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人魔の少女

「せやあぁぁっ!」


 振り下ろした木剣が相手の木盾に阻まれる。すかさず繰り出される反撃を蓮は後ろに飛び退くことで躱してから、再度全力で打ち返す。

 それも木剣を合わせることで防がれ、相手はクルリと身体を回転することで蓮の一撃を受け流した。


「う、うわっ」


 勢い余って地面へと転がった蓮の首筋に木剣が突き付けられ、勝負が決した。

 その結果に微かな不満を混ぜて声を上げたのは、やや逞しく成長した蓮である。


「はあ……まだまだクライスには敵わないか」

「ったりまえだろ! 俺が親父に鍛え始めてもらってから何年だと思ってんだよ。すぐに追いつかれたら立場ねえだろ」


 蓮の言葉に笑いながら怒鳴り返したのは、微かに赤みが混じっている黒髪の少年――クライスだ。まだ子供っぽさを残したあどけない顔にある翡翠色の瞳が蓮を見下ろしている。



 ――蓮がチシャ村で暮らし始めてから既に六ヶ月が経過していた。


 今では集会場で行う授業に蓮自身も慣れてきている。クライスはそこにやってくる生徒の一人で、十二歳となった蓮よりも一つ年上の十三歳だ。


 クライスの父親であるエドはチシャ村を守る戦士で、クライスは小さい頃から剣や体術を教え込まれていた。そこに蓮が頼み込んで剣と体術を教わり始めたのが五ヶ月前だ。


「しっかし、お前ってば勉学以外に剣の扱いも筋がいいんだもんなぁ。たった五ヶ月でここまで動けるようになるとは思わなかったぜ」


 訓練で使用した木剣と木盾に破損個所がないかの確認をしながら、クライスが本心からの褒め言葉を蓮に向ける。


「できれば……エドさんぐらい強くなりたいな」


 呟いた蓮の頭を軽く木剣で叩き、クライスは調子に乗るなと怒る。蓮が一度も勝ったことのないクライスでさえ、父親であるエドには歯が立たない。たかが五ヵ月かそこら修行しただけの子供が何を言っているのかといった具合である。


「親父相手だと俺達二人がかりでもまだ全然敵わねえよっ……まあ、お前の魔法を使えば少しは勝機があるかもしれねえけど」


 そもそも蓮が武術を教わり始めた切っ掛けはエドの話を聞いたからだ。クライスの付き添いで集会場を訪れたエドの話は平和な日本で育った蓮には衝撃的な内容だった。


 何から村を守るのか?

 強盗などでもいるのだろうかと思った蓮が訊いた。


 曰く、この世界には魔物や魔獣が存在する。どちらも人を襲うし喰らうこともある。野盗も存在するが、より危険なのはそちらの方だと。


 一ヶ月を経ても一向に元の世界へと戻れる気配すらなく、蓮は不安になっていた。ずっとチシャ村にいるよりはもう少し大きな町に行くなりすれば手がかりでもあるのだろうか、と思っていたぐらいだ。


 しかし一人で旅などするのは非常に危険ということは理解した。それならば、自分の身を守れるぐらいは強くなりたいと稽古を願いでたのだ。幸い授業は日暮れ前から開始するため、準備さえ終わっていれば午前中から午後にかけては空いている。勿論ウィルから頼まれ事がなければだ。


 エド自身は警備という仕事があるために毎日修行をしてくれるわけではないが、仲良くなったクライスとはほぼ毎日のようにこうして剣と体術を競い合っている。


「エドさん強いもんなぁ」

「へぇ~、蓮に親父の強さが分かるのかよ?」


 クライスの身体は力強い緑光に包まれている。それでもまだ父親であるエドに比べれば弱い。おそらくこれは相手の力を表しているのだと、蓮は認識していた。感じようと意識すれば自分と比較した相手の強さが光となって見える。相手を測る指標として役立つものだ。


 どうやら蓮以外にはこのような能力はないらしい。緑光は物理的な戦闘力。そして赤光は――


「うん、まあ。でも僕の魔法はまだまだ練習中だよ。戦いに使えるほどじゃない」


 蓮が念じると掌の上に火球が出現する。それは小さいながらも高温を秘めており、命中すれば相手の身体を焦がすだろう。ただし制御が難しく、気を抜けばすぐに火球は空気中に散じてしまう。

 

 言葉が通じるのは魔力を有しているからだと言われた。ウィルの家に一冊だけ魔法書も置いてあったので、もし魔力が備わっているのならと試したのだが、これが予想以上に上手くいっている。


