルからかかっていた。

「歌蓮先輩、コンクールへの申し込み締め切りはもう3日をきりました、

 執行部員はそれはもう必死なんですよ?」

そのテーブルから立ち上がった少女は くっと拳を握り唇をかんだ。

 明らかに歌蓮に対する文句を口にしているのに、その視線の先は何故か梟夜だった。

「それなのに…それなのに会長はのんびりと返事待ちしているし、

 当の本人たちも何ら気にせず生活を送っているし…」

今にも涙があふれんばかりである。

ただでさえ相手は女だ。それも制服から察するに高学年。

遅い朝食または早めの昼食、はたまた単なる休憩に来た奴が沢山いるこの食堂で、こうも派手に動かれては…。


 おいおい、この状況は俺が泣かせたみたいに見えるだろうが。


 突然現れた少女の行動をずっと見ていた歌蓮は、やっと立ち上がってやってきた。

「は~ぁい、妃憂きゆちゃん。

 ずっといたのならそう言ってくれればよかったのに。」

歌蓮の脳天気な言葉に、妃憂と呼ばれた少女はがっとかみついた。

「どうしてわたしがここにいると思っているんですか?

 ヒロキが、会長一人だと心配だからこっそりついてろって言うから見てれば、

 せっかく参加候補者に近づいたと思ったら返事聞かずに離れちゃうし、

 今度こそ、と思ってみていればこの有様ですよ。」

何となく分かってきた。

この妃憂とかいう人は執行部員で、これまた同じく執行部員らしいヒロキとかいう人にいわれて会長の仕事ぶりを見ていたが、その脳天気さに堪忍袋の緒が切れた、と。

 それにしても、あのコンクールの締め切りはもう3日をきっていたのか。

一人納得して食堂を後にしようとしたところ。

「ちょっと待ちなさい、櫟梟夜!」

始めに声をかけてきたときと何ら変わりない声音で妃憂は再び梟夜を呼び止めた。

しかし、食堂の入り口にたつ梟夜と食堂の奥に立っている妃憂の間約20㍍。

それでもはっきりとその声が耳に届いたということは。

近くへ来たか、声量を大きくしたか、だ。

ざわざわざわざわ。

この場合は後者らしい。

周りの生徒たちが騒いでいる。

 ここから逃げるには少し分が悪い。

できるだけ時間をかけて振り返ると、妃憂と歌蓮はだいぶそばへ来ていた。

「ここじゃ目立っちゃうみたいだし、場所かえよっか」

のんびりとした口調を崩さず、歌蓮は妃憂と梟夜の肩を押して食堂を出た。


食堂を出たとたん、妃憂はぐっと前に出て梟夜に向き直った。

「取り乱してしまってごめんなさい、

 わたし、4年の杉浦妃憂です。

 これからコンクールとか出るときは何かと融通が利くから執行部に申請してください」

よく響くアルトだ。

少し高めの歌蓮の声に比べ、芯がある。

「・・・それでは、歌蓮先輩、あんまりヒロキに負担かけないでくださいね。

 わたしはこれで。執行部の仕事を片づけてきます」

そう言って妃憂は行ってしまった。

 まるで風のような奴だ。

結局、会長に文句を言っただけで帰ってしまったし…。

「なかなか使える執行部員よ。」

もしここに妃憂がいれば、ふふ、と笑う歌蓮に対し、それはあなたが仕事をしないからです、と

つっこみを入れる、絶対。

それにしてもだいぶ時間が無くなったな…。

さっきまでは色々と迷いもあったけれど、今はその迷いもすべてなくなった。


 梟夜は、2,3㎝高い歌蓮の目をしっかり見据え、言い切った。


「会長、俺はコンクールに参加しません。」


一瞬何のことを言われたのか理解できなかった。

あらためて頭の中で理解したとき、歌蓮はとても驚いた。

桃花鳥ちゃんが断る可能性は高いとは踏んでいたけれど、まさか櫟くんが断るなんて、予想すらできなかった。

「櫟くん、ホント?」

「本当です」

「滅多にできない経験なのに?」

「はい。

 それでも参加しません」

櫟梟夜の目に、迷いはなかった。

それを見て取った歌蓮は、すっぱりと諦めることにした。

「ざんねん。

 あとは桃花鳥ちゃんの返事待ちね」

「そうしてください。

 せっかくのお時間無駄にしてしまい・・・」

「いーのいーの。

 どうせ生徒会なんてただ働きよ。

 あ~でもちょっと残念」

櫟くんってもっと棘がある子だったと思うけど、1対1で話してみると、そんなこともないのよね…

なんでかしら。

 歌蓮が思案しているうちに、櫟はいなくなっていた。



「歌蓮先輩、お待たせしました。」

四季塔6階にあるサロン、3時。

歌蓮は念のため2時50分頃から待っていたが、桃花鳥はきちんと3時に現れた。

「ううん、待ってないからいいわよ」

「それならいいんですけど。」

そう言いながら桃花鳥は向かい側に座った。

こういう時は単刀直入に限る。

「で、返事決まった?」

「あ・・・はい、参加します。」

歌蓮は、今度は拍子抜けしてしまった。

こんなにあっさりと答えが聞けてよかったのか、悪かったのか・・・。

まぁ、わたしの知る山藤桃花鳥はまず、迷いがあったら今日返事をするなんて言わないから、今朝会った段階で決まっていたのだろう。


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