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提琴小夜曲  作者: 弥月ようか
5/12

第2楽章 Ⅰ



リン・リリリン♪♪~☆~♪

土曜日の朝、桃花鳥は何度も寮のドアのベルが鳴っている音で飛び起きた。

学校内でもたった5人しか入ることのできない特別待遇寮である春夏はるか寮は、第2図書室の入った四季棟の7階にある。

このようなところまでわざわざ上がってくる人はそうそういない。

「はい、山藤です、今出ますので、少々お待ちください。」

インターホンに通じる電話に向かって、相手が誰かすら確認せずそういうと、桃花鳥は急いで朝の支度をはじめた。

二日前に言われた会長からの誘いを未だ引きずっている桃花鳥は、低血圧で回らない頭を必死に動かした。


「ごめんなさい、お待たせしました。」

そう言ってドアを開けると、一人の少女が立っていた。

「えっと、どちら様かしら。」

首を傾げて問う桃花鳥に、少女は右手を差し出してきた。

「はじめまして、1年3組の町田夕姫帆まちだゆきほです。

 専門はピアノ、夕姫帆でいいよ。

 もしよかったら、私のパートナーにならない?」

肩に軽くつくくらいの髪に、真っ白い肌。

なにより、とてもいきいきとした少女だった。

「??」

桃花鳥が、反射的に少女の手を握り返すと、少女は笑った。

「噂の通り、美人だね。

 桃花鳥って呼んでもいい?

 私の友達に、1組の子がいるんだけど。

 桃花鳥って、なんかみんなを寄せ付けないオーラ出してるって言うから、

 ちょっと、会いに来ちゃった。」

「会い…に……。」

「そう。」

彼女は、にこっと屈託のない笑顔でそういった。

初めてのタイプの少女に、桃花鳥は追いつけないでいた。

町田、と名乗った彼女は、桃花鳥のことなんかお構いなしなところは櫟梟夜と変わらないのだが、どこか、毎日を楽しくしてくれそうな、桃花鳥の興味を十分に引く子だった。

「桃花鳥、今から朝食?」

「そうだけど…?」

「よかった、わたしもまだ。

 一緒に食堂行かない?」

普段は、人を自分のペースに巻き込みひっぱる方な桃花鳥が、町田夕姫帆に限っては、

ひっぱられていた。


「あの、町田さん?」

「なに?

 っていうか、町田って言うのやめてよ。

 夕姫帆でいいの。」

「…それじゃあ、夕姫帆、私たちなんだか、目立ってないかしら。」

「気のせい、気のせい。

 桃花鳥が綺麗すぎるからでしょ?」

「お世辞はいいわ。」

食堂で朝食を食べながら、右から左から前から後ろから。

びしびしと視線が飛んできているのを、桃花鳥は痛いほど感じていた。

それでも、怖じけることにプライドが許さない桃花鳥は、落ち着いて朝食をとる。

「見ているくらいなら、声でもかければいいのにね。」

夕姫帆が、横で冷静にそうつぶやく。

「桃花鳥、目立っているわけではないんだけど、

 みんな興味があるんだよね、噂の的は、どんな子だろうって。」

夕姫帆のつぶやきに、桃花鳥は目を丸くしてその横顔を見つめる。

「桃花鳥、朝ご飯それだけしか食べないの?」

桃花鳥が何かを言いかけようとしたところ、夕姫帆はするりと話題を変えてしまった。

「…どうりでやせてると思った。」

「低血圧だから」

「ふ~ん。食べなきゃだめだよ」

そんなことを言いながら夕姫帆はぱくぱくと朝食を口に運ぶ。

「鵬学校って広いよね。

 桃花鳥はどこ出身?あ、小学校ね」

「公立のところだけど。」

「広かった?」

「ここの方が広いわ。」

「そうよね」

二人が他愛のない会話をしていると、向かい合った席にフッと影が差した。

「あ。

 河岡クンに、櫟クン。

 おはよう。」

顔を上げると、そこには朝食のお盆とお茶を持った櫟梟夜ともう一人、桃花鳥の知らない男子生徒が立っていた。

「おはようございます、町田さん。

 前の席、いいですか?」

「どーぞ、河岡クン。

 名前、もう覚えたんだ、早いね。」

「そちらこそ。」

長テーブルに並んだ桃花鳥と夕姫帆の正面に二人は座った。 

「おはようございます、山藤桃花鳥さん。」

早速、櫟梟夜の隣に座った男子生徒は桃花鳥だけに話しかけてきた。

「? おはようございます」

「俺は、1年3組河岡充かわおかみつる

 梟夜とはすこし遠い親戚。

 昨日の演奏、俺聞いてたよ。

 すごかったね。

 梟夜が弾くところは何度も見てるから知ってたけど、ヴァイオリンと合わせると、         

 迫力が違うね。

 ちなみに俺の専門は、指揮。

 学園内では梟夜のお目付役も兼ねてるんだ、これからよろしく。」

眼鏡をかけた、いかにも真面目で何を考えているんだか分からなさそうな好青年だった。

「充、もういいか?」

櫟のむすっとした声に答え、河岡はどうぞ、と言った。

それを聞いて、今度は櫟が一つの質問をしてきた。

「結局、おまえそいつとパートナーになるのか?」

意外だった。

そういえば、改めて思う。

夕姫帆はもともとパートナーにならないかと言ってきたのだ。

 桃花鳥は返答に困った。

「残念ながら、私たち、今朝知り合ったばっかなんで。」

櫟梟夜の棘のある声にも動じない夕姫帆は、軽々と質問をあしらった。

そして逆に。

「桃花鳥のパートナーがそんなに気になるんだ、櫟くん?」

と、堂々と軽口で返してしまう。

これにはさすがの櫟も黙ってしまった。

 朝食を終えた桃花鳥は、すでに時計が9時をまわっているのに気づいた。

黙り込んでしまった櫟と、仲良さそうに世間話をする夕姫帆と河岡を横目に、

「わたし、11時からレッスンがあるから、お先に失礼するわね。」

そう言って、席を立ってしまった。


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