「魔法が使えるほど魔力が高いってのも珍しいんだぜ? 絶対お前にゃあ剣では負けないようにしないとな。ショックで立ち直れねえ」

「後……一年ぐらいでクライスには追いつきたいなぁ」

「てんめぇ! 調子に乗りやがってっ」

「冗談! 冗談だってっ」


 草むらの上で転げ回り、蓮の首を締めながらもクライスは快活に笑っている。

 クライスが蓮よりも年上とはいっても、二人は全く気にせずふざけ合えるほどに仲が良い。学年が違うという蓮の古い価値観はとうに崩れていた。


 修行の場以外でも二人は一緒にいることが多く、単純だが面倒見が良く他の子供にも慕われているクライスと、年齢よりも大人びている蓮とでは性格が異なるが不思議と馬が合うのだった。

 もっとも、大抵無茶をするクライスを蓮が止めるという流れになるのだが。


 蓮の首から手を離し、クライスがドサっと草に大の字で寝転がる。それに続いて蓮も同じ行動を取り、遥か上空で風に流されていく白雲を見つめる。太陽の数は違えども、空の様相は元の世界と変わらない。ポカポカした陽気は疲れた身体に心地よいものだ。


「まあ、後三年のうちに追いつかねえと、しばらく手合わせもできなくなるけどな」

「そっか。やっぱり行くんだな」


 三年後にクライスは十六歳となる。この世界においての成人の年齢である。

 蓮は特殊だが、一般的に成人となるまでは親の手伝いというかたちで仕事をする。そして成人すれば自分がどのような仕事をするかを正式に決めることになるのだ。多くは幼少より親に仕込まれた仕事をそのまま自らの職業とする。

 農家の子は農家、貴族の子は貴族となるのだ。


 クライスも将来はチシャの村を守るために修行をしているが、父親であるエドが現在の強さを得るに至ったのは、村で修行しただけというわけではない。若い頃には都市パルテアにて迷宮に潜り、数多くの魔物を相手に腕を磨いたのだ。


 パルテア領主が治める領地に存在するチシャ村の畑は、毎年のように豊作が続いている。この辺りには魔物があまり出現しない上、日照りや川の氾濫といった天災もあまりない。

 これは、パルテア領にある迷宮が人の手によって探索されているからとのことだ。


 迷宮は世界各地に存在しており、誰も最下層まで辿り着いた者はいないという。だが迷宮内部には無数の魔物が存在しており、それらを駆逐して奥へと進むことで迷宮が存在する地域一帯が豊かで安全な土地となるとされている。


 そのために迷宮を中心とした町が建設され、探索が進められては発展していく。パルテアもそうやって発展した都市である。


 そうして豊かになった地域の土地に村を作り、徴収した税の一部は迷宮の探索者を支援するために使われている。このチシャ村が平和でいられるのは、そういった事由があるからで、当然ながら領主へ税を納めている。


 これらはこの世界における常識だということで、大人達が蓮に教えてくれた。


「やっぱさ、親父みたく迷宮に挑戦して力を磨いてみたいからな。成人したらパルテアに行ってみるわ」


 クライスがパルテアへ行こうと考えていることは、蓮は前にも聞いていた。命の危険があるとエドに脅されても、クライスには意思を曲げるつもりなど更々無いのだ。一度決めれば突き進む性格は見ていて気持ち良いが、心配にもなる。


「それで強くなって帰ってきたら、マリエッタさんみたいな綺麗なお嫁さんをもらう……か?」

「ば、馬鹿野郎っ! お前は母ちゃんの怖さを知らねえからんなこと言えんだよっ。親父だって母ちゃんには勝てねえんだぞ」


 もちろん精神的な意味でということだろうが、クライスは村長ウィルの娘であるマリエッタが嫁いだ先で産んだ子供だ。蓮は何度もマリエッタに会っているが、優しい笑顔を浮かべるあの女性が、クライスのいうように変貌するとはとても思えなかった。


「ところでさ、僕もそれについていこうかなと思うんだ」

「あぁん? いきなり何を言い出すんだよ」


 クライスは初耳である蓮の考えに訝しげな表情を浮かべる。

「ほら、僕は異邦人だろ。もう半年になるのに帰る手がかりが全くなくてさ」

「だからって、なんで一緒に来るんだよ?」


 確かに、クライスも蓮が帰ることを希望しているのは知っている。そしてもう半年経つが一向に帰れる気配さえないのだ。だからといって、パルテアで何をしようというのか。


「異世界の者は異世界に帰る……ウィルさんが言ってた。だから他の異邦人を探そうと思ってるんだよ。パルテアって人口がすごく多いんだろ? きっと異邦人だっていると思う。複数いればそれだけ戻れる可能性が高まるかなと思ってさ」


