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提琴小夜曲  作者: 弥月ようか
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第1楽章 Ⅱ



二人の噂は、一気に広がってしまった。

全寮制の学校であることだけではなく、問題の演奏後、二人は生徒会長直々にお呼ばれしてしまったからであった。

「汚い部屋で、悪いわね。」

紅茶をだしながらそう言う会長の言葉には、全く説得力がない。

何しろ、お呼ばれした部屋とは、生徒会長の自室だったのだが、すべてをアンティークで統一してあり、塵一つない清潔なお部屋だったからである。

予想外のアクシデントに、さすがの櫟梟夜もおとなしくなっている。

 ここへ来るまで、彼は一度もしゃべらなかったし、桃花鳥には目もくれなかった。演奏前に話してから、二人は何も話しをしていない。

…というより、演奏前の言い争いで気分を悪くした桃花鳥が、全面シカトモードにはいっていたのだ。


「初めまして。

 改めて自己紹介するわね。

 わたしは、今年度生徒会長の、6年C組東条歌蓮です。

 どうぞよろしく。」

ほわっと笑う歌蓮は、半ば強引に梟夜と握手をし、桃花鳥と握手を交わした。

歌蓮には分からなかったようだが、櫟の顔が、だんだんと険しくなっていた。

まあ、きっとこの状況に耐えられないからだろうけど。

くすっ。

心の中で笑ったつもりが、顔にも出てしまっていたらしい。

櫟の周りの空気が、瞬間的にピリッとした。

歌蓮はそんな変化には気づいていないのか、気づいていても無視しているのか。

「さっきの演奏、とっても綺麗だった。

 わたしの周りもみんな、すごくよかったって、褒めちぎってたわ。

 残り1年しかいられないけれど、すごくいい後輩がはいってきてくれて、

 会長としては鼻が高いわ。」

いっこうに話をやめる気配はない。

それどころか、歌蓮はだんだん真剣そうな顔つきに変わっていった。

「…そんな話をするために二人に授業を抜けてまで来てもらったんじゃないわ。」

まぁ、桃花鳥にだって、そのくらいは分かる。

きっと櫟も何かあるとは思っていただろう。

しかしながら困ったことに、桃花鳥は櫟の姿が視界に入るたびにイライラしてしまっていた。

これには歌蓮も気付いたようだった。

桃花鳥と櫟の間に漂う雰囲気に、歌蓮は二人の顔を見比べた。

「櫟くんと山藤さんって、仲悪いの?」

単刀直入だ。

「いいえ。」

先に答えたのは櫟だった。

「そう見えますか?

 だけど、仲悪い人同士じゃ、あんな演奏は無理だと思いませんか、東条先輩。」

仲が良い、ということにするらしい。

「それは…そうよね。」

納得顔の歌蓮は、櫟に次の言葉を言わせず、とんでもないことを提案してきた。

「それなら、二人せっかくなんだから、ペアになったらどう?」

「「!!!……………はあぁぁぁぁ。」」

初めて二人の反応がそろった。

思いっきり顔を見合わせ、それから額に片手を当てて、大きなため息をついたのだ。

「ね、似たもの同士、仲も悪くはないんなら、良いじゃない。」

とてもいい考えだとでも言うように歌蓮はニコニコとしている。

そうして耐え切れない沈黙が続いた後、やっと櫟が口を開いた。

「それって、今返事、返さなくちゃ、だめなんですか?」

額に手を当てたまま、その指の隙間から歌蓮を見上げる。

そんな櫟に、歌蓮はふふっと、先を哀れむような顔をした。

「別に、ペアは、今年度中だったら、いっつでもいいのよ。

 だけど、あなた達の演奏は、もうとっくに全校に広まっているんだからね。

 この塔、否。この部屋を出たときから、あなた達へのペアの申し込みは殺到ね。

 それでもいいんなら、どうぞ、ご自由に。」

更ににこにことした歌蓮の笑顔の言葉に、櫟は何かを察したらしく、うっとひるんだ。

珍しい。

怯む櫟をよそに、桃花鳥は歌蓮にはっきりと申し出た。

「生徒会長。 私は…櫟くんとはもう、一緒に演奏しません。

 というか、演奏したくても、たぶんもう無理です。

 だから、ペアなんてもってのほ……か……」

「山藤がこう言ってるから、俺ももう無理っぽいです。

 東条先輩、お騒がせしました。」

櫟は、桃花鳥に最後まで言わせず、言いながら席を立とうとした。

「あっ、ちょっと、待って待って!

 話はそんなことじゃあないのよ、だから待って!」

勝手に退室しようとした櫟を慌てて呼び止めた歌蓮は、急いで何かのチラシを取り出してきた。

櫟もまた席に戻ってその紙を見る。


「私は今年度の鳳凰学院音楽コンクールに、あなた方2人を推薦するつもりです。」


歌蓮は冗談を言っている風ではなく、とても真剣に二人を見つめた。

      

「それは、個人で出場するものなんですか?」

「ええ、そうよ。

 この学校からもあと2,3人でることが決まっているわ。

 今日の演奏を聴いて確信したの。

 あなた達二人になら頼めると思った…どうかしら?」

「コンクールってのは、この学校自由参加のはずですけど…?」

「ええ。

 でも、来月開かれるコンクール…“鳳凰学院音楽コンクール”は、                

 各国にある音楽学院の中でも選りすぐりが選ばれて参加するものなの。」

歌蓮の話を一通り聞き終えると、櫟は歌蓮に対し物怖じせず様々な質問を浴びせた。

歌蓮はその質問によどみなく答えていたが、この質問に口を閉ざしてしまった。

「何故そんな大変そうな役目を俺等1年が請け負わなくてはいけないんですか?」

「それは…」

「それは…何なんですか?」

言い募る櫟に、歌蓮は何度か口ごもってやっと言葉を紡いだ。

「今はまだ教えられる段階じゃないわ。

 それより先に返事が欲しいのよ。」

つい、と二人から視線を外した歌蓮に、今度は桃花鳥が食い下がった。

「でも歌蓮先輩、それはおかしくありませんか?」

「おかしいって?

 どういうことかしら」

「わたしたちはまだなにも知らない身です。

 そんな1年がコンクールに出なくてはいけないほどこの学校は落ちてはいないはずです。」

「…その通りね。

 でも。」

そう答えながら、歌蓮はあきらめたように真っ直ぐ二人の眼を見て言った。

「このコンクールはその何も知らないことが参加者の絶対条件の一つなのよ。」

「「参加者の絶対条件?」」

思わず桃花鳥と櫟の声が重なる。

そしてお約束のようにそっぽを向く二人。

しかし、その言葉が言い終わらぬうちに、歌蓮からはほっとため息が聞こえた。

「二人とも本当になにも知らないのね。よかったわ。

 これで第1条件クリアよ。

 この先は二人の返事を聞き次第話すとするわ。」

話を切り上げようとした歌蓮に、二人は目で、もっと情報を提供するように訴えかける。

それに答えるようにして歌蓮は失笑しつつ言った。

「…何となく分かったでしょ?

 少しでも何か言ってしまったら条件からはずれてしまうのよ。

 それに、この条件は毎年少しずつ違うから。」

「調べたらいけないってことですか?」

「そういうことになるわ。

 これ、毎年参加資格を持った人を見つけるのに苦労するのよ?」

「資格……」

「ということだから。

 返事は早めにちょうだいね?

 結構名誉な大会だから、良い経験になるはずよ」


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