 事実、蓮にできるのはそれぐらいだ。黒い孔が出現するとすれば、異邦人が多く存在する場所にいけばいいのではないか。あわよくば誰かと一緒にでも戻れるかもしれない。


「それ、もうウィルさんには言ったのかよ?」

「近いうちに言うよ。ただし僕が旅立つまで授業は継続」


 いきなり村での授業を止めるわけにもいかないので、ウィルには近々伝える予定ではある。しかし、早くても三年後なので色々と準備はできるだろう。一緒に旅立つクライスには、当然最後まで授業を受けてもらうことになる。


「うへぇ~、蓮先生の有難い授業はやっぱり続くのかよぉ……」


 頭を抱えて唸るクライスは、読み書きはかなりできるようになったが、計算の方が苦手なのである。


「お前なぁ……そんなことだとパルテアに行ったときに絶対騙されるぞ?」

「大~丈夫だって!」


 何の根拠もなく胸を張るクライスだったが、蓮は心配でならない。


「……パルテアの店で鉄剣が二百ルナで売っていたとしよう。この木剣の買取価格が五十ルナ。特別サービスで鉄剣が二割引き、さらに下取り価格は二割増しの場合、お前は幾ら払えばいいんだ?」


 一ルナが銅貨一枚。他には銀貨、金貨がある。百ルナで銀貨一枚。一万ルナで金貨一枚として換算される。仕事の報酬分として蓮が受け取っている金は微々たるものだが、ほぼ手つかずで残っているため、銀貨三枚と銅貨数枚を蓮は所持している。


 実際の鉄剣がどれほどの価格かは知らないが、この程度の問題であればクライスでも教えた範囲で解けるはずだ。答えは銀貨一枚――百ルナだ。


「……俺にはサービスなんていらねえ。ちゃんと差額の百五十ルナを払ってやんぜ!」

「おい待て」


 どうやら掛け算を放棄して五十ルナを捨てたようだ。無論商人が騙すなんてことはほとんどないと思うのだが、どうにも教える側の蓮としては少し悲しい。


 呆れた表情の蓮に対して、クライスは豪快に笑いながら言い放つ。


「まあ、お前が一緒に来るってんなら問題ないだろ。任せるって」

「こいつ……それで僕の方が剣の腕前も上になったらどうすんだよ。利用価値がなくなったら捨てるぞ」

「それだけは負けねー」

「せいぜい頑張ってくれよな」


 冗談めいた会話を楽しみつつ、そろそろ授業の刻限が迫っていることに気付き、二人は集会場へと向かうために腰を上げた。

 訓練場として使用しているクライスの家の裏手から小道を歩いていく途中で、ある集団が蓮の視界に入った。


「なあクライス。あれ、なんだ?」

「んぁ?」


 蓮の見覚えのある生徒が数人集まって誰かを取り囲んでいるようだ。ひとまず距離を縮めて様子を窺う。


「――ぇなんか授業にくんなよっ!」

「集中できねえだろ、帰れよっ」

「……でも……私も……」

「――っさと家に帰れよ」


 ……やり取りからして、蓮の授業に来ようとした者を追い返そうとしているようだ。

 だが、集会場で行う授業は特に参加資格というものはない。


「おい、何してるんだ?」

「弱い者イジメってか? あぁーん? ……ぁ」


 蓮とクライスの顔を見た瞬間、囲んでいた少年達は蜘蛛の子を散らすように駆けていく。


「やべぇ、蓮先生とクライスだ。逃げんぞっ」


 確かあの顔ぶれは自分より少し年下の子供達だったかと思いながら、蓮は一人残された子供に駆け寄って声をかける。


「君、大丈夫?」

「あ~~、蓮……そいつはちょっと……」

「? 何言ってんだよクライス。お前だってああいうの嫌いな性格だろ」

「……そうなんだけどな」


 囲まれていたのは、栗色の髪がクルクルと癖になってしまっている少年……いや、少女だった。歳は蓮と同じか少し下だろう。片方は髪に隠れてしまっているが、鳶色の瞳には薄っすらと涙が浮かんでいる。着ている服はどこか汚れていて、左腕には布が巻かれていた。


「……ごめんなさい」

「あ――」


 少女はそれだけ言うと駆け足で去ってしまった。

 責めるような蓮の視線にクライスはどこか困ったような顔で俯く。別段クライスは悪くはないのだが、親友であるクライスの微妙な態度に蓮はどこかご立腹だ。


「あの子は……村外れに住んでるんだけどな……」

「それで?」

「――《人魔》なんだよ……だから皆からああいう扱いを受けてる」

「……人魔?」


 初めて聞いた単語を頭の中で反芻する蓮であったが、あの少女が走り去る際に髪の下から覗いた黄金色の瞳が妙に印象に残ったのだった。